説教したがりの作家(アマチュア、中年男性)が、少女小説で自作に登場する。そして、新人賞に応募する。
わたしは佐倉恵美、16歳の青春真っ盛りだ。今時、青春真っ盛りなんて言う女の子なんていないけど、まったく問題なし! モーマンタイってとこ。今は個性と多様性の時代だもんね! ほら見て見て、このこのプラチナちっくな金髪、良く似合うでしょ? とにかく目立たなきゃね!
現実世界でも、金髪にしたら個性が出ると思っている若者が目に付くが、とんでもない事実誤認である。そもそも今の若者の言う個性など、よくあるタイプの模倣でしかないではないか。個性個性と言いながら、その実、無個性の集団でしかない。
実は今、気になる男の子がいるんだ。学校の一つ先輩で、五十嵐祐樹さん! サッカー部に入っててさ、ちょ~~~ぜつにカッコイイの♪ タレントの山崎賢人に似てるかな。でも先輩の方がカッコイイけど! キャッ! 笑顔なんて、もう溶けちゃうくらい爽やかで、胸がキュンキュンなの。え? 今時、胸キュンなんて言わないって? もーまんたーい!
これくらいの年代では、異性を外見でしか判断できないものだ。そんな女に囲まれていたら、男が外見しか気にしなくなって当然だ。男を駄目にするのも良くするのも、いつの時代も女次第だ。『好きな男性のタイプは?』という質問に「優しい人」と回答して、『タレントでは?』という追加質問に「キムタク」と回答するような女性も信用できない。
「恵美、一緒に帰ろうぜ!」
後から馴れ馴れしく声をかけてきたコイツは荒木哲也。小学校からの腐れ縁で、世間さまで言う幼馴染ってやつ。家が近所にあるもんだから、一緒に帰る機会も多いってわけ。わたしは否定してるんだけど、付き合ってるって勘違いして譲らない友達もいる。違うんだから譲れっつーの! そりゃ見た目は貧弱にした長瀬智也って感じで悪くないけど、何か男として見れないんだよね。今さらね~。
「哲也、何で毎日一緒に帰らなきゃなんないわけ?」
そうそう、それが誤解のモトなのだ。
言語のカタカナ化が、若者の教養レベルを落としているのだろうか。
「別に良いじゃん。一人で帰るより楽しいだろ」
「そりゃそうだけどー」
「だったら一緒に帰ろうぜ。ホラ、行くぞ」
哲也はわたしの左腕を引っ張り、強引に校門に向かう。あー、今日もコイツのペースだーー。
そこに何という偶然? それとも良い子にしていた、神様のご褒美? 五十嵐先輩がこっちに走ってきた。わたしはぼーっとしてしまい、頭が真っ白になった。先輩はわたしには目もくれず、すれ違う。だって仕方ないもん、一度もまともに話した事もないんだから。
その間も、わたしは哲也に引っ張られ続けていたんだろう。気付いたら、校門を出るところだった。うん待てよ? コイツさえいなけりゃ、もうちょっと長く近くにいれたんだよね? このバカテツ!
「なんだよ??」
わたしに睨まれているのに気付いて、哲也が怯えた声を出した。わたしは哲也のおしりを思いっきり蹴っ飛ばしてやった。
「イテエ!!」
哲也は飛び跳ねた。わたしの憎しみ、思い知ったか!
展開とキャラの設定上、このような暴力シーンを書いてしまったが、私は暴力には反対だ。若者の間ではとかく暴力を美化する風潮があるが、私は頑として否を唱えたい。暴力では何も解決しない。
近年、日本は急速な右傾化が問題になっている。愚かにもアメリカに戦いを挑み、アジア諸国を侵略し、世界に多大な損害を与えた負の歴史が忘れ去られようとしている。戦争法案が可決され、世界に誇る宝である平和憲法、第9条もアベを始めとする戦争勢力が骨抜きにせんと画策している。
こうした社会情勢の背景に、暴力の美化が大きく関係しているのでは? と、私は睨んでいる。
「何すんだよ!?」
「エヘヘ!!」
わたしはペロって舌を出して、笑ってやった。今のは、じょーだんだよーっていう合図だ。これで哲也は許してくれる。そう結構、良いヤツ。わたしってズルいかな? せっかく女に生まれてきたんだもん。これくらいは神様も許してくれるよね!
これくらいはまだかわいいものだが、エスカレートすると実に嫌な女性になってしまう。このキャラはここで止まっているからかわいいのであって、読者の皆さんは、その事をよく肝に命じて欲しい。
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ここまで読んで、売れっ子少女小説家の早乙女響子はげんなりとしてしまった。何でこんな作品が最終選考まで残っているのだろうか。いくら今回の選考テーマが新しい感性の発掘といったって、これは違うだろう。
コメディーだというならアリかもしれないが、今回の賞は正統派の少女小説雑誌の新人賞だ。コメディーというにもジャンルが違わないか?
まあもうちょっと読んでみるかと、早乙女は原稿用紙をめくった。
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「マジでえ~~~!?」
マジという若者言葉も、あまり好きではない。頭が軽く聞えてくるような気がする。今の若者の喋り方は、どうも頭が悪そうに聞えるような感じのものが流行っている。言葉を軽くしよう軽くしようという姿勢が見られ、感心できない。
わたしは思わず、電話口で物凄い声を出してしまった。明日の日曜日に、友達からプールに誘われて、そのメンバーに、なななななんと、あの愛しの五十嵐先輩がいらっしゃっちゃうのだ! もうこれは行くしかない! 私は親が死んでも行くと熱意を込めて言ってやった。ハル(友達)は笑った。わたしの五十嵐先輩LOVEは有名だ。いやあ~生きていると、こんな良い事もあるんだねえ~!
早速準備しないと……水着はどこにしまったっけかとクローゼットに手をかけた時に、わたしは思い出してしまった。そうだ、哲也と映画を見に行く約束してたんだ。もちろん、五十嵐先輩優先っと。さて、哲也に連絡しとかなきゃ。
「あ、哲也? 明日の映画だけどさ、悪いけどキャンセル」
――急用でもできたか?
「うん、ハルからプールに誘われてさ、えへへ」
――何だよ、気持ち悪いな。
「えへへ、五十嵐先輩も来るんだって! もう絶対行くしかなくない!?」
――あん、五十嵐?
「どうしたの? 怒った?」
――別に……
「今度おごってあげっからさ」
――わかったよ、じゃあな。
トゥルルン
哲也、なに怒ってんだろ? 自分だって、前ドタキャンしたじゃん。ま、いいか、多分機嫌が悪かったんだよね! 気にしても仕方なーい! それよりも明日!! そうだ、服は何着ていこう?
自分で書いておいて何だが、実際にここまで無神経な女っていうのはいるのだろうか。物語の中では、哲也はずっと前から恵美を好きなのだが、その気持ちに気付かないというのも、不自然ではないだろうか。
私は創作の中でしか若者の心情を知らないので、いささか不安だ。「こんなヤツいねーよ」などと思われてはいないだろうか。もしも私に感想を書こうと思ったならば、その辺りを教えて欲しい。
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うーん、これは重症だ。早乙女は額を指先二本で支え、頭を左右に振った。作者の心情が作中に入るというのはなくはないが、これはいくら何でも酷い。
この作者はいったい何を考えているのかと不気味になってきた。最後のやつは、受賞して雑誌に発表されるのが前提なのか? 作者のプロフィールを見ると、
ラジオネーム へも.
年齢 42歳
職業 作家の卵
と書いてあった。
きっと、変人のおっさんなのだろう。名前も変だ。だいたいラジオネームって何だ? 作家の卵も職業じゃないだろう。
早乙女はもういいやと原稿を置こうと思ったが、ラストシーンだけは読んでおくかと、最後のページをめくった。
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わたし、わたしは間違っていた……本当に愛していた人が、こんなに近くにいたんだ……いつもわたしを見守ってくれてたんだ……哲也、今までごめんね。辛い気持ちに、いっぱいいっぱいさせちゃったよね……。
「哲也、わたし……」
哲也は、わたしをぎゅっと抱きしめた。五十嵐先輩に抱きしめられた時はドキドキしっぱなしで、わけわかんなくなっちゃったけど……哲也はあったかくて落ちつく。
「俺、うまく言えないけど、お前を誰にも渡したくない。お前は、俺が絶対に幸せにする。どこにも行くな」
わたしは何も言わず、うんと頷いた。哲也のぎゅっが強くなった。
哲也はそっと、わたしの両肩を押した。二人の間にスペースができて、哲也の顔を見上げた。真剣な眼差しで、わたしを見ている。想いがいっぱい、つまっていた。わたしは黙って、そっと目を閉じた。今度こそ、わたしのファーストキス……わたしは哲也が好き……哲也……哲也……。
その日から、わたしと哲也は付き合い始めた。最初は何だか照れくさくて変な感じだったけど、毎日がすっごく楽しい! そうそう、勘違いして譲らない友達からは、やっぱそうだったじゃんと言われている。だから、今までは違ったんだっつーの!
あーあ、こんな幸せが側にあったなら、もっと早く手に入れておけば良かったな。ま、これから取り戻そう! 前向きポジティブ! レッツビギン♪
本来であれば、接吻は正式に交際を決めた後にするものである。男女交際には求められるべき節度がある。
よーく探してみて! ミンナの側にも、幸せ、どっかに隠れてるかもっ……!
作者の私からも助言したい。憧れも良いものだが、恋に恋をするよりも、人間としてより深く愛し合える本当の愛を見つけてもらいたい。これから恵美と哲也の間にも、様々な出来事が起こるだろう。他に好きな人もできるかもしれない。しかしそんな刹那的な気持ちに振りまわされず、本当に大切なものを大事にしてもらいたい。
これは恋愛関係においてだけではない。刹那的な快楽と刺激を求める若者が増えている今だからこそ、私は何が本当に大切なのかを問うていきたい。賢明な読者諸氏であれば、きっと理解できるだろう。
私の小説から、そんなメッセージを受けとってくれたら、作者としてこれ以上の歓びはない。その願いと希望をもって、筆を置こうと思う。
20××年7月17日 自室にて。映画『白鯨』を観ながら――
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早乙女はポカンと口を開けてしまった。 何ゆえ、後書きが本編に??
いや、今更それは言うまい。きっとこの著者は、若者に最後のお説教の内容を伝えたくて、このお話を書いたに違いない。そしてやり遂げたと満足して、大作を書き終えた大作家のような気分になっているのだ。
乱れた若者を導こうという動機が先にあるから、途中のシーンでも若者に誤解がないように、悪い影響を与えないようにと解説が入ってしまうのだろう。主人公の恵美はキャラクターの性質上、そんな警鐘は鳴らせない。この作者は作者なりの決断で、自ら作中に出る方法を選んだのかもしれない。とは言っても、読者に質問していたりもしたので、ただ単に自分が言いたくなった事を書いているだけかもしれないが。
う~~ん、試しに掲載してみるのも面白いかもしれないなあ~っという思いがフト頭をよぎったが、即座にそれは打ち消された。
気を取り直し、早乙女は次の原稿を手にとった。