出会い ⑤
海に入れば彼の独擅場である。
大きく尾鰭を振って瞬く間に船の真下へ到達すると、一度深く潜水し、頭を氷で覆って一気に船底目掛けて急速浮上した。
硬い木材で覆われた外板も内板も突き破り、大量の海水と共に船内へ流れ込む。
兵士たちは水の流れに足を取られて立つこともままならず、ルカンは銛の柄で船室の扉を一つ一つ破壊して回った。
すると、一つ上の階の奥の部屋から風の声が聞こえてきた。
ハイリの声だ。
上に続く梯子を登り、廊下に飛び出すや、待ち構えていたシャーラが火球を撃った。
「ハイリ様は私がお守りする! 貴様には渡さぬ! アゾット隊長の仇め!」
「待って待って! あの人まだ死んでない!」
「嘘をつけ! どうせ骨まで喰ってしまったに決まっている!」
「偏見だ! それより船底をぶち抜いたから早く救命ボートの用意をした方が……」
「問答無用!」
シャーラは杖を掲げてルカンに火炎を浴びせかけた。
危うく焼き魚になりかけたが、ルカンは左腕を氷塊で包み込み、堅牢な盾としてそれを防いだ。
「くっ! この分からず屋! 怪我しても知らないぞ!」
既に下の階は水で満たされた。
船は周囲の氷で固定されているのでまだ沈むことは無いが、喫水線より下のここは間もなく水没するだろう。
それまでにシャーラを黙らせてハイリを助け出さなければならない。
ルカンは一撃で勝負をつけることにした。
再び彼女の杖が火を吹き、盾で防ぎながらルカンは足元を流れる水に自身の身体から出す魔力を混ぜた水を合わせ、一時的に激流を起こした。
それに身体を乗せて火炎の渦中を無理やり突破し、シャーラの懐に迫る。
「しまっ……ぐっ!」
シャーラの腹部に強い衝撃が走り、霞む目で見れば、ルカンの肘から伸びる硬いヒレが打ち込まれていた。
力が抜けて杖も手から滑り落ち、ルカンはすかさず杖を拾い上げるとアゾットの物と同じように噛み砕く。
「わ、私の杖が……」
「悪いね。人間以外なら鉄だって食い千切ってみせるさ」
「うっ……やっぱり、化け物、じゃないか……」
気絶したシャーラを脇目に、ルカンはハイリがいる部屋の扉を破った。
「ハイリ!」
「ルカン……やっぱり、来てくれた」
「ハイリの声が聞こえたからね。それより早くここを出よう! ちなみに泳げる?」
ハイリは自信無さそうに首を横に振った。
「いいよ、僕にしっかり掴まっていて」
ルカンは両腕でしっかりとハイリを抱えると、水没した船底から船外へ出た。
気絶したシャーラも兵士たちに抱えられていたので溺死は免れただろう。
鰓呼吸出来ないハイリのためにも数秒で船から離れ、海面に出て彼女に息を吸わせたところで、ルカンは船を覆っていた氷を水に戻した。
支えを失った船は大きく傾き、大勢の船乗りを乗せた救命ボートがいくつか浮かぶ中で、その船体を海中へ没した。
ぷかぷかと波間に漂うルカンとハイリもそれを見届けていた。
「ありがとう……また、助けてくれて」
「いいってことさ。それに……」
「それに?」
「僕も行きたくなったんだ。ハイリが教えてくれた、神の国へ。叶えたい願いがあるから」
「そう。じゃあ、一緒に行く? ルカンが一緒なら、私も寂しくない」
「お伴いたします、聖女さま!」
「むー!」
ハイリはポカポカと小さな拳でルカンを叩き、二人はやがて笑って島へ戻っていった。
これが二人の出会い。
そして、これから始まる長い長い物語の始まりだった。