百合カップルが男を挟むな!!
明日華の言葉の意味がよく理解できず、伊織はたっぷり三分ほどフリーズして考え込んだ。
宵子もまたぽかんと目を丸くしている。
ただひとり、明日華だけがニコニコしていて――そんな彼女に、伊織はおずおずと訊ねる。
「付き合うって…………どこに?」
「定番のボケを抑えてくるねー。うんうん、そういうの好きだよ、あたし」
ボケではなく、純度百パーセントの本気だった。
明日華はピクニックシートに腰を落としたまま、宵子の肩に腕を回してにっこり笑う。
「つまり、あたしとよーちゃんは恋人じゃん?」
「はあ……」
「で、そこにいおりんを混ぜてー」
「へっ……うおっ!?」
「ちょっ、明日華……!?」
明日華は伊織の手をぐっと引っ張った。バランスを崩してふたりのもとに倒れ込む。
ちょうど宵子と明日華の膝に頭を乗せて仰向けになる形になって、さながらハーレムラノベ の主人公だ。
その事実にゾッとするより先に、明日華があっさりと言い放つ。
「こんな感じで、三人で恋人になったら楽しいんじゃないかなーって!」
「……………………はい!?」
数秒フリーズしてから、伊織は勢いよくピクニックシートから飛び退いた。校舎の壁に背を預けて、裏返った声で叫ぶしかない。
「待て待て待て待て!? 合沢さん、い、今なんて……なんて言った!?」
「うん? あたしたちに混ざったら、って言ったけど?」
「あ、あはは、合沢さんも冗談うまいなあ……さすがにそんなの騙されないって」
「えっ、本気だけど?」
「……マジで?」
「うん」
「…………ぎゃあああああああ!?」
あまりに決定的なセリフに、伊織は頭を抱えて絶叫する。
脳が理解を拒むが、魂が悟ってしまう。
つまり彼女は伊織に――いわゆる『百合に挟まる男』になれと言っているのだ。
「ふっっっざけんなよ!? おまえら百合カップルだろ! 男の俺なんか眼中に入れるんじゃねえ!! 百合の神様に謝れ!!」
「マジギレじゃん、ウケる〜」
伊織の剣幕にも動じることなく、明日華はケラケラと笑う。その姿はイタズラな小悪魔というよりも、どちらかといえば地獄で亡者を弄ぶサタンに見えた。
そんななか、ぽかんと言葉を失っていた宵子がおろおろと口を挟む。
「そ、そうよ、明日華。無茶なこと言わないで」
「おう! 宵子も言ってやれ!!」
恋人として、明日華の戯言をこんこんと諫めてもらおう。
そう期待して伊織は宵子を見やるのだが――なぜか彼女はすこし頬を染め、恥ずかしそうにぽつぽつと言うだけだった。
「そんなことを急に言われても……伊織くんだって困ってしまうでしょ」
「……は?」
思っていたのと違う反応だった。
勢いを失って、伊織は怖々と宵子に声をかける。
「あの、宵子……なんでそんな満更でもない反応なんだ……? そこはもっとこう、怒ったりなんかするとこだと思うんだけど……?」
「え、だってよーちゃんだって早乙女くんなら大歓迎でしょ? 恋人の洞察力舐めちゃいけないよー」
「そ、そんな、私は、その……」
宵子は真っ赤な顔を伏せて、もごもごと言葉を濁す。
もう肯定したも同義だった。
普段クールな宵子が恥ずかしがって小さくなる姿を、伊織は可愛いと思えてしまって。
高嶺の花だと思っていた明日華からまっすぐ好意を向けられたことを、伊織は嬉しいと感じてしまって。
しかしそれらの感情は、伊織の信念を木っ端微塵に打ち砕くもので――。
「だって早乙女くんって私たちに理解もあるし、いい人だし、何より一緒にいたらふたりの時よりもっと楽しいと思うんだよね。早乙女くんだって両手に花だよ? 悪い話じゃ……うん?」
そこで明日華は首をかしげる。
伊織のもとまでとてとて近付いて行って、その顔をじーっと見つめて――ハッとする。
「早乙女くん、これ……立ったまま気絶してない?」
「えええ!?」
校舎裏に宵子の悲鳴が響き渡ったが、伊織が意識を戻すことはなかった。
百合に挟まる男の完成です!続きは明日更新します。
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