第六話 『ゴブリン討伐 後編』
穴の中へは【輝く光】が使用出来る俺を先頭にエルザ、エルリックの順で入る。
ゴブリンの住処であろう穴の中に入ると、入口は人一人通れるかどうかだったのだが、通路は思ったよりも広い。
通路はずっと奥まで続いており、【輝く光】でも奥まで見通すことが出来ない。
効果範囲は七メートルといったところか。松明を持たなくてもよく、両手が使えることを考えると、ダンジョン探索では有用な魔法といえるだろう。
三十メートルほど進んだところで、道が左右に分岐しているのを確認すると振り返り、二人に確認する。
「どっちに進めばいいと思う?」
「そうね。どうせ全部調べるんだし、どっちでもいいと思うけど……」
「左に進もう」
どちらでもいいと言うエルザに対して、エルリックは左に進もうと言う。
「左に何かあるのか?」
「左から微かにだが血の匂いがする。ゴブリンの特徴として、個体の強さが他の魔物に比べて弱い代わりに、繁殖力は魔物の中でも群を抜いて凄まじいんだ」
それは誰もが知っていることだ。だからこそここで全て倒しておこうと、確認の為に中に入っているのだから。
「そして厄介なのは……ゴブリンは他種族交配が可能であるということだ。
可能性の一つとして頭の中に入れておいてくれ」
「それって……」
エルリックの言葉にエルザが言葉を詰まらせる。
依頼はゴブリンの討伐だが、行方不明になっている者がいないとも限らない。
こんな森の中で急にゴブリンが現れたのであれば、可能性は充分考えられるだろうし、そうであるならば確かに外に出てこなかった理由も説明がつく。
「よし、兄さんの言葉の通り、その可能性も考慮して左へ進もう」
◇
左の道を選び、更に五十メートルほど進んだ時、突然奥から叫び声が聞こえてきたっ。
「いやああああ! フランツっ!? ひっ! た、助けて……いやっ! 近づかないで!」
「!? 急ぐぞ! 走りながら攻撃出来る準備をしておくんだっ」
叫び声のした方へ駆け寄ると広い空洞に辿り着く。
そこには五匹のゴブリンと、ゴブリンよりも一回りは大きいゴブリンが背を向けて何かを囲んでいる。
どうやらこのホブゴブリンがこの穴の親玉のようだが、今は急がなくてはならない。
俺はゴブリン達を見据えると、瞬時に【英雄領域】を発動させ、ゴブリン達に斬りかかる。
「うおおおおおお!」
ゴブリン達は急に現れた俺に驚き、反応が遅れている。
その隙をついて瞬く間に三匹を仕留めるが、二匹のゴブリンとホブゴブリンは転げるようにその場から逃れる。
ゴブリン達が囲んでいた場所には、冒険者だろうか、頭を潰された男と衣服が破れた女が地面に横たわっていた。
女の方は抵抗したのか、顔に殴られたような跡があるものの、命に別状は無さそうだが、男の方は既に死んでいるようだ……。
俺は瞬間、小さく舌打ちをしてゴブリン達を睨み、ロングソードで牽制する。
遅れてエルザとエルリックが到着するのが見えた。
「エルザと兄さんはゴブリンを頼むっ! 俺はそっちのデカイのをやる!」
「分かったわ!」
「任せろ!」
二人の返事とともに俺はホブゴブリンへとロングソードを向ける。
「ギャギャギャ!」
ホブゴブリンは醜悪な顔を歪め、口からは涎を垂らしている。
棍棒ではなく俺と同じロングソードを右手に持っているが、死んでいる男の腰には鞘しか見当たらないところからすると、どうやらホブゴブリンが奪い取ったようだ。
少しの間お互い睨みあっていたが、痺れを切らしたのか、突如ホブゴブリンがロングソードを振り上げて、こちらに襲い掛かってきた。
振り下ろしを狙い、ホブゴブリンのロングソードを斬り上げ、体勢を崩すことに成功する。
がら空きになった横腹目掛けてロングソードで斬りつけると、横腹から勢いよく緑の鮮血が舞う。
「グギャアアア!?」
ロングソードを放し、地面に転げ回るホブゴブリンの身体を足で抑え付け、止めとばかりに頭にロングソードを突き立てると、ホブゴブリンは二、三度痙攣した後に絶命した。
エルザとエルリックの方を見ると、向こうも片が付いたようで、足下にはゴブリンが倒れている。
「二人とも怪我はないか?」
「問題ないわ」
「俺も大丈夫だ」
二人が軽く手をあげて応えたのを確認し、男と女の方に向き直り近づく。
「うっうっ……フランツ……」
死んでいる男はフランツという冒険者のようで、女が泣きながら名前を呼んでいる。
俺は羽織っていたマントを脱ぎ、破れた衣服を隠すように女に掛けてやると虚ろな目をした顔がこちらに向く。
「すまない。俺達が来るのがもう少し早ければ……」
その言葉に女の目は現実に戻ったかのように色を取り戻し、首を振って答える。
「いいえ、仕方ないわ。こんな場所にゴブリンがいるなんて誰も思わないでしょ?
それにフランツが身を挺して守ってくれたから……」
フランツの身体は、頭以外にも複数の打撲やロングソードで斬り付けられた痕があり、必死で抵抗したことがよく分かる。
殴られた痕を消す為、【生命癒術】を使用すると落ち着いてきたのか、詳しい話を聞くことが出来た。
女の名前はエミリーと言い、フランツと一緒に薬草採取にこの森に訪れた鉄等級冒険者だという。
薬草を採取している最中にこの穴を発見し、気になったフランツがエミリーが止めるのを押し切って入った結果、ゴブリン達に強襲されたのだと言う。
フランツは何とかエミリーを逃がそうと奮戦したが、多勢に無勢ということで防戦一方となり、最終的にロングソードをホブゴブリンに奪われてしまった。
その後はフランツが倒れ、エミリーが衣服を破られて、襲われそうになったところで、俺達が間一髪到着したという訳だ。
穴を発見するのがもう少し遅ければ、エミリーがゴブリン達に蹂躙されていたかもしれないと思うと、間に合って良かったと思う反面、亡くなったフランツの軽率な行動に歯噛みする。
もしエミリーの忠告を聞いて穴の中に入らなければ、彼女はこのような酷い目に遭わなかったし、彼だって死ぬことはなかっただろう。
話を聞いて落ち着かせている間に、エルゼとエルリックがホブゴブリンとゴブリン達の耳を斬り取ってくれた。
「エミリー。フランツの亡骸だけど俺達だけで運ぶのは難しい。
申し訳ないがここに置いて行かざるをえないんだが……」
少し落ち着いてきたエミリーに、フランツの亡骸の処遇について伝える。
「気を使ってくれて有難う。無理を言える立場じゃないって言うのは分かってるから大丈夫よ。
でも、せめて彼の手に嵌めてある指輪は持ち帰りたいの。大事な指輪だから……」
そう言ってフランツの左手薬指から銀の指輪を抜き取り、愛おしそうに胸に引き寄せ抱きしめる。
エミリーの左手にも同じ指輪があることから恋人同士であったようだ。
そして、フランツの亡骸の前に跪き、祈りを捧げる。俺達もその後ろで同じように祈りを捧げた。
「有難う」
こちらに振り返り、気丈にも笑みを浮かべるエミリーに居た堪れない気持ちになるが、起きてしまったことを無かったことには出来ないのだと、気持ちを切り替える。
「いや、いいんだ。それじゃあ、エミリーには悪いんだが、分岐まで戻って通らなかった方の道を確認してから穴を出て、王都に戻ろうと思う。
ゴブリンがもういない事を確認する為に必要なことなんだ。いいかい?」
エミリーがコクりと頷く。
「有難う。エルザ、君が彼女についていてくれ。俺と兄さんとで先行する」
「分かったわ」
◇
分岐まで戻り、通らなかった方の道を進むと少し開けた場所に出るが、臭いが酷い……どうやら排泄場所のようなので、元来た道を戻る。
穴から出ると、時間がかなり経過したのか、差し込んでいた太陽の光は届かなくなっていたが、急いで戻れば何とか陽が暮れる前には戻れそうだ。
◇
ちょうど陽が暮れる間近になって王都に到着した俺達は、ここで大丈夫というエミリーに別れを告げる。
別れ際の「本当に有難う」という言葉に、彼女だけでも助けることが出来て良かったと軽く息を吐く。
エミリーと別れてから冒険者ギルドに向かい中に入ると、夕飯時だからか多少空いているようだ。
俺は最初に冒険者登録をした受付の女性のところへ向かう。
「いらっしゃい。あら? 昨日冒険者登録したばかりの、確かカーマインさんでしたっけ?」
俺のことを覚えているのか? 受付の女性の言葉にほんの少しビックリする。
「よく名前なんて覚えてますね? 冒険者は沢山いるでしょうに」
「あら、貴方みたいに整った綺麗な顔立ちの冒険者なんて滅多に居ないわよ?
覚えてるに決まってるじゃない、ふふ」
「えっ」
思いがけない言葉と笑みに、言葉が詰まる。
「んんっ! カーマイン?」
エルザが咳払いをしてジト目でこちらを睨む。っと、そうだった。
「あー、すみません。南の森のゴブリン討伐依頼を達成したので報告に来ました」
「まぁ! じゃあ見せてもらえるかしら?」
ゴブリン十五匹の耳と、ホブゴブリン一匹の耳の入った袋を渡すと、受付の女性は驚いた表情を見せる。
「南の森にこんなに。しかもホブゴブリンまでいるじゃない!
いくらゴブリンが弱いといっても冒険者登録したばかりなのに、よく達成出来たわね」
「それは、まあパーティーを組んでますから」
「パーティーを組んでるからって鉄等級冒険者が、ゴブリン十五匹とホブゴブリン一匹はそう簡単に倒せないんだけど。
もしかしたら期待の新人現る、かもね…………ふふ」
受付の女性は、そう言って俺を舐めるような視線で見つめる。
その視線は狙った獲物を捉えて離さないようで、ちょっと怖い。
このままだと嫌な予感がする…………というか、既にエルザの視線が非常に痛いので、三人の登録証を出しつつ、無理やり話を進める。
「えーと、それで依頼は達成でいいでしょうか?」
「えぇ。ゴブリンは一匹当たり銅貨十枚に五ポイント、ホブゴブリンは一匹当たり銅貨三十枚に十五ポイントで、銀貨一枚と銅貨八十枚、功績ポイントは九十ポイントになるわ。
今回で百十五ポイントになったから、三人とも銅等級に昇格ね。おめでとう」
お金と登録証を受け取る。登録証の素材は銅に変化していた。
「有難うございます。ちなみに銀等級には何ポイント必要になるんですか?」
「銀等級になるには五百ポイントが必要になるわ。
少し必要ポイントが増えるけど頑張ってね」
冒険者の世界では銀等級になってようやく一人前の冒険者だそうだが、五倍は少しと言えるのだろうか?
苦笑しつつ受付の女性に礼を言って、俺達は冒険者ギルドを後にする。
冒険者ギルドを出ると外は真っ暗だ。周りの店からは灯りが漏れ、良い匂いとともに賑やかな声も聞こえる。
「冒険者になって最初の依頼としては結構ハードだったかな?」
「そうね。でも達成出来て等級も上がったんだから上々ってところじゃないかしら」
「そうだね。んー、でも今日は流石に疲れたな」
エルリックの言葉に俺とエルザは相槌を打つ。
確かに一日中動き回って身体中がヘトヘトになってしまっている。
「俺もだよ。それじゃあ、宿に戻って初依頼達成と等級アップの祝勝会でもして、明日に備えるか」
「「賛成!」」
俺達は疲労とともに達成感を感じつつ、笑いながら宿に向かうのだった。