病み上がりの登校
それから三日後の朝。
げっそりやつれた伊織が登校すると、大地が目を丸くして迎えてくれた。
「おっ、ようやく登校できるようになったんだな。大丈夫か、伊織」
「おう……なんとかな」
「なんか学校で倒れたって聞いたぞ? すっかり弱ってるみたいだし大変だったんだなあ……」
大地は気遣わしげに伊織の顔を覗き込む。
三日前の昼休み、伊織は意識を失って保健室に運ばれた。それから目を覚まして這うようにして早退したのだが、今日までずっと寝込んでしまった。
高熱にも悩まされたし、気絶して悪夢を見て飛び起きて、また気絶して……というループをくらって、健康には自信のあった伊織もすっかり参ったというわけだ。
そう説明すると、大地はますます青い顔をする。
「それヤバい病気なんじゃないのかよ……病院には行ったのか?」
「いや、原因はわかってるんだ……」
伊織は力なくかぶりを振って、ため息をこぼす。
「たぶん、心労なんだよな……」
「ええ……百合にしか興味のない変態お気楽野郎だと思ってたけど、おまえもおまえで悩んでたんだな……俺でよかったら話を聞くぞ」
「いや、もう大丈夫。たぶん悪い夢を見たんだと思うから」
「はあ……?」
ゆっくりかぶりを振る伊織に、大地は怪訝な顔をしてみせた。
たっぷり三日もの間悩みに悩んでうなされて、出した結論がそれだった。
百合カップルに男が挟まれる。
そんなことが現実に起こるはずないのである。
(ないない。あんなお似合いの百合カップルが、俺のことを気に入るだって? 下世話なエロ漫画じゃあるまいし、あるわけないってーの)
おそらく質のいい百合を摂取しすぎた結果、変な夢を見ただけだ。
そう結論付けて――というより自分に言い聞かせる形でしみじみうなずく伊織の肩を、大地がぽんぽんと叩く。
「まあともかく元気出せよ。おまえが休んでる間、すげーことがあったんだぜ」
「はあ? なんの話だよ」
「きっとおまえなら歓喜すると思うぜ。実はさ――」
大地が続けようとした、そのときだ。
「おっはよー、いおりん!」
「うおっ!?」
元気のいい声とともに、伊織の背中がばしっと叩かれた。
慌てて振り返るとそこには明日華がニコニコと立っていて――伊織はひゅっと息を呑んだ。
「あ、合沢さん……?」
「三日も休んで心配したんだよ。もう大丈夫なの、いおりん」
明日華は眉をへにゃりと下げて、上目遣いに伊織の顔を覗き込んでくる。
鼻と鼻との間はわずか十センチほど。先日と同じ甘い匂いが鼻腔をかすめ、ときめきを覚えるより先に伊織はバッと飛び退いて距離を取った。
「と、とりあえずまず聞かせて欲しいんだけど……」
「なあに、いおりん」
「その『いおりん』って何だよ!?」
「早乙女伊織でしょ、だからいおりん」
明日華は平然と答えてみせた。
「よーちゃんのこともあだ名で呼んでるし、いおりんだけ名字呼びは仲間外れみたいでダメかなーって。かわいいっしょ?」
「なんか急にグイグイくるな……って、『よーちゃん』?」
明日華が口にした言葉に、伊織はふと首をかしげる。
教室では明日華と付き合っていることどころか、仲のいいことすら隠していたはず。
「こら、ダメよ。明日香」
そんなふうに訝しんでいると、宵子が慌てたようにやってくる。
先日までの犬猿の仲はどこへやら。明日華に向ける目は少しばかり苦々しいものの、それも聞き分けの悪い子供を見るような優しいものだ。
「病み上がりの人にそんな乱暴しちゃいけないわ。もっと気遣わないと」
「ううー……だって久々に会えて嬉しかったんだもん」
それに明日華は唇を尖らせる。
ふたりのやり取りに伊織は目を丸くするしかないのだが、教室内の他の生徒たちはいたって普通の反応だ。むしろどこか微笑ましげに見ている者が多くて――。
「え、なにこれ……?」
「ほら、驚くだろ。百瀬さんと合沢さん、急に仲良くなったんだと」
そんななか、大地がコソコソと伊織に耳打ちした。
本日はあと一回更新予定です。





