第十一話 無効化
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フェイスマンであるアランを捕まえた。意識は正常であり記憶も正常だ。生体電波、指紋、虹彩はアランのものに変異している。これで顔が変われば、アランは新しい肉体を自由に使うことができる。
グリフォンの奪取さえしなければ、警察と関わることなどなかっただろう。だが我々にとっては、またとない機会でもあった。幻覚系麻薬GODを使用した者に現れるフェイスマンの顔と謎のメッセージ。そして同じ顔のフェイスマンが六人……。
幻覚系麻薬GODを科学捜査研究所。略して科捜研に回しているが報告はまだない。フェニクスはマシューとアビスを見ながら話し出す。
「謎は三つだ。何故、フェイスマンのクローンばかりを使うのか? フェイスマンの顔の映像。そして『お父さんよ、お母さんよ』の言葉だ」
「映像だけならフェイスマンを探して、とか、広めよ、ってことじゃないの?」
とマシューが言う。それについてはフェニクスもアビスも同じ考えであり、なら六名の内の誰なのかということになる。一人は確実に本物のフェイスマンが紛れているからだ。
「一つ分かったことがある。アランは潜深仮想機器に入りダイブインした瞬間に、フルスキャンが行われ電脳台帳の顔写真が変った。その履歴を追えれば本物に辿りつけないか?」
フェニクスの提案に考え込むマシュー。マシューはメタバースの検索権限は持っているが、電脳台帳は別サーバーで管理されており、正式なアクセス権限を持っていない。フェニクスが検索したとしても、マシューに迷惑がかかることはない。
「どうだ?」
「駄目だね。検索はできると思うけど僕には権限がない」
フェニクスを見ながらマシューは答える。フェニクスは無意識に検索クエリを考えていた。既に六名まで絞り込めており、一瞬で顔が変わった者を探し出せばいい。
「まぁ、暇な時にクエリでも考えるか」
とフェニクスはそう言いながら、エアーディスプレイでクエリを書き始める。足で捜すよりも、検索してしまった方が断然早いし疲れない。四課はメタバース内で犯人を捕まえはするが捜査はしない。一課が現実と仮想に捜査官を配属して捜査している。
この場合のクエリとは検索条件のことを差す。検索条件を設定しデータベースを検索して結果を抽出する。
「そう言えば、今日新人来るとか言ってなかった?」
とマシューが言うと、顔を上げて左腕を見るフェニクス。急いでエアーディスプレイを閉じて、立ち上がるとゲートコネクションを開いた。
「忘れていた。行ってくる」
そう言ってフェニクスはゲートコネクションに接続する。
フェニクスはクエリを書くのに夢中で時間を忘れていた。この作戦で行けば本物のフェイスマンに辿り着けるし、一連の謎も解決してしまうかもしれない。ハッキングしたことがバレなければハッキングではない。
フェニクスは荒野に辿り着くと、見渡す限り土と岩だ。するとリクルートスーツを着た女性が現れた。この子が新人だろう。後ろを振り返り部屋が無くなっていることに驚き、フェニクスを見て更に驚く。
「何ここ?」
「通称黒板と呼ばれ荒野しかない空間だ。ログが更新されないためクラッカーたちが来ない場所でもある」
「えっと、ファースト巡査でーす。だれ?」
と背筋を丸め敬礼してきた。百六十五センチくらいの身長。長い金髪に紅眼の女性で、パリッと糊の利いた紺色のスーツを着ており、しわの少ない黒い革の鞄を持っている。
「あ……、面接終わりっすよね。あぁーだりー」
と言って大地に座り込み、バックから赤色のマニキュアを取り出して塗っている。それって乾くのは何分だ? 速攻性か?
「ってかお前、四課の刑事だろ!」
「はい、そうっす。案内ヨロシクっす」
ファーストのペースに一瞬で飲み込まれてしまったフェニクスは、爪にマニキュアを塗っているファーストを見て言った。
「ファーストって名前には意味はあるのか?」
「瞳がIっす」
とフェニクスと目線を合わせながら「んっ」と言って眼を見開いて見せた。確かに紅眼に黄色でIの文字が浮かぶ。変わった瞳だなと思いながら、ファーストより愛の方が可愛くないかと、口が裂けても言わなかった。
何故か、マニキュアが塗り終わるのを待つフェニクス。そろそろ乾いた頃かとファーストを見ると、靴を脱ぎだし靴下も脱ぎだし、足の爪まで塗り始めるのを見て、ゲートコネクションを開く。
「五分以内に来い、来なければクビだ」
と言って四課のオフィスに飛んでソファーに座り込む。ゲートコネクションは手動で閉じない場合は、五分で自動的に消える仕組みだ。するとマシューがフェニクスを見て首を傾げる。
「あれ? 新人は? もしかしてマクベスにやられた?」
「いや、荒野でマニキュア塗っているから放置してきた」
下を向き肩が上下に揺れるマシュー、更には口から声が漏れ、笑い出しながら腹を押さえて屈み込む。
「アハハハ、何それ? 新人だよね。ウケるんだけど」
「ここはどういう基準で採用している……」
と言うフェニクスは時計を見ると四分五十九秒でファーストはゲートコネクションに接続した。お尻を叩き、砂を落として見上げると、フェニクスを見て駆け寄ってくる。
「それでさ、何するの? もう出動する? ねーねー」
フェニクスは部長の席を指差して、ファーストを見る。それで通じたのか部長の席へ行き、猫背のまま敬礼をした。
「ファースト巡査っす。四課に配属になりました。ヨロシクっす」
「私はハザードだ。部長って呼ばれている。元気な子が来たな」
と言ってフェニクスを見るが、知らないとばかりにかぶりを振る。誰の仕業だと考えても、思いつかない。良く合格したなと潜在能力に期待してしまうが、直ぐに裏切られることになるだろうと予想する。
「ファースト荷物を置いてこい、今から試験を行う。マクベスは知っているよな?」
と言ってゲートコネクションに接続し、振り返るとファーストも接続する。
水の滴る音。鉄が錆びた匂い。点滅を繰り返す蛍光灯。異様な雰囲気が漂う地下通路で、フェニクスは下を向きファーストを見る。
「いいか、ここにはマクベスが収容されている。死にたくなければ静かにしていろ」
「マクベスって、脳を焼き切った子供っすよね。教科書に載っていました。一万人でしたっけ?」
「当時は子供だが、今はお前と大差ないぞ。十年前の出来事だからな」
と言って一歩ずつ確かめながら、檻の方へと歩き出す。フェニクスは檻のパイプを握り、上から見下ろすようにマクベスを見る。すると目の前に白髪紅眼のマクベスが立っており、ファーストを指差して目尻が下がる。
上から壁が落ちてきてフェニクスの肉体を透ける。振り返りファーストを見ると立ったままだった。そして下を向き硬直している。フェニクスはファーストを見ているとルーズソックスの位置を直し始めた。
「えっ! 気になるのはそこか?」
「ニーハイソックスって苦手っつーか、履き替えたっす。あっ、マクベスっち、ヨロシクっす」
ファーストは下を向いたまま、水溜まりに映る白髪の青年を見つけた。次の瞬間、床が抜けて水の中に落される。息を止め水の中を漂っていると、巨大なシュモクザメが黒目になり襲いかかってくる――
次の瞬間、ファーストは椅子に座っており、拘束され身動きが取れない。そんな中、白髪紅眼のマクベスが近づいてきて、ファーストの紅い爪を剥ごうとした――次の瞬間、地下通路に立っていた。
「マクベスっち、駄目っすよ。あたいには幻覚は効かないっす」
お読みいただきありがとうございました。
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