この百合カップルが尊い
それから十分後。
伊織はふたりがイチャついていた校舎裏の隅に、ロープでぐるぐる巻きに縛り上げられていた。
手は後ろに回されて正座させられているため、歴史の教科書で見た石抱きの刑を思い出した。
「いやあの、覗き見してた俺に非があるのは百も承知なんだけどさ……なんでロープなんか持ってたんだよ」
「女の子はいろいろと入り用なのよ」
宵子は平然と言う。
ロープが日常的に必要なことなどあるだろうか。ツッコミを入れても無視されそうだったので、伊織はその疑問をぐっと飲み込んだ。
何しろ空気が最悪だった。宵子と明日華は険しい顔をして伊織のことを睨んでいるし、ふたりの間にもほとんど会話はない。
(ううう……百合カップルのイチャイチャを邪魔するなんて、俺はなんて罪深いことをしてしまったんだ……!)
自己嫌悪に苛まれ、伊織はずーんと沈み込む。
そんな中、明日華が意を決したように宵子の袖を引く。
「ね、ね……ほんとにどうするの、よーちゃん」
「……大丈夫。私に任せておきなさい」
眉を寄せて不安そうにする明日華に、宵子は重々しくうなずいてみせる。
彼女は伊織の顔を覗き込み、ごくりと喉を鳴らしてからこう問いかけた。
「伊織くん。正直に答えて欲しいのだけど……さっき私たちが何をしていたか、見たわね?」
「うっ……」
伊織は言葉を詰まらせる。罪悪感で胃がひっくり返りそうなほどだった。
しかし気力を振り絞り、がっくりうなだれながら白状する。
「……見ました。ごめんなさい」
「そう……」
宵子はたったそれだけ、小さな声をこぼした。そのまましばし彼女は黙り込む。
(お、怒る気も失せて呆れているのか……?)
伊織はおそるおそる顔を上げる。そしてハッと息を飲んだ。
宵子は唇を噛み締めて、地面をじっと睨んでいた。
覚悟のようなものが滲むその表情に伊織がぽかんとしていると、彼女はゆっくりと息を吐いた。
「いいこと、伊織くん。これだけは言っておくわ」
そうして、宵子は強張った表情でこう告げたのだ。
「あれはね、私が合沢さんに無理矢理迫っただけなの」
「へ……?」
伊織は言葉を失うしかない。
何しろ先ほどのやり取りはどこからどう見てもラブラブ百合カップルそのものだったからだ。
その発言にうろたえたのは伊織だけではない。明日華もまた目を丸くして、オロオロと宵子にすがる。
「なっ……何言ってるの、よーちゃん……?」
「合沢さんは黙っていて」
その手を宵子はやんわりと押しのけた。
明日華から視線を外したまま彼女は続ける。
「だから、合沢さんは被害者なの。誹りを受けるのは私だけだわ」
「ちょっ、待って……いったい何の――」
「そうだよ、よーちゃん!」
明日華も黙っていられなくなったのか声を荒げる。
「私はよーちゃんに無理矢理なんかされてない! キスしたのは好きだからだよ! なんでそんなこと言うのよ……!」
「わかってる。でもね、そうしておいた方が一番いいの」
宵子はゆっくりとかぶりを振る。
そして伊織のことを、あらん限りの力を込めて睨みつけた。
「伊織くん、見たことを他言したいのなら好きにしなさい。ただし、合沢さんを……明日華を悲しませたら許さない。地の果てまで追い詰めて、あなたのことを破滅させてやるから覚悟して」
「は……」
そこでようやく、伊織は宵子の真意を察した。
つまり彼女は恋人を――明日華を好奇の目から守るため、こんな嘘をついているのだ。
そのことに気付いた途端、伊織の頰をひと雫の涙が伝った。
「最高の百合じゃん……」
「……は?」
宵子は目を白黒させる。
まあ、脅しをかけた相手が恍惚とした表情で泣き始めたら誰だって顔をしかめるだろう。
しかし伊織は言葉もない。
献身的な愛を目の当たりにして打ちのめされていた。あまりの尊さに目が霞む。縛られていなければその場で拝み倒していたのに――と、そこまで考えたところでハッとする。
(そ、そうじゃなくて!)
今自分がすべきなのは萌えることではない。
「待って待って!? 先走る前に俺の話を聞いてくれよ!?」
「話……? 言っておくけど、脅したってあなたなんかに体は許さないわよ。私の操は明日華に捧げるつもりなんだから」
「はあ!? あんたふざけんじゃないわよ! あたしのよーちゃんには指一本触れさせないんだからね!?」
「誰が要求するかそんなこと! 百合カップルを寝取るくらいなら死を選ぶわ!!」
大地にも熱く語ったが、百合に男が挟まるのは地獄行き待ったなしの大罪である。
ひとしきり叫んで息を整えてから、伊織はふたりをまっすぐ見て告げる。
「俺は、ふたりのことを他言するつもりはない! 今日見たことは俺の胸だけにしまっておく!」
「は……?」
「は、い……?」
続きはまたあとで更新します。
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