美少女とフラグが立った!?
明日華はにっと笑って、伊織に顔を近づける。甘い匂いが鼻孔をかすめ、おもわずぐっと息を飲んでしまった。顔が赤くなっているのが鏡を見なくてもわかる。
うろたえる伊織におかまいなしで、明日華はニコニコと続ける。
「あたしもけっこう漫画とか読むから、早乙女くんたちの話が気になっちゃってさあ。どんな漫画なの?」
「えっ!? え、その……うん」
伊織はさっと目をそらす。
心の底から素晴らしいと思える作品だ。だがしかし、オタクでもなんでもない女子に勧められるかといえばちょっと自信がない。
(最悪、『オタクキモい』って反応が返ってくるぞ……!?)
伊織はしどろもどろになるしかないのだが、明日華は変わらずニコニコと『陽』の笑顔を向けてくる。
結局その圧に耐えかねて、正直に打ち明けることにした。
「その……いわゆる百合漫画なんだけど」
「ゆりまんがー?」
「簡単に言うと、女の子同士の恋愛作品かな」
「へ」
漫画を差し出して表紙を見せると、明日華はきょとんと目を丸くして固まってしまう。ニコニコ笑顔は完全に消えた。
(ミスったああああ! やっぱり『オタクキモい』って思われたか……!)
一瞬で全身から冷や汗が吹き出した。青ざめる伊織だが、明日華はやがてぽつりとこぼす。
「そんな漫画があるんだ……へえ」
「い、いやでもこれはそんなに過激じゃないし、ほのぼのしてて読みやす――」
「早乙女くん!」
弁明を始める伊織に、明日華はまたさらに顔をずいっと近付ける。真剣な表情で、ぱんっと両手を合わせて言うことには――。
「その漫画……あたしに貸してくんないかな!?」
「へ!?」
思ってもみなかった申し出に、今度は伊織が目を丸くする番だった。
言葉を失う伊織に何を思ったのか、明日華はへにゃりと眉を下げてみせる。
「あっ、しっかり手を洗って、ネイルも取って読むから。すぐに返すから。それでもダメって言うなら、せめてタイトルをメモさせて――」
「い、いや、普通に貸すけど……はい」
「ほんとに!? ありがと!」
おずおずと漫画を差し出せば、明日華はぱあっと顔を輝かせて受け取った。
ネイルアートでキラキラした指先で、漫画の表紙をそっと撫でる。そうして、ほうっとため息をこぼしてみせた。
「女の子同士のラブコメかあ……あたしそんなの初めて読むよー。面白い?」
「う、うん。俺のイチオシ」
「へー! 超楽しみ!」
ぎこちなく頷く伊織に、明日華はますます歓声を上げる。伊織の肩をぽんぽん叩き、満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとね、早乙女くん。あたしが読んだら絶対に話しようね!」
「も、もちろん。ぜひ」
伊織は壊れたロボットのような返答しかできなかった。
(これはまさか、フラグが立った……!?)
百合は好きだが、それとは別で異性に対する興味はしっかりある。
これまで女子といい仲になったことも、彼女ができた試しもないが、これはひょっとするとひょっとするのでは……!
期待に胸を踊らせる伊織だが、そのときめきはすぐに雲散霧消する。
「お取り込み中のところ悪いんだけど……ちょっといいかしら」
凛と冷え切った声が、明るい空気を切り裂いた。
本日はあと一回更新します。





