百合の秘め事
やがて宵子は唇をそっと離し、目を細めて妖艶に笑う。
「ふふ、かわいい」
「んあ……よーちゃん……」
明日華はかすれた声をこぼす。目はとろんととろけていて、頰は熟れた果実のように赤い。
上気した吐息が宵子の前髪をふわりと撫でて、宵子はますます笑みを深めてみせた。
「ほんとに悪い子ね、明日華ったら。あんなふうに男子にベタベタするなんて」
「ち、違うよ。早乙女くんとは普通にお話ししてただけだもん」
「あら、そう? 私はてっきりお仕置きしてほしいのかと思ったわ」
「…………それも、ちょっとあったかも」
「仕方のない子ねえ、ほんとに」
悪戯がバレた子供のように、ぺろっと舌を出す明日華。それをくすくすと笑う宵子。
それはもう完全に、どこからどう見ても情事真っ最中の百合カップルそのものだ。
(は? なにこれ? 夢か?)
いくら伊織が重度の百合愛好者だといっても、実在のクラスメートを妄想のダシにするのはよくないと思った。
しかしどれだけ頰をつねって叩いても、単に痛いだけで夢から覚める兆しはない。
つまり目の前の光景はまぎれもなく現実のもので――。
(まさか、ほんとに……あのふたりは百合カップルなのか……!?)
ギャルと生真面目委員長。
表向き水と油のようなふたりが、裏では仲睦まじい百合カップル。
そんな、オタクが見る都合のいい白昼夢のようなことが実現するはずは――。
「へへー……妬いた?」
「当たり前でしょ。もう、今度からは気を付けなさいよね」
「はあい。でも大丈夫だよ、あたしはよーちゃん一筋だもん」
「知ってるわ。私だってこんなことするの、明日華だけよ」
「えへへー、知ってる!」
女子ふたりは指を絡ませ、軽いキスを何度も交わしてうっとりと見つめ合う。どこからどう見ても、やはり現実の百合カップルだった。
(ほ、本物だ……! 百合カップルは本当にあったんだ……!)
もはや明日華とのフラグなど、伊織の中から綺麗さっぱりと消えてしまう。頭の中では、ふたりを祝福する教会の鐘が盛大に鳴り響いた。
あまりの尊さに全身に震えが走る。
もう少し、その光景を目に焼き付けていたくて――伊織は半歩踏み出して、よりにもよって転がっていた空き缶を踏んでしまった。
「うぎゃっ!?」
「っ……!?」
「なになに!? 誰!?」
宵子と明日華がビクリと顔を上げる。
ふたりは仰向けに転がる伊織を見て、ギョッと目を丸くした。
「さ、早乙女くん……?」
「ど……どうも……邪魔してごめんなさい……」
痛みに呻きながらも、伊織は心からの謝意を口にした。
本日はあと二回更新予定です。また午後にでもまとめて更新します。
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