百合カップルを応援したい
呼吸を落ち着けてから今のエピソードをもう一度噛みしめて、伊織はすっくと立ち上がる。
そうして満面の笑みで明日華の肩を叩いてみせた。
「甘酸っぱいなあ! ほんと一生お幸せに! 式の日取りはいつになる!? よかったら俺、スピーチでも余興でもなんでもやるけど!?」
「気が早くないかなあ……」
明日華は苦笑しつつも、満更でもなさそうだった。
腰に手を当てて、胸を張りながら堂々と言ってのける。
「まあともかくそういうわけで、あたしたちはお付き合いを始めたってわけ。こないだは三ヶ月記念をふたりでケーキ食べてお祝いしたりしたんだから」
「うわあ……ラブラブじゃん」
「もちろんお互いに食べさせ合ったりしたわ」
「く、口についたクリームを指で取ってあげたり……?」
「甘い。指じゃなく、直に口でいったわ」
「や、やべえ……そんなシチュエーション、漫画かラノベでしか見たことないぞ!? 実際にやるものなんだな!?」
想像を絶するリア充っぷりに、伊織は戦慄くしかない。
百合カップルへの萌えよりも、どちらかといえば独り身の侘しさがひしひしと押し寄せてくる。がっくり項垂れて、リア充へのひがみを恥ずかしげもなく口にした。
「いいなあ……俺もそんな恋がしてみたいよ」
「ふふん、どうだかね。あたしとよーちゃんのラブラブっぷりに勝てるかな?」
「くそー……俺に彼女ができたら、合沢さんには嫌というほどにノロケ話を聞いてもらうんだからな!?」
「おうおう、期待しといてあげよーじゃん」
明日華はいたずらっぽくニッと笑う。
「でも早乙女くんって、ほんとに理解があるんだねえ。漫画ならともかく、これって現実の話だよ。さすがにちょっと引かれちゃうかなーって思ってたんだけど」
「うーん、まあ……合沢さんになら教えてもいいかな」
伊織はぽりぽりと頭をかく。
単に百合愛好家というだけでなく、伊織がそうした世界を受け入れているのには、もうひとつの理由があった。
またゆっくりと歩き出しながら、ぽつぽつと打ち明ける。
「俺、姉ちゃんがいるんだけどさ。いわゆる両性愛者ってやつなんだよ」
「お、お姉さんが……?」
「そう。昔から彼女ができたり彼氏ができたり、けっこう自由にやってたからさ。だからそういう話は慣れてるっていうか、気にならないっていうか」
「ふうん……そーなんだ」
明日華はすこしだけ目を丸くして、伊織の告白をしみじみと噛みしめていた。
家族と、姉の親しい友人やら元彼、元カノ以外は知らない事実なので、たぶんお隣さんの宵子も知らないはずだろう。両親はすっかり慣れてしまっていて、次はどんな恋人を連れてくるのか予想しあって楽しんでいるくらいだ。
そう説明すると、明日華はなぜか神妙な面持ちになる。
「つまりお姉さんはモテモテなのに、弟の早乙女くんは……?」
「彼女いない歴イコール年齢ですが何か!?」
「あはは、ごめんごめん」
片手をぱたぱたさせて、雑に謝る明日華だった。
伊織自身も、姉にフェロモンだかモテオーラだかを全部吸い取られてしまったのでは……と思ったことは一度や二度ではない。
(俺が性癖を拗らせたのも、絶対姉さんのせいだもんな……)
姉にべたべた引っ付く女子を見て、幼少期の伊織は不思議な気持ちを抱いたものだ。それが今に至るというわけだ。
「でも、もしよかったら、今度お姉さんとお話しさせてよ。女の子同士で付き合ってる人って、まだ会ったことないんだよねえ。いろいろ話を聞きたいからさ」
「いいよ。今は下宿先だけど、夏休みになったら帰ってくると思うから」
「やった! 楽しみにしてるね。ちなみに今はお姉さん、彼氏がいるの? 彼女がいるの?」
「両方かなあ」
「……は?」
「今は確か彼氏彼女とペットを合わせて十三人いるはずだから」
「ハーレムもののラノベ主人公か何か!? っていうかペットってなに!?」
「俺も詳しくは聞いてない……怖いから」
先日電話したときも、ほかにもいろいろ耳慣れない単語を口にしていたが、ググることは避けておいた。自由なのはいいことだが、自由すぎて手に負えない。
「しかもそれがみんな公認の十三股だっていうし、もうあの人は何でもありだよ。それに比べたら合沢さんたちのエピソードなんか安心して胸キュンできるってもんだよ」
「いろんな世界があるんだねえ……」
「まあ、そういうわけだから。俺は偏見とか抜きで、ふたりのことを応援するよ」
「……うん。ありがとね」
明日華はぽつりとこぼし、小さくうなずいてみせた。
今朝一発目の警戒心はどこへやら、もっと言えば昨日の昼休憩よりも距離が縮まった気がした。
どうやら誠意が届いたらしい。おかげで伊織はほっと胸を撫で下ろすのだ。
(よかったあ……百合カップルにはなるべく平和にイチャイチャしてもらいたいもんなあ。あとで宵子にもちゃんと説明して謝らなきゃ)
それでふたりには伊織というイレギュラーのことはとっとと忘れてもらって、ひたすら愛を育んでもらえばいい。
そんなふうに願うのだが、そこでふと、ため息がこぼれてしまう。
「しかし、まさか宵子に先を越されるとは思ってなかったなあ……とうにリア充デビューしてたなんてさ」
「そういえば早乙女くん、よーちゃんと幼馴染なのよね」
「うん。幼稚園から一緒だな」
「じゃあね、小さい頃のよーちゃんの話聞かせてよ! とびきり萌えるエピソードよろしく!」
「ええ……何かあったかなあ……あいつ昔から冷静沈着キャラだったし」
こうして学校に着くまで、伊織は明日華にせっつかれるままにいろんな話をしたのだが……学校でまさかの事態が待ち受けているなんて、このときはまったく予想できていなかった。
明日華の靴箱に『昨日の校舎裏に来てください』という、差出人不明の手紙が入っていたのだ。
本日はあと三回更新します。
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