ボーナスが少なかった週末の話
最近は寒くて目が覚める。朦朧とした目を擦ってスマホで時刻を確認すると、けたたましく鳴くはずのアラームまでは、まだ幾許かの余裕があった。二度寝するか数秒だけ迷って、いそいそとベッドを後にする。新入社員の朝は早い。朝の会議の前に、来客に珈琲を淹れるのは私の仕事だからだ。まだ半分寝ている脳みそで今日のスケジュールを立てながら、ダラダラと身支度を済ませ、家を出る。すっかり12月の肌寒さを孕んだ風に打たれ、もう半分の脳みそが目を覚ましたみたいだ。思い出した、今日は社会人になって、初めてのボーナスの支給日だ。空を仰ぐと、雲の隙間から太陽がひょっこり顔を出し、昨日の雨がつくった水溜まりをキラキラと光らせた。自転車を漕ぐ足取りが、いつもより少しだけ軽やかな気がした。
会社に着く。上司たちに挨拶を済ませ、辺りを見回す。なんだか皆そわそわしているみたいだ。私が嫌いな上司も、いつもより挨拶の声が弾んでいたし。普段から、企画だノルマだと、会社への貢献を口々に発信する彼らも、根っこを辿れば自分の給料のためなんだなぁなんて当たり前のことを思った。朝の時点で、パソコンから給与明細のページにアクセスすれば、支給されたボーナスは確認することができる。ただ、なんとなく私は、今日の仕事終わりに確認することにした。太陽は相変わらずアスファルトを焼いていたが、風は少し強くなっていた。
時計は廻って午後、今日は兎にも角にも忙しい。得意先からの電話がひっきりなしに鳴り、自分の仕事が進まない。会社に帰ろうというタイミングで至急の用事が入り、元来た道を引き返させられる。おまけによく通る道は、工事中で一方通行になっていて、車がぎゅうぎゅうに渋滞している。イライラする。仕事は忙しいくらいが、時間が過ぎるのが早くて好きだ、なんて抜かすやつもいるが、正気の沙汰ではない。仕事に忙殺される人生なんてまっぴらだ。そう考えながら、ノロノロと渋滞したバイパスを進む。太陽はすっかり暮れ、暗闇にブレーキランプの朱だけが浮かんでいた。
帰社した頃には、私はすっかりヘトヘトだった。もう退社している上司もいて、席はまばらに空いていた。残っている上司たちも、疲れた目でカタカタとパソコンを弄っている。朝の、どことなく見て取れた活力は、何処へやら霧散してしまっているようだ。私も席に着き、カタカタと雑務を機械的に片付けていく。――時刻は更に廻り、ようやく作業の手を止める。もう他の社員は皆帰っていた。長時間のブルーライトとのにらめっこで疲れた目に、目薬を点し、やっと給与明細のページを開く。そこに書かれている数字の羅列は、私が当初想像していたものよりも随分と少なかった。――しかし、それはなんとなく予想できていた。今日、なにか落ち込むことや、イライラすることが起こる度に、その金額が減っていっているような気がしてならなかったからだ。無論、朝一番に確認したところで、パソコンの画面に映し出される数字の羅列は変わらない。知っているけれど、そんな気がしてならなかったのだ。
何故かって、人生というのは往々にして、嫌なことは立て続けに起こるものだからだ。きっとなにか良くないオーラを纏ってしまい、それに悪い事象が吸い寄せられているのだろう。まったく神も仏もないのか。棚から牡丹餅が落ちてくることなんて、そうそう無いのである。大体、棚からいつぞやのものとも知れぬ牡丹餅が落ちてきて、喜ぶものだろうか。牡丹餅なんて、若者のセンスじゃないだろう。棚からストロングゼロ。正解は棚からストロングゼロであろうに。不幸中の幸いか、今日は週末である。なのに酒が切れてしまった。神よ仏よ、もし居るのであれば、棚からストロングゼロを放って寄越せ。3人で集まって、一杯やろうや。