夏の日
【現在時刻9:00分】榊 柊弥 宅
カーテンの間からジリジリと照りつける太陽が今が朝であることを告げる。部屋の熱気とセミの忙しない鳴き声によって眠りから覚めた俺は、ソファーからエアコンのリモコンに手を伸ばす。
「あっつ」
寝る前に消しておいた為に現在の部屋の気温が外気温とほぼ同じになっていて着ていたTシャツに汗が滲んでいる。
シャツの胸の辺りを摘みパタパタと風を送り込みため息を吐く、手を伸ばしオンと表示されているスイッチを押すと弾かれたようにピピッ、と音が鳴る。
「9時か、シャワー浴びてくるか…」
まるで重りでも体についているかのようなゆっくりした動きで歩を進めて浴室へと歩き出す。汗に濡れ色の変わったシャツを脱ぎ捨て浴室の扉を開ける。
シャワーを頭から流すと思わず「あぁー」と濡れた声が出てしまい恥ずかしくなり頭をガシガシと掻く。
やっぱり風呂に浸かりたいな、とも思うが今からお風呂を沸かす時間を考えるとそれはバカらしく思えた。
頭から体に手を這わせて汗を流していくと体がヌルヌルしているのに気づき顔を歪め、そのまま10分ほどシャワーを浴びていた。
浴室から出ると何やらキッチンの方から食欲をそそる匂いを感じた。匂いの元を辿るようにキッチンに向かうとツインテールを解いた姿で料理をする雫の姿がそこにあった。卵を割り、さながら職人の様な手捌きでフライパンを使ってふっくらとしたオムレツを皿に盛りつけた。驚愕しながら見ていると雫がこちらに気づくと重い目を擦りあくびをしながら声を発する。
「ふあぁ〜、おはようお兄ちゃん、いい天気だね」
「お、おう、いい天気でもいい天気じゃなくてもどっちでもいいんだけど……何してんの?」
いつもより無口な雫に驚くあまり答えのわかりきっている質問をしてしまった。どうせそんなん見りゃわかる。とか言うんだろうな、と思っていると。まだ頭が寝ているのか眠気で細くなった目でこちらを見ながら「朝ご飯作ってる」と答えた。こいついつもワザと揚げ足取っているな本当にメンタルボロボロになるからやめてくれよ、と心の中で願う。
そしてキッチンにきたときから抱いていた疑問を口にする。
「雫、料理できんのかよ」
「花嫁修業の成果とでも言っておくよ」
「結婚とかまだ考える歳でもないだろ、てか誰に教えてもらったんだよ」
「つぼみお姉ぇちゃん」
その言葉で昨日の雫の言葉を思い出し沈黙が訪れた。
呼吸二つ分の間ほどの時間が俺には、やけに長く感じる時間だった。その沈黙を破ったのは雫だった。
「あぁー、えっと、昨日の事なら忘れてほしいな」
えへへ、と申し訳なさそうに薄茶色の髪の毛をくしくしと弄る。その姿には、昨日の様な大人っぽい感じなどなく、昨日の様子が夢か幻覚かと思うほどいつもの雫だった。
わかった、と返事をして席に着き綺麗に盛り付けられたオムレツを一瞥する。
「あー、今日さ康太が家に来るから」
「はーい、何時から?」
「昼頃って言ったな」
「そっか、わかったよー」
言うべきことを言い。オムレツに手を付ける。
「美味しかったよ、ありがとな雫」
「どういたしまして」
ニコッと笑いながら席を立つ雫は、空になった皿を洗い場に持っていく。
「あ、皿洗いくらい俺がやるよ」
少し考える素ぶりを見てた後に「じゃあお願い」と言って着替えに行く——現在柊弥の暮らしているマンションに雫の自室は、ないため置いてあるカバンから着替えを取り出して雫の寝ていた寝室で着替える。——雫を見送り、洗い場に置かれた皿に手を伸ばす。
・ ・
同日【現在時刻10:15分】不破 康太 宅
自らの指定した時刻にピピピ、と鳴り響く目覚ましの音を聞き、パチっと上を向いたまま目を開ける男—不破 康太の1日が幕をあげる。
ベッドからゆっくりと起き上がり勉強机の上に置いてあるメガネに手を伸ばす。身長の3分の2ほどの大きさの鏡を見て寝癖がついていないことを確認する。
康太の自室は、家の2階にあり1階には姉の部屋がある。両親ともに現在別々の場所——父は、千葉。母は、埼玉。——に単身赴任中で家には二人しかいない。父母共に現在住んでいる名古屋に帰ってくることの方が珍しくなっている有様である。
階段を手すりに指を這わせながら降りて洗面台に向かう。しかし——
「ちょーっと待った康太ぁ!顔を洗う前に私のパソコン直してもらおうか!
そこには、淡い空色のショートボブを左右に揺らし腕組みをしている康太の姉——不破 すみれ——がいた。
「またかよ姉さん、機械音痴の癖にパソコンなんて使うからだよ」
「お願い康太ぁ〜このままじゃ姉さん上司さんに怒られちゃうよー」
両手を合わせて膝をつきながら上目遣いで見てくるすみれを見て康太は、
「わかったやるよ」
大きなため息を吐き洗面台に向かう康太は、すみれを一瞥する。
(これで4回目だぞ。どんだけ機械音痴なんだよ姉さんは、だいたい姉さんは——)
「だいたい姉さんは、綺麗すぎるんだよなぁ〜」
「姉さん、僕の心の声に割り込んでこないで」
「は〜い、ごめんなさーい」
てへっ、と戯ける姉の八重歯が光を反射しより白く見えた。
「で?パソコンどこにあるの?」
顔をタオルで拭きながらやってくる康太に「どうぞどうぞ」と席を譲ると康太は、カタカタとパソコンを動かす。
「だいたい機械音痴なんだからパソコン使う仕事するなよ」
「絶対いやだ!」
即答するすみれを見て唖然とする康太を無視し話を続ける。
「だってあの仕事じゃないと私たち暮らしていけないんだよ?」
切り札をきってきたすみれに言い返すことができなく康太は口籠る。
父母のみからの仕送りだけでは生活が困難になっている現状において働ける人間がすみれしかいなくこれから職を探すとなるとしばらく苦しい生活を強いられることとなることを知っている康太の視線が泳ぐ。
「だったら僕が働けば——」
「あんたは、自分の夢を追いかけなさい。やりたいんでしょ?ロボットのプログラミング」
真剣な面持ちで答えるすみれの瞳には、強い意志が宿っていた。
プログラミングといっても数多く産業の効率化を図る為のロボット、介護用のロボット、そして戦争用のロボット——20年前まではパワードスーツなど人が中に入るタイプだが現在は遠隔操作ができるものが日本では主流になっていて外国諸国で用いるられてのはパワードスーツであるこれは、技術力の高さに起因する。——などがあるがその中でも康太の目指しているのは、産業の効率化を図るロボットのプログラミングである。
「でも姉さんばかりに迷惑をかけてられないよ」
「あんたは気にしなくていいの!」
「わかったよ……はい、直ったよ」
顔をすみれの方に向けてパソコンを閉じて差し出す。
「それじゃあ僕は、着替えてくるから」
席を立ち階段を登ろうと手すりに手をかけると後ろから声がかかる。
「今日どこか行くの?」
「柊弥の家だよ」
すると「あー!」と手を打ち「そういえばBBQの買い出し行くって言ってたよね」と続く。
「現実にバーベキューのこと言葉としてBBQって言う人いるのかよ、普通にバーベキューでいいだろ」
「細かいことは気にしな〜い!さぁ!着替えておいでー!」
「止めたのは姉さんだろ」
ぶつぶつと愚痴を吐く康太の背中を見送るすみれは中断していた仕事をはじめる。
すみれのしている仕事は父母の行なっているロボットのパーツの設計である。下請け会社の中小企業で競争率も激しくいつ倒産になってもおかしくないほど首の皮一枚でなんとか繋がっている現状である。
「行ってきます」と家を出て行く康太を見送りポツリと呟く。
「あんたは夢……諦めちゃダメだよ」
届くはずもない自身の声に苦笑した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!一気に投稿しているので次話も是非読んでみてください!