赤と青のトラップ
アタシの通う高校の制服は、男女とも紺色のブレザー。けれど着崩してもアクセサリーを身に付けても、特に注意をされないユルイ学校だった。
それを知って、アタシのバイト先の店長はよくこんなお願いをしてくる。
「ねぇ、キリ。今度はコレ、お願い」
語尾にハートマークが見えそうなぐらい、店長は甘い微笑みを浮かべながら言う。見た目二十代後半の美女の店長にお願いされたら、普通の男性は一瞬でノックダウンだな。けれどアタシは女子高校生なので、うんざりした顔をしてしまう。
「…また、ですか? 店長」
「ええ。お給料ははずむから、お願いね?」
そう言いつつ、店長は手に持ったソレを差し出してくる。
「今度はペンダントですか」
銀色のチェーンに、二つのペンダントトップが付いている。一つは青い石、もう一つは赤い石、どちらも雫型だ。
「実はコレ、元はイヤリングなの。でも一緒に持っていてほしいから、ペンダントにしてみました」
店長は明るい調子で、ペンダントをアタシの首につけた。ヒンヤリとした感覚が、更に暗い気持ちにさせる。
「よく似合うわよ。しばらく身に付けておいてね」
「はいはい」
けれど払われる報酬は良いので、渋々ながらも頷いた。
「そして分かっていると思うけど…」
アタシの背後にいる店長は、そっと両肩に手を置く。それだけで背筋に汗が流れるほどのプレッシャーを感じてしまう。
「他の人にはくれぐれも触らせないようにね? あくまでも見せるだけにしておいて」
「―分かっています」
「んっ。良い子良い子」
店長は満足そうに笑い、アタシの頭を撫でた。
「はあ……」
けれどアタシの気持ちは重くなるばかり。…また厄介な物を身に付けることになってしまった。
翌朝。制服を着たアタシは、ペンダントが見えるように胸元を開けた。本当はきっちり制服を着るのが好きなんだけど、コレもまた仕事。スースーする胸元を見ながら、ため息をついた。
そして高校に登校。教室に入ると、クラスメート達が次々と挨拶をしてくる。
「おっはよ~、キリ」
「キリ、おはようさん」
「おはよう」
挨拶を返しながら自分の席に座ると、早速クラスメートがアタシの胸元に注目した。
「キリ。そのアクセ、可愛い~。バイト先の?」
「そっ。サンプル品。店長にまぁたモデル兼宣伝頼まれちゃってさぁ」
アタシは苦笑しながら肩を竦めて見せる。
「良いなぁ。あのアクセサリーショップ、宝石と言うよりパワーストーンが専門なんでしょ? 結構良いデザインの置いているわよね」
「ありがと。今度店に来てよ」
アタシはこうして時々店長から頼まれて、アクセサリーを身に付けて生活することがある。学生なので、当然クラスメートや友達の眼にとまる。
尋ねられた時には、店長に新作のアクセサリーのモデル兼宣伝をするよう頼まれているのだと言っていた。…まあ本当の目的は言えないが、あながちウソでもない。後から販売されるのだから。
「あっ、ホントにキリちゃんの可愛い~♪」
「ホントだぁ。良いなぁ」
しかし突如聞こえてきた女の子達の声に、近くにいたクラスメート達の表情が強ばる。
「クミにミク」
声をかけてきたのは、双子の女の子の姉妹。小柄で可愛いコ達なんだけど、問題が一つあった。
二人は興味津々という表情で、ペンダントに視線を向ける。
「キリちゃん、それ貸して見せてよ」
「だぁめ。まだ発売前だから、見るだけにしといて」
「ぶぅ。しょーがないな」
二人はアタシに近付き、じっとペンダントを見た。
「アレ? このペンダントトップって、もしかしてイヤリング?」
「そうだよ。石の色は違うけど、一対のイヤリングなんだって」
「わあ! ステキ! ねぇねぇ、これちょーだいよ」
うわっ、始まっちゃった。
「だからダメだって。ちゃんと発売されたら、それを持ってくるから」
「え~? 今が良いの!」
「お金ならちゃんと払うからぁ。ねっ? お願い!」
二人は可愛らしくおねだりしてくる。けれどアタシはキッと表情を引き締め、ハッキリと言い放った。
「ダメなものはダメ! 諦めなさい」
すると二人の表情が一気に険しくなる。そして拗ねたように、踵を返した。
「チェッ! キリちゃんのケチ!」
「そんな安物、いらないよーだ」
二人は去って行き、クラスメート達は緊張を解いた。
「あ~あ。あのおねだり双子に眼を付けられるなんて、キリも災難ね」
「まあ、ね」
アタシは苦笑するしかない。
あの二人は強欲なのが問題だった。何でも気に入ったモノがあれば、どんな手を使っても手に入れる。けれど手に入れたら執着心はなくなって、あっと言う間に捨ててしまうことで有名だった。
とりあえず、気を付けておこう。このペンダントはアタシ以外の人が付けてはいけない物なのだから―。
「…と思っていたのに、無いっ!?」
最後の授業が室内プールで水泳だった。さすがにペンダントを付けるわけにはいかず、着替えを入れるロッカーに入れていたのに、戻って来た時には消えていた。クラスメート達も一緒になって探してくれたけど見つからず、アタシは困り果てる。
「あう…。どうしよう?」
ふと顔を上げると、ロッカールームのドア付近にいる双子に気付いた。クミとミクが、アタシの方を見てクスクス笑っている。けれどアタシの視線に気づくと、そそくさと出て行った。
「まさかっ…!」
いや、決め付けるのはいけない。…でもロッカーには鍵はかけられない。だからアタシよりも先に来ていれば、盗むことも可能だけど……。
「…とりあえず、様子を見るか」
あの二人は飽きれば捨てるのだ。本当に盗まれていたのならば、その時に取り戻せば良いと思っていた。
――だが、様子を見る暇もなかった。
翌朝、アタシはクミとミクは死んだことを知ったからだ。
「クミは家のお風呂で溺死してたんだって」
「ミクの方は庭で燃えて死んでたって」
教室内でクラスメート達がヒソヒソと話す声が耳に届く中、アタシは呟く。
「…だからダメだって言ったのに」
学校はクミとミクのことから臨時休校となった。アタシはそのままバイト先に向かう。
「店長、すみません!」
バイト先のアクセサリーショップに入るなり、アタシは店長に頭を下げた。
「まったく…。だからあなた以外には触らせないでって言ったでしょう?」
店長の手にはアクセサリーケースがあり、その中身は例のペンダントだった。ちゃんと二つのイヤリングもある。―すでに取り戻していたのか。流石は店長。
「このイヤリング、青の方は持ち主に水死を、赤の方は焼死をもたらすという曰く付きの物。だからこそ二つ一緒にあって、キリが持っていなきゃダメだったのに」
店長はそう言いながら、再びアタシの首にペンダントを付ける。
「キリはこういった曰くを取り除く力を持つ者。曰くを取り除いた後、ようやく商品として売り出せるんだから、大切にしてね?」
「分かっていますよ。…でもこういうの、一体どこから持ってくるんですか?」
「ふふっ。企業秘密よ」
そう言って店長は意味ありげに笑う。
アタシのため息はますます重く深くなった。
【終わり】