19.美形と歩く(王子視点)
〜第七王子視点〜
彼の怪訝そうな瞳は見ないふりをして、挨拶が必要ないことを伝える。あまり固い態度をとると、距離をつめるのが難しくなるから。
「そうですか?では、挨拶は省かせていただきますね。」
……綺麗な所作だ。どうして社交界に出ないんだろうか?この顔……社交界で使わないでどこで使うんだ。
「ところで、何かお困りの様でしたが……」
さっきの雰囲気からして、おそらく初めて王城に来たが広くて戸惑っているってところだろうな。
……なんだか顔を見られている気がして居心地が悪い。僕の醜い顔を見て何が楽しいんだ?
「見られていたんですか。いえ、初めて1人で王城に来たのですが、王城はとても広いので迷ってしまいそうだなと思いまして。」
……やっぱりか。さて、どうする?迷わないようにするには案内するのが1番いいけれど、僕と長時間いるのが嫌で断る可能性が高い。ただ、彼が次いつ王城に来るかは分からないし、今回を逃すともう会えない可能性すらある。
「では僕が案内しますよ、貴方は王子の僕からしたら客人にあたりますから」
嫌だと言われたら説明だけして別れよう。そう思いながら提案をすると、彼からは悩んでいる様子が見てとれた。まぁそう簡単には頷けないよな。
それはそうとしてチラチラ僕を見てくる顔が格好良いからやめて欲しい。
とそんなことを考えていると、
「そう、ですね………………では、お願い出来ますか?」
!!欲しかった返事をもらえた僕は、上機嫌で歩き始めるのだった。
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アルバート・ノルマンディ……彼と並んで歩いていると、周りから羨望の視線を受ける。これだけ美形なのだから当たり前といえば当たり前だけれど、正直こんなに醜い僕を羨ましがっている奴らに笑いが込み上げてきそうだ。
周りにいる奴らの考えはこうだ。〘あんなに醜い奴ですら美形と歩けるのに、何故俺たちは駄目なのか〙。……馬鹿だからだよ。僕と頭の出来が違うからだ。
遠くから見てくよくよしているだけで幸せになれるか?そんな訳ないだろ。
僕は恩を売って媚びを売って、それで信頼を勝ち取っているんだ。何もしないやつと一緒にされたら困る。
そんな黒いことを考えていると、ずっと黙っていた隣の男が口を開いた。
「オリヴァー殿下は、よく図書館に来られるのですか?」
ああ。周りから嫌悪の視線を向けられるのに、何故わざわざ王城に来るのかということか。
「……とくに本を読むわけでは無いのですが、まぁ……人脈作りのために。」
いつもしている貴族への媚び売りを良い感じの言い回しで伝える。
「人脈作り……ですか。それは素晴らしい、貴族間では大事ですからね。」
……僕のことを誤解している。そんなに志しの高い人間じゃない。いつもならこんな風には思わないのに、彼に«良い人»の演技をすることが心苦しい。
僕はなんだかいたたまれなくなって、顔を下げて返事をした。
「そんなことはありませんよ。……私はこの顔ですし、人脈を作るには自分から話しかけるしかありませんから。王子であっても、何の意味もありません。肩書きよりも醜さが勝ってしまう。」
そう。僕は待っているだけで人が寄ってくる第一王子とは違うから。自分から話しかけないと何も得られないのだ。
それを聞いた彼は、納得したような顔をしてストレートに質問をした。
「……じゃあもしかして、……失礼な言い方ですが、私の案内を申し出たのも貴族に恩を売るためですか?」
……頭の鋭い人だ。
あまりにもハッキリと聞かれたものだから、ただでさえ大きくて怖いと言われた目を更に大きく見開いてしまった。
隠しても彼にはバレてしまいそうだし、なんだか嘘をつきたくなかった。
「はは、恥ずかしながらその通りです。貴方はノルマンディ家の方ですから……。」
そう言うとすごく驚いた顔をするから、まさか自分の家の重要さすら分かっていないのか?と心配になった。
なんとなく分かってなさそうな気がしたのでノルマンディ家の身分について説明しておいた。
ついでに聞きたいこともあったので聞いた。
「……ですが、美形が多い家だからこそ、私のような醜い者はお嫌いだと思っていました。」
初めから疑問には思っていた。この男……アルバート・ノルマンディは、僕の顔を真っ直ぐ見てくる。そんなことが出来る人間は今まで見たことがない。ノルマンディ家は醜い人間に耐える過酷な訓練でもしているのだろうか?
「ああ……父上や母上は嫌いとまでは言いませんが、苦手ではあると思いますよ。実際のところ平気なのは私だけですから。」
「ぇ……」
無意識のうちに声が出ていた。その事に気付いた僕は、これ以上声が出ないように咄嗟に口を手で覆った。
何度かそのまま呼吸をすると、ゆっくりと手を解いて聞いた。
「私のような顔が、平気……なのですか?」
どき、 どき。
心臓がうるさく音をたてる。恩を売りたいだけだったのに、なんでこんな事を聞いているんだろう。やけに冷静な思考になりながら返事を待つ。
_______彼はふっと優しい笑顔になったかと思うと、その薄い唇を震わせた。
「ええ。……オリヴァー殿下のお顔も、好ましく思いますよ。」
後から付け足された言葉に、顔が赤くなった感覚がした。醜い顔が平気かどうかとか、どうして貴方だけが……とか知りたいことはたくさんあったはずなのに、もうどうでもよくなっていた。
ただただ、さっき言われた言葉が僕の頭を駆け巡る。僕の顔が好ましい……なんて。
嘘?お世辞?好意を示してくる人は信用ならない。これは僕がいつも思っていることだ。
か、顔が赤くなっているのは仕方ないだろ。こんな格好良い顔の男に好ましいなんて言われたら、誰だって自然に赤くなるはずだ。
どうやって返せばいい?分からない、今まで色んな人と話をして来たけど、こんな事を言ってくる人なんていなかった!……お礼だけでいいのか?いや、お礼を言うと自尊心が高そうじゃないか?
混乱した僕は、返事をするのに時間を要した。