一波乱
「これってどういうことだと思う……?」
「俺に聞かれても……」
ふたりは首をかしげつつ、校舎裏へと向かっていた。
件の手紙が指定した場所である。呼び出されたのは明日華だけだが、伊織も気になってついてきてしまった。
おそらく、この手紙の送り主は昨日のことを知っている。
「言っておくけど、俺は絶対他言していないからな。そんなことをするくらいなら舌を噛む」
「武士だあ……でも、だったらいったい誰がこんなこと……よーちゃんも教室にいなかったし、なんか不安かも……」
手紙をためつすがめつしながら、明日華の表情は暗い。
秘密が漏れたかもしれないとなれば、当然の反応だろう。伊織も心持ち緊張しながら、とうとう例の場所へと辿り着く。
昨日伊織が覗いた向こうからは、複数の声が聞こえていた。
小声なのと距離が遠いのとで、会話の内容までは判別つかない。
しかしそのトーンから、深刻そうな空気がひしひしと感じられた。
伊織と明日華は顔を見合わせて、そっと角の向こうを覗く。そしてふたり同時に息を呑んだ。
「宵子!?」
「よーちゃん!?」
昨日、ふたりがキスを交わしていた場所。そこで宵子が、顔を硬らせて立っていた。きゅっと唇を噛み締めて、だらんと下ろした拳は強く握りしめすぎているのか震えていた。
そんな彼女を取り囲むのは五人の女子生徒だ。
ひとりは同じクラスの白崎という女の子で、気立てがよくて男女を問わず人気が高い。それ以外は他のクラスの女子らしい。五人は一様に困ったように眉を寄せ、気まずそうに目配せし合っている。
(な、なんか嫌な雰囲気だな……)
言い知れぬ緊迫感に充てられて、伊織は言葉を失うしかない。しかし明日華は違っていた。弾かれたように物陰から飛び出していった。
「ちょっとあんたたち! 何やってんのよこんなところで!」
「あっ、合沢さん」
それに白崎が振り返り、ほっとしたように眉を下げてみせた。
ただし宵子はさらに顔を青くする。何かを口にしようとして、グッと堪えたようにだった。
そんな中、白崎は申し訳なさそうに苦笑する。
「手紙読んでくれたんだ。来てくれてありがとうね」
「まさか、この手紙って白崎さんが……?」
「うん。ちょっと気になることがあって……」
白崎は少し言い淀み、あとの四人をちらりと見やる。
全員が全員、先を促すように頷いたのを確認して、彼女はおずおずとまた口を開いた。
「あのね、合沢さんに聞きたいことがあるの」
「な、なによ」
「昨日、百瀬さんと……ここでキスしてなかった?」
「っ……!」
明日華は真っ青な顔で息を呑んだ。覗き見していた伊織もまた同様だ。
「私、昨日この上の教室で同好会の準備をしてたの。それで何気なく下を見たら合沢さんたちがいて……ねえ、ふたりってもしかして――」
「だから、さっきから何度も言ってるじゃない」
白崎のセリフを、宵子が冷え切った声で遮った。
厭な冷笑を浮かべてみせて、明日華のことを顎で示す。
「あれは私が無理矢理迫っただけよ。合沢さんは被害者。それだけは間違えないでちょうだい」
「えっ!? よ……百瀬さ――」
「合沢さんは黙ってて。そもそも白崎さんだって、私たちの仲の悪さを知ってるはずでしょ」
「う、うん。そうだと思ってたんだけど……」
「でしょう。私たちがそんな仲だなんて……あるはずがないわ」
慌てふためく明日華にはかまうことなく、宵子は淡々と続ける。
その頃にもなれば伊織にも事態が飲み込めていた。
白崎が昨日のふたりを目撃。彼女から確認されて、宵子は明日華を守るために嘘をついたのだ。
(昨日の嘘をそのまま使うんじゃねーよ……! いやでも、これはまずい……まずすぎるぞ……!?)
伊織が飛び出していって、『何が悪い』と叫ぶのは簡単だ。
だがそれは彼女らが必死に守ろうとしている秘密を曝け出すことになる。
かと言って否定することもまた避けたかった。彼女らがどれだけ互いに想い合っているのか知った今、そんなことは口が裂けても言いたくない。
(そうなると……打つべき手はひとつしかない!)
伊織にとっては神にも背くような一手だ。だがこうして悩むうちにも、事態はどんどん悪化していくし――。
「私なりの嫌がらせのつもりだったの。でも、あれはやりすぎだったわね。ごめんなさいね、合沢さん」
「ち、違う! 私の方から無理やりやったの!」
ふたりは一歩も譲ることなく言い合いを始める。互いを想うがゆえの口論だと分かっていても、彼女らが自分たちの関係を否定する姿は伊織の胸をグサリと刺した。
白崎ならびに他の女子生徒はそんなふたりを前にして慌てはじめて――。
「え、えっと、あのね、何か勘違いさせちゃってるみたいだけど、私たちはふたりのことを――」
「待ったあ!」
そこで伊織はあらん限りの大声を上げて飛び出していった。
全員の注目が伊織に集まって、白崎がぎょっと目を丸くする。
「えっ、早乙女くん……? い、今の話ひょっとして聞いてた!?」
「もちろん。だって俺にも関係のある話だからな」
「はい?」
きょとんとする白崎。
宵子と明日華も『おまえは何を言っているんだ』という目だ。
完全アウェーな空気の中、伊織は気力を振り絞ってどんっと胸を叩く。
「なんせふたりは……ふたりとも、俺の彼女だからな!」
「は……?」
「それでふたりは百合好きの俺のために、イチャイチャしてくれてただけなんだ!」
「はい!?」
白崎ならびにその他の女子だけでなく、もちろん宵子と明日華もすっとんきょうな悲鳴を上げた。
本日はあと二回更新します。
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