武器は落ちていたフライパン
下書きに放置されていた作品です。温かい目でお読みください。
太陽が頭上に位置する頃、ナタリアは苛立ちを覚えながら、持参したサンドイッチを公園のベンチに腰掛け、頬張っていた。
周りでは楽しそうに、ピクニックしているカップルや、親子が多く、一人で食べているのは私ぐらいしかいない。しかし、そんなことを気にするような性格をしていないナタリアは大きな口で手に持っていたサンドイッチを平らげていく。
最後の一口を味わいながら咀嚼していると、天気が悪くなってきたようで、辺りが薄暗くなってきていた。
空を仰ぎ見たあと、天気まで悪くなるなんて最悪だと、溜息を零し、二つ目のサンドイッチを手に持つ。
チーズとハム、そして、最近話題のマヨーネーズと言われるものが入ったサンドイッチはシンプルながらも美味しく、手が止まらない。
もう一セット買ってくるべきだったかと、まだまだお腹に入りそうなナタリアは少し、後悔した。
全て食べ終え、片していると、前方で大きな音が鳴る。耳が引きちぎられるような響く音に、咄嗟に両手で耳を覆う。
カランとなにか転がる音がしたあと、あちこちで悲鳴があがる。ナタリアは両耳から手を離し、周囲を見渡し駆け出した。
急いで人が逃げ惑う中心へと向かえば、馬車が横転し、交戦しているところが目に入る。
横転した馬車は貴族のものだったようで、状況からして故意に起こされたものだろう。街中で、騒ぎを起こすとは馬鹿なのか。
ナタリアは何かないかと見渡し、あるものを見つけるとそれを手に掴み、走り出した。
数メートル先へと到着すると、それを大きく振りかぶり思い切り振り落とす。
「大丈夫ですか」
子供を抱き込み、守ろうとしていた女性に声を掛ける。
「え、ええ」
「お怪我は?」
「だい、危ない!!」
そう言われた途端瞬時に、持っていたもので向かってきた剣を受け止める。まさか、相手もフライパンで受け止めると思っていなかったのか少しの隙が出来た。それを見逃すわけもなく、剣を振り払い、フライパンで下から顎目掛けて振り上げた後、思いっきり足で蹴飛ばし、倒れた相手に向かって足を踏み下ろした。汚い声で動かなくなった相手を転がすと、向かってきた相手にも同様に、フライパンで殴っては蹴り殴っては蹴りを繰り返した。
あらかた向かってきた敵を倒し終えた所で、急いで目の前の女性と子供を安全な所へと誘導した。守る相手がいなくなったところで身軽になったナタリアは今も尚、しこりのように残る鬱憤をついでに解消してしまおうと、フライパンを強く握り駆け出した。
他の騎士の邪魔をしないように渾身の力を込めて、振り上げては落とし、蹴っては沈めるを繰り返した。そのおかげか、全てが片付いた頃には清々しい程に溜まりに溜まったしこりが消えていた。返り血が頬についたナタリアはとてもいい笑顔でそれを拭った。
「ナタリア!!」
声のした方を向けば、下手したら大人でも泣き叫ぶのではと思うほどの形相でやってくる男が一人。
「私に大事に残していたプリンを勝手に食べられて、怒っていた時の団長と同じ顔になってますよ。ルクリア様。」
「団長のプリンを食べるなど命知らずなことをしでかしたのかお前は!って違う!」
何なんだ。忙しい人だな。
「何をしているんだ」
「応戦していただけですが」
見ればわかるだろう。
「あー、もしかしてフライパンのことですか?フライパンは落ちていたので勝手に借りました。大丈夫です、弁償代は経費でしっかり落とします。」
フライパンの取っ手をくるくる回しながらそう答える。
それにしてもこのフライパン凄く頑丈だな。あんなに殴ったのに変形していない。きっとお高いに違いないな。
そんな事を考えていたら、目の前でわなわな震えだし、拳を力強く握りしめているのが分かる。
「ナタリア」
「はい」
「お前は今、謹慎中だよな?」
笑顔で告げられたことに、どのような感情でそのような表情になるのだろうかと呑気に考えながら「そうですね。」と返す。
「謹慎を言い渡された帰り道に昼食を取っていたら、このような状況だったので行動したまでです。」
「普通は謹慎を言い渡されたら、昼食など取らずに真っ先に家へと帰るものだ。」
「はあ」
と、なんとも間抜けな返事をすればこれまたいい笑顔で頬を抓られる。
「ルクリア様、私考えたのですが」
「どうした」
「騎士、辞めようと思います。」
そう言うと、私の頬を離さないまま固まってしまった。無理やり離そうとしたがその手は外れず、頬の痛さだけが残る。絶対赤くなっただろう、と恨めしくなっていると。
「な、どどうしてそうのようなことになるのだ!」
「私、応戦している最中思ったんです。このフライパンの持ち主に弟子入りしようと。」
「は?」
「なので辞めようと思います。」
「は?」
「そろそろ離して頂けないでしょうか。」
流石に頬が痛い。私はこれでも、歴としたレディなのだ。こんな変な顔を誰かに見られたらどうしてくれる。
「いや、は?」
「何ですか、さっきから、は?しか発さないのは。真面目に話しているのに失礼ですよ、ルクリア様。」
とにかく、私はこれから寮に戻り荷造りをして、退職願を出さなければならない。こんなところで時間を費やしている暇はない。
「ちょっと待て、なぜ辞めるという結論に達したんだ!」
「ですから、弟子入り「違う!」」
「そんな突拍子もないことが許されるはずがないだろう。」
真剣な面持ちでそう答えるルクリア様の圧がすごい。
「以前から考えていたんです。」
そう言えばたじろぎ、睨んでくる。
「ルクリア様、いったい何なんですか。良かったではないですが、お荷物がいなくなるんです。」
何かを言おうとしたルクリア様に被せるように言葉を続ける。不敬とかこの際どうでも良い。
「勤務して、五年目ですが私に対する周りの意見は知っています。平民でしかも女、相応しくない。さっさと辞めろ。そして今回の謹慎。やめる理由は十分です。」
今回の謹慎の理由は今年入隊してきた、貴族の坊ちゃんを叩きのめしたからだ。その貴族は、平民で女の私が気に入らないらしくいきなり訓練用の剣で襲ってきた。それを返り討ちしたら、その親の圧力で何故か私が謹慎となった。最初はこちらが辞めればあちらの思う壺だと考えていたが、それも馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「この五年を無駄にするのか。」
「今後の人生を無駄にするよりは、ましでしょう。」
頬を摘んでいる手を外し、走り出した。咄嗟の行動にルクリア様は追いかけようとしたが、この現場で階級が一番高い彼は最高責任者だ。そのため他の騎士に呼び止められその場を離れられない。
ここで会わなければ、団長に報告するだけで彼に伝えるつもりはなかった。だから別にいいだろう。ナタリアはそう自分に言い聞かせ、騎士団本部まで向かった。
◇
「と言うことなので、記入をお願いします。終わり次第、私がこの足で持っていきます。」
頭を掻きながら、ため息を吐いている人物に丁寧に理由を説明し、記入を促す。
「お前は、俺がこれに記入をすると思っているのか。」
「逆にどこに記入しない理由があるのですか。」
さも当たり前のように言えば、とても残念な目で見られた。心外である。
「無理だ、さっさと帰って謹慎しろ。そして明けたら戻れ。」
終わりだと言わんばかりに、手で追い払われる。
「団長。私にも許容範囲というものが存在するのですよ。」
「...。」
「なのでここに」記入を、と続く言葉が大きな音に遮られる。
音の原因を確認すれば、肩で息をしながらこちらを睨むルクリア様の姿があった。勢いよく開けたドアは壊れ、無惨な姿になっている。
「お早いお戻りで。」
こちらを睨みながら向かってくる姿は、以前討伐した魔物によく似ていた。
先程の事件の報告だろうと団長の前を開け渡せば、机の上に置かれた私の退団の為の書類を粉々に破き、ゴミ箱へと放り投げた。
なんてやつだ。意外に書くのが面倒だったのに。
「どう言うおつもりで?」
「俺は、認めない。」
「ルクリア様に認められる必要はありません。」
「俺も認めていないが。」
「どうしてですか?どうせ、戻っても同じことの繰り返しでしょう。あのクソがいる限り何かとちょっかいかけてきてこちらが悪いことにされる。ああ、盾になれと言うことでしょうか。それなら納得ですね。その方が面倒を起こす奴を大人しくさせられるし、被害に遭うのは私だけ。対処が簡単ですものね。」
「次はない。」
そう言い切るルクリア様に可笑しくなる。
「どうしてそう言いきれるのですか?残念ですが、次はありましたよ。ここに来る道中で。」
まあ、丁度フライパン持ってたからやり返したけど。
「何故それを先に言わない。」
「どうせ辞めるのでもういいかと。」
団長が指で机を叩く。
「はあ、分かった。」
「団長!」
「先程の書類を持ってくるように伝えろ。」
「大丈夫です。予備ならあと三枚ほど。」
団長の前に書類を差し出せば、「お前のでは無い。」と書類を返される。
「どういうことですか。」
「あいつを辞めさせる。」
「何故。」
「分かりきっていることだろう。五年働いて結果を出している者と入ったばかりの面倒な者、切り捨てるなら確実に後者だ。」
だからお前はさっさっと帰れと、言われてしまう。腑に落ちていないことにわかったのか、団長が続けて話す。
「お前が謹慎になった理由は、以前謹慎にでもならない限りは休まないとお前が言ったからだ。無理やり休ませようとしても身体が鈍ると言って出てくるだろう。それにご両親からも逢いに来てくれなくて寂しいと俺に手紙が届いた。あと、いい人を紹介したいとも書いてあったな。」
「それは…。」
「さすがに俺も悪いと思ったから、お前が家に辿り着くと同時に魔法便が届くようになっていたんだ。謹慎ではなくただの休暇だ。両親が会いたがっていたので顔を見せてあげるように、と書かれたものがな。」
「どうせお見合いですよ。よくいい人がいるから会わないかと手紙が来ます。」
その言葉にルクリア様が勢いよくこちらを向く。
「結婚するのか。」
「飛びすぎでは。過程が抜けていますよ。まずはお付き合いからでしょう、普通。あと、しません。」
「そうか、いや待て。結婚する気はあるのか。」
「まあ、いずれは。って何ですか、失礼ですよ。」
結婚できないとでも言いたいのかこの人は。確かに騎士団に入隊してそういうのは遠ざかっていたが入隊する前はいい相手はいた。まあ、訓練している所を見られ女性がすることではないと言われ終わったが。
「会うのか。」
「誰にですか。」
「両親に紹介されたら会うのか。」
「先程からなんです。何が言いたいんですか。」
「結婚したいなら俺とすればいい。」
「え、それは結構です。」
沈黙が広がる。
「何故だ。」
「私は、家ではゆっくり過ごしたいです。」
「ああ、ゆっくりすればいい。」
「…団長、どうすれば?」
意味不明である。
「俺が知るわけないだろう。色恋なら他所でやれ。俺は仕事があるんだ。」
見捨てないで欲しい。
「何が問題だ。」
「問題しかないと思われますが?」
「他はよくて、俺は駄目なのか。」
話が通じない。まず、なぜ私が結婚することになっているんだ。いずれはしたいと言ったんだ。今すると言っていない。
「ルクリア様。落ち着いてください。」
「はぐらかすな。」
「はぐっ...はあ、ルクリア様は私のことが好きなのですか。違い「そうだ。」
「え。」
「そうだと言っている。」
真剣な表情でそう告げられ、自分の顔に熱がこもっていくのを感じる。
「いや、えっと。」
「好きだ、結婚してくれ。」
「む、」
「む?」
「無理です!」
許容範囲を超え、我慢できなくなり逃亡を図る。
「団長、退団の件はまた後ほど伺います。フライパンの持ち主を探さなくてはならないので失礼します。」
勢いよく頭を下げ、走って逃げる。
団長室の前に置いておいたフライパンを走りながら拾い、後ろから迫ってくる敵から全力で逃げる。
流石に捕まり、鬼の形相のルクリア様に延々と愛の言葉を囁かれたのは言うまでもない。
何事かと集まった同僚に見られ、恥ずかしいナタリアは自分の顔をフライパンで隠すのが精一杯であった。
◇
コンコンとノックが耳に入りそちらを向く。
「入れ。」
「失礼します。書類をお持ちいたしました。」
「ああ、そこに置いておいてくれ。あと、キルバスの退団の書類を持ってきてくれ。」
「良いので?色々と面倒なことになりそうですが。」
「構わん。職務態度も上司への態度も悪い。あいつのせいで仲間が死んでは堪らん。」
ああ言うタイプは、褒めて違う方に誘導すれば、勝手に勘違いしてくれるのだ。
「確かにそうですね。それと、今起きている騒ぎはご存知で?」
「ああ、先程まで俺の目の前で繰り広げられていたからな。」
そう言えば、不憫な目を向けられる。
「それと、ルクリアを呼んできてくれ。」
「おや、助けるので?」
「今は勤務中だ。それに報告がまだだからな、そちらが先だ。」
「逃げられてしまいますかね。ルクリア様。」
「ルクリアも大概わかりやすいがナタリアも負けていない。」
「流石、団長。よく見ておられますね。」
「それに、ルクリアから逃げられると思うか?」
「まあ、確かにそうですね。一気にナタリアさんが可哀想に思えてきましたよ。」
その言葉に失笑が漏れる。
次、持ってくる私用の書類は二人並んできてくれたらいいなと、この国の騎士団最高責任者は密かに思ったのだった。
一年後
団長「婚約なのか?」
ルクリア「はい、段階を踏むべきかと。」
ナタリア(よく言う。結婚では駄目なのかとあれほど言っていたのに。)