出立
太陽が真上に登る時間。陽炎 により大地がユラユラと揺らめく様は、さながら空気の波のようだった。
周りを見渡し当初の予定の自分を含めた三人がいることを確認する。
「よし、全員揃ったな」
上機嫌に声に出す柊弥の視線はアレックスと康太を見た後に雫へと移る。
「本当に来なくていいのか?雫」
その言葉を受けた雫は怪訝そうな視線を送る。
「いいのあたしは。どっちにしろ今日友達と遊ぶし」
「お?男か?男か?」
興味津々で問いかけるアレックスに向かってため息を吐き「そんな訳ないでしょ」と雫が答える。
「そういえば雫ちゃんって彼氏できたことあるの?」
康太のその質問にピクリと柊弥が小さく跳ねる。
「そりゃあるよ。高校一年生だよ?一回しか付き合ったこと無いけどさ」
「誰だそいつ!どこまでいったんだ!いくとこまでいったのか!」
鬼の形相で畳み掛けるように問いかける柊弥に周りの全員が引いている中、雫は大きくため息を吐く。
「手すら繋いで無いし、あと、なんでそこまで必死なの」
呆れたような口調の雫の横でアレックスが苦笑いをする。
「まあ柊弥は変態だしな」
「あぁ、間違いなく変態だね」
「ちげーよ!これはまだ兄妹愛の|範疇《はんちゅう」だ!」
「いいや、アウトだ。少しは自重したらどうだ」
必死の抵抗を見せるも変態のレッテルを張られてしまった。
「妹の処女性を確認した最低なお兄ちゃんはほっといて早く行ったら?場所取られちゃうかもしれないでしょ?」
雫の心配はその通りで件の砂原はシーズンを迎えると人で溢れかえることがある。だから、少しシーズンと外れた、夏の初めに行うことにしたのだ。川の流れも緩やかで過去4年に渡り事故が起きたと聞いたことがない。
「そういうことだ、わぁわぁ言ってないで行くぞ柊弥」
そう言ってやかましい男をズルズルとアレックスが引きずり家を後にする。
・ ・
「いやー、しかし暑いね。今日はいつもより気温が低いはずだけどそれでも、だね」
暑いとは言いながらも普段と変わらぬ康太の横で汗を滝のように流すアレックスは、ゼェゼェ言いながら炭の入った大きめの袋をゆさゆさと左右に揺らす。
「気温低くないだろ絶対」
今にも倒れそうな勢いで壁伝いに歩くがその体は常に日向にある。
「そういえば60年くらい前までは気温上がってなかったらしいね。人間の開発したクーラーによって人間が脆弱になったって。…まあ全然関係ないんだけどさ」
「無いのかよ」
暑さのせいで戯言を話しているとコンビニに着く。
康太が買い忘れたと言っていたマシュマロとチョコクッキーを買うらしい。柊弥とアレックスは、無くても大丈夫と言ったがそれを聞かず絶対にいると言って聞かなかった。
(確かマシュマロとチョコを火にかけると少し溶けてすごく美味しくなるって言ってたな。それ聞いてアレックスよだれ垂らしてたし。そんなに美味しいもんかね)
康太が行ってくるとコンビニに小走りで向かう背中を見送るとアレックスが意を決したかのように柊弥に話しかける。
「なぁ、柊弥」
「なんだよ、いきなり」
アレックスがゴクリと喉を鳴らし息を一度吐ききり深呼吸をする。
「つぼみさんと友達になりたい」
「——は?」
「つぼみさんと友達になりたい」
「いや、聞こえなかった訳じゃねーよ」
第一に柊弥は、アレックスがつぼみを知っている事に驚いた。それに柊弥の中では、つぼみの事を初対面でも絡みやすい人間の第一位に置いていたほどだ。そのため一度でも会ったのならそれなりに仲良くなれると思っていた。
「とにかく!俺につぼみさんを紹介してくれるのか、会わせてくれるのかどっちなんだ!」
「それどっちもほぼ同じだろ。ていうかなんでつぼみのこと知ってんだよ」
するとアレックスは誇らしげに指をずびしと柊弥の瞳に向ける。
「大学の中で柊弥と喋ってるのを見かけた。名前もそこで聞いた」
「あー、学科は違うけどおんなじ大学だしな」
柊弥とアレックスと康太のいるロボット工学科の生徒であり、柊弥達の通う椿ヶ丘大学の管理栄養に所属するつぼみには帰りの駅が近くということもありたまに一緒に帰っていた。
ちなみに校舎は高校と併設されており、高校に柊弥の妹である榊 雫が通っている。
「だから、頼むから、紹介してくれよっ」
語尾が力強くなり必死さが伝わってくる。そんなアレックスの懇願を無下にするのは流石に心が痛む柊弥は若干引き気味に受け入れると「よっしゃー!」とガッツポーズをしながら喜ぶアレックスは小躍りでもしそうなほど上機嫌になる。
「なにやら上機嫌じゃないか僕が買いに行っている間になにがあったんだい?」
コンビニから戻ってきた康太が訝しげな視線を送る。その視線は柊弥、アレックスへと行き、最後に柊弥に戻ってくる。
なんで俺を見るんだよ。と言いたくなるがそれを口の中で噛み砕く。
「大したことじゃないよ。アレックスがつぼみを紹介してほしいって懇願されただけ」
すると、みるみるうちに康太の表情がいつもの笑みから変貌する。くわっと開いた目から光線でも出しそうな勢いでアレックスを見つめる。
「何か変なもの食べてないよね?」
「食べてねーよ」
「だって、アレックスが女の子を紹介してだなんて…」
後退りをする康太の手に持つ袋が揺れる。
康太のような反応を恐らくアレックスを良く知る者ならみんな揃って同じ反応をするだろう。それほどアレックスは女っ気がなく一時期はホモなのかと疑われた。しかしそれはアレックスに強く否定をされ疑惑のみが残った。
「それでつぼみさんって早瀬つぼみさんのことかい?」
康太の疑問に首を縦に振り肯定の意を示す。
「つぼみなら話しかけるだけで仲良くなれるって康太も思うだろ?」
当たり前のことのように聞く柊弥だがその答えは予想したものと大きく異なっていた。
「え?そうなのかい?つぼみさんっていつも話してても上の空っていうか常に別のことを考えてるっていうイメージがあるんだけど…」
「え、そうなのか?」
自分とつぼみの会話を思い出してもそんな記憶が無い柊弥は眉を顰める。
「それにしてもホモ疑惑のアレックスを惚れさせるとは、つぼみさん流石だね」
腕を組みうんうんと頷く康太の横で全く同じポーズをとるアレックスの二人を見て流石、親友。と思っていると目の前の大きな橋の真下。眼下に広がる光景に三人は揃って感嘆の声を漏らす。——透き通る川とその真後ろに広がる森——都心には森が一切無くなり緑が比較的珍しくなる現代ではこれほどまで綺麗なものは滅多になく、恐らくこの場所で見えるものも近いうちに無くなるのではないだろうか。
緑を守ろうと謳っていた政治家もその言葉を使わなくなり守る意思さえ見えなくなってしまった。
「よし、じゃあ目一杯楽しむか!」
柊弥の言葉をかわ切りに全員がこの後起こるであろう楽しいバーベキューを期待した表情になる。
しかし、いつもの平和な日々が解れはじめる。
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