心からの思いを吐き出す
宵子はきょとんと目を丸くする。
「えっと、うちの姉さんが両刀だってことはこの前言ったよな……?」
「う、うん……びっくりしたけど、たしかにお姉さん、お友達男女を問わず多かったわよね……」
「で、高校時代も彼女がいたんだよ……たぶんその人だ、それ」
その人はちょうど今の明日華のように髪を染めて、派手めの格好を好んでいた。
そして伊織は彼女から『女の子同士で付き合うってけっこう楽しいものなんだよー』という話を聞かされて『何それ詳しく』と食いついたことを、非常によく覚えている。
当時は姉の彼女だなんて知らなかったものだから、未知の世界に夢中になって耳を傾けた。おかげでこんなふうに性癖がねじ曲がったとも言える。
そんなふうに説明すると宵子はわなわなと震えて、叫ぶ。
「それじゃあ……私が勘違いしただけなの!?」
「みたいだな……」
伊織はがっくりと項垂れる。
幼馴染みがある日突然冷たくなった謎が、数年を経てようやく解けた。
「えええ……そんな理由かよ。直に聞いてくれたら良かったのにさ」
「うっ……だって伊織くんの口から『あんな子が好き』なんて聞きたくなかったし……」
「それにしたってさあ……」
しょんぼり落ち込む宵子を横目に、伊織は重いため息をこぼしてみせる。
当時、急に宵子と距離が出来てしまい、かなりショックを受けたことが昨日のことのように思い出された。何しろ自分にはさっぱり理由が思い浮かばなかったものだから。そのうえ――。
「俺だって当時落ち込んだんだからな。好きな子にちゃんと告白する前に振られるなんて最悪だー、って」
「…………へ?」
「…………今のは忘れてください」
完全な失言に、さっと顔をそらしてしまう。
しかしそれで忘れてもらえたら苦労はしない。
ふたりの間には重い沈黙が落ちて――やがて宵子がかすれた声でぽつりと問う。
「えっ、好きな子って……誰のこと?」
「宵子だけど……」
「なんで……!? 私、ぜんぜん可愛くなかったけど!?」
「なんでって……普通におまえが可愛くていい子だったからですけど!?」
悲鳴のような叫び声にかぶせるように伊織は叫ぶ。
もうこうなればヤケだった。羞恥心とか、彼女が百合カップルであることとか、そんなことは一瞬でどうでも良くなってしまう。
「たしかに昔の宵子は地味だったぞ!? 眼鏡だったし教室の隅でひとりで本読んでるような静かな子だったし! だけどおまえ、俺には勉強教えてくれたりして優しかったし、たまに笑うとすっごく可愛かったんだからな!?」
「へっ……!?」
「家も近くて昔から一緒だから、ずっと言い出せなかったけど……俺もずっとおまえのことが好きだったんだよ!」
とうとう宵子は真っ赤な顔で凍り付き、完全に言葉を失ってしまう。
伊織も叫んですっきりしたものの、後のことは何も考えていなかったので黙り込むしかない。
水族館のまばらな客たちがこっちを見て『青春だなあ……』なんて生暖かい目を送ってくるのが心底辛かった。
「それじゃ、あたしたちってますますお似合いじゃん」
「うわっ!?」
そこに明日華が戻ってきた。
温かい飲み物をふたりに手渡して、ニヤニヤと伊織をつついてくる。
「うふふー。聞いたよー、いおりん。めちゃくちゃ熱い告白だったじゃん。やるぅー」
「うっ……! ご、ごめん! 明日華から宵子を奪うつもりはまったくないから!」
「なに言ってんの? むしろ好都合だよ」
「は……?」
慌てる伊織に、明日華はきっぱりと言ってのける。
そのまま指さし確認しながら続けることには――。
「あたしはよーちゃんといおりんが好き。よーちゃんはいおりんとあたしが好き。で……いおりんはよーちゃんのことが好きなんでしょ? あたしのことはこれから堕として骨抜きにするとして~」
「最後の何だよ怖いんだけど!?」
「ともかくともかく! あたしたち三人は両思いってわけだよ、いおりん!」
伊織と宵子の肩をがしっと叩き、明日華は晴れ晴れとした顔で笑う。
「三人仲良く付き合えば、みんな幸せになれるじゃん。いおりんの恋も成就するし、嫌がる理由なんてほんとに何もなくないかな?」
「私も……」
そこで宵子が口を開いた。
ぽっと頬を桜色に染めながら、隣に座る伊織の顔をそっとうかがう。その仕草は昔、まだ彼女が大人しかった頃とほとんど変わらないものだった。
「失恋したんじゃなかったのなら、もう一度やり直してみたいかも……」
「だよねー。百合に挟まりたくないなんて、くだらないこだわりは捨てちゃおうよ。そしたら三人でラブラブになれるんだからさ!」
「ふ、ふたりとも……!」
伊織の心は、ふたりの言葉に大きく揺れる。
三人で付き合う……しかも百合カップルに挟まるなんて、どう考えても重罪間違いなし。だがしかし、ふたりと付き合うことができたら極上の幸せが待っているのは確実で……。
百合を壊したくない思いと、ふたりと付き合いたいという至極まっとうな欲求。
それらふたつがせめぎ合った、その結果――。
「お、俺もふたりのことが好――――げぼぉっ!?」
「は……?」
「え……?」
伊織は己の正直な気持ちを吐き出すかわりに、真っ赤な血を吐いた。
三人の間に重い沈黙が落ちる。
そんななか、伊織は胃のあたりを押さえて真っ青な顔で苦笑する。薄れゆく意識の中、死力を賭して告白することには――。
「ご、ごめん、やっぱ、俺には無理、みた……い……げふっ」
「ちょっと伊織くん!? 大丈夫!?」
「あわわ……これはマズいって!? すみませーん! 誰かスタッフさんを呼んでくださーい!」
伊織はその場でバタッと倒れ、自分の吐いた血の海へと沈んだ。おかげで宵子と明日華は半狂乱になって大騒ぎして、一気にあたりは騒然とする。
そのまま伊織は最寄りの大学病院まで、緊急搬送されることとなってしまった。





