第十話 変異
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一課に向かったフェニクスは、檻の中で座っているフェイスマンを見る。洗面台にトイレに畳の上に敷かれた布団。一人部屋で静かに朝を迎えたと訊く。フェニクスは何か違和感を覚えた。それが何か分かる前にフェイスマンは取調室に移動する。
「名前は?」
…………
「仕事は何をしている?」
…………
昨日の知らぬ存ぜぬと違い無口になった。そして落ち着いているようにも見える。一晩寝ただけで別人のような振る舞いに驚嘆していた。
「もう一度指紋を取ってくれ」
と言うと刑事は四角い機材を机に置き、そこにフェイスマンは指を乗せる。微かに甲高い金属音がして、緑色の光の線が左から右に移動し、映写機のように指紋の立体映像を映し出す。これは素粒子共鳴診断装置と言って素粒子を使ったレントゲンのようなものだ。
フェニクスは結果をエアーディスプレイで確認すると、昨日とは指紋が変わっていることに気が付いた。別人と言って良いほど指紋が違うことに、バージル課長と目を合わせて、認識コードを調べさせる。
すると昨日と同じように未登録の認識コードだった。ふとあることを思い出したフェニクスは、頭の認識コードを取得してくれと頼む。すると刑事は機材を持ち上げ頭の認識コードを測りだす。
「嘘だろ? 認識コードが違うだと!」
「おいおい、認識コードが変わるとかあり得ないだろう?」
直ぐに電脳台帳に照合させると一件ヒットした。
名前はアラン――軍人で階級は中佐。年齢は二十八歳。これならグリフォンを操縦できるのも頷ける。グリフォンはヘッドギアをして操縦するのだが、認識コードを確認するのは脳に近い頭の部分だ。それでグリフォンが操縦できたのだろう。
だがアランの顔とフェイスマンの顔が一致しない。そしてあることを思い出す。それは脳と心臓を違う肉体に入れる実験だ。DNAが変わると肉体は急激に変異すると言っていたが、フェイスマンがアランになるとでもいうのか?
あの実験を公表するわけにもいかず、腕を組み深く考え込むバージル課長を見て、あることを思い出す。それは昨日AIに検索させた、類似する顔を持つ者たちの抽出結果だ。
エアーディスプレイで確認すると、検索結果には五件と表示され、一覧にはフェイスマンの顔が並んでいた。他にも脳と心臓を違う肉体に入れた者たちが存在する。これは氷山の一角に過ぎないのかもしれない。
既に脳再格納は完成している。この時点で四課の管轄になった。フェニクスはバージル課長に声をかけて、第一会議室へと向かう。
対面するように椅子に座り、フェニクスが持っている脳と心臓を違う肉体に入れ替える映像を見せた。すると驚いた顔をしているが、現にフェイスマンを見ているので飲み込みが早い。そして同じ顔の男が既に五人も存在することを告げると、腕を組み、口を押えた。
「姿が変わるみたいだ。魂が持つDNAに従って」
「奴はいずれアランになるってことか?」
フェニクスは静かに頷いてバージル課長を見る。DNAは魂が持ちそれに従って変異する。この話しを訊いた時、変異には時間を費やすと思っていたが違うようだ。そして魂は脳の近くにある。そして段々と体に広がっていく。皮肉にもグリフォン奪取事件で判明したことだ。
脳再格納は悪い技術ではない。問題は誰の肉体を使うかだ。今使われている肉体はフェイスマンの肉体であり、考えられる技術はクローニングだろう。何故、フェイスマンのクローンばかりを使うのかは分からない。
「これはお前の管轄になったようだな」
バージル課長はそう言って立ち上がる。フェニクスも同時に立ち上がり、バージル課長を見て一言付け加える。
「フェイスマンはクローンだろう。そっちを捜して欲しい」
「あぁ、捕まえてみせるさ。クローンも脳再格納も、現実じゃなきゃできないからな」
四課に移動になったアランは刑事に囲まれて建物に入る。四課の拘置場はメタバースの中にある。そのため勝手にダイブアウトできない特殊な潜深仮想機器に入れられてダイブインさせられる。
さて、クローンはどこで作られているかは、バージル課長率いる一課がきっと捜し出してくれる。こちらはアランが知る情報の全てを訊き出すだけだ。そのためにメタバースにダイブインさせた。
「ここはメタバース内か? グリフォンを奪取した罪だとしたら七年くらいか?」
「情報をくれれば情状酌量も考えよう」
するとアランは、眼を見開き振り向いてこちらを見る。ここの見た目は拘置場だが、洗面台に風呂場、床にベッドと待遇が良い。この間にもアランの肉体は徹底的に調べられている。
今の医学は万能細胞を使い、傷痕を目立たなくさせることができる。だがミクロサイズの傷は残るため、アランの肉体を調べれば、脳再格納をしたかはすぐに判明する。
すると通話が入った。警察医のマーデルからであり、何か分かったのかもしれない。
「マーデルよ。確認したところ脳再格納の手術痕を確認したわ。信じられないけれど、報告にあったように上半身と下半身の識別コードが違うのよ。どういうこと?」
「魂は頭から順に下半身に向けて定着していく。俺の推理だが、明日には全身アランになっているだろうよ」
アランを調べることで、一連の事件が解決すると良いが、そう簡単ではなさそうだ。フェニクスは檻の外からアランに話しかける。それは脳再格納をしたかどうかだ。
すると簡単に、行った、と答えた。肉体はクローニングで作られ、意識のない肉体を使ったと言う。これは罪悪感を消すためだろう。不完全な肉体に魂を入れて、同じように意識がなかったら意味がない。健康体の肉体を使っているのは想像がつく。
値段は一千万。肉体の年齢は選べるが物理的に脳と心臓が入らない年齢は指定できない。アランはお金を支払い、手術を受けたところまでは覚えていたという。
そして目が覚めると違う人格が肉体を動かしていた。孤独感、背徳感、恐怖心、クローンなのに自分と違う顔。違う人格の感情が流れ込み、パニックになったそうだ。そして肉体は勝手に施設を逃げ出したという。
後は知っての通りだが、留置場で朝を迎えた頃には、違う人格は消えていたそうだ。手術はとりあえず成功したと言っていいだろう。本来なら施設内で数日を過ごし、安定してから退院となる流れではと想像する。
フェニクスはアーデル警察医に連絡してアランの件を話す。
アーデルが言うには、精神疾患で違う人物に乗っ取られたと発言する症例があるそうだ。今回のアランも、同じように乗っ取られたと勘違いしたのだろう、とアーデルは言う。
「目覚めて顔を見た時に、違う人物の顔だったことでパニックを起こしたのでしょうね。興味深い実験ではあるわ」
「魂は定着に時間を要するとしたら? 例えば魂が定着されておらず、アランではなくってフェイスマンの人格だったと言う可能性は考えられないか?」
「否定はできないわ。症例があまりにも少なすぎるから。もしもそうだとするならグリフォン奪取事件は無罪ってことかしらね」
「なるほど、そう考えられるのか……」
次の日、アランは落ち着いていた。そしてフェイスマンの肉体が変異し始める。どれくらいでアランになるのか協力してもらおう。その代わりメタバース内でだが、執行猶予つきで解放も考えよう。
「どういうことだい?」
とマシューがコーヒーを持ってやってきた。その後ろにはアビスも来ている。知らない所で、脳再格納は完成していたと告げると、マシューはソファーに座り話の続きを待っている。
フェニクスはコーヒーを持ってソファーに座ると、フェイスマンはクローンであり脳再格納に使われる肉体だと答えた。何でフェイスマンなのかは分からない。
「幻覚系麻薬GOD使用者の脳内に、フェイスマンが現れたのは何故だい? メッセージも解決していない」
「だな。だがフェイスマンの謎には近づけた。これから調べていこうか」
夕日が窓ガラスから入り、紅く染まるオフィスの中で事件について語っていた。するとアビスがコップを置き、フェニクスを見て話し出す。
「犯人が言う『お父さんよ、お母さんよ』ってフェイスマンの両親だと思ってました」
「両親ね……」
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