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第二十九話 『アニエスの提案』

 王都へと戻った俺達は、真っ先に冒険者ギルドに行き、ウルス山であったことをジーナに報告した。


「キマイラがいたのっ!? キマイラはミノタウロスと同じか下手したらそれ以上に厄介な魔物よ? 

 よく無事に……って、ゴメンなさい」


 ジーナは悲痛な表情を浮かべて『疾風』と『炎狼』の面々に謝罪する。


「そんな謝らないで下さい。片腕は無くなっちまいましたけど、こうして命はあるんです。

 それだけで十分ですよ」

「俺達にも気を使わないで下さい。確かにバルドは死んじまったけど、俺達も納得してる。

 バルドの分まで生きてやりますよ」


 左手を挙げてニカっと笑うフリッツと、トール達『炎狼』のメンバー。

 彼らの言葉を聞いてジーナも薄らと笑みを浮かべる。


「そう……じゃあ湿っぽい話はこれでお終いにするわね!

 改めて、よく無事に帰ってきてくれたわね。皆、有難う」


 ジーナが言うと、誰もが笑って頷く。


「俺達だけじゃきっと全滅してた。全部カーマイン達『神へ至る道』がいてくれたおかげでこれだけの人数が帰って来れたんだ」


 代表してジーナに言ったのはイグナシオだった。

 『疾風』や『炎狼』の面々は皆頷いている。

 それを聞いたジーナは俺に熱い視線を送る。


「へぇ。流石はカーマイン君ねっ! ねぇ? 今度私とデートでも――」

「はいはーい! カーマイン! 確かジーナに聞きたいことがあるんじゃなかったかしら?」


 ジーナの言葉を遮るように口を開いたのはエルザだ。

 その視線は恐ろしく鋭い。


「そ、そうだな。えーと、ジーナさん。ここ最近で構わないんですが、ヴェルスタット周辺で失踪している少女は居ませんか?」

「失踪している少女ねぇ……」

「えぇ。大地の女神と同じ名前でアニエスと言うんですが……。

 アニエス、こっちへおいで」

「……ん」


 俺の呼びかけに、アニエスがジーナに見える位置までやって来る。

 アニエスの格好はエルザのマントを羽織ったままの状態で、もちろん下には何も身につけてはいない。

 ジーナがアニエスをじっくり見つめるが、やがて困ったような表情で俺に謝罪してきた。


「ゴメンなさい。少なくともアニエスという名前の少女が失踪したという話は、冒険者ギルドには入ってきていないわ」

「そう、ですか。王都は広いし、もしかしたらと思っていたんですが……」

「本当にゴメンなさいね。その代わり、アニエスという名前の少女で何か情報が入ったらカーマイン君に直ぐ連絡するようにするわね」

「本当ですかっ!? それは有難うございます」


 その後は『緊急任務』中に倒した魔物の報酬を受け取る。

 今回は『緊急任務』ということで、討伐ポイントも報酬金額も二倍に上乗せされた。

 更には全員に討伐ポイントが振り分けられるという大盤振る舞いだ。

 功績ポイントは千二百ポイントも加算され、報酬金額は銀貨五十五枚にもなった。

 報酬金額をどう分けるかというところで、イグナシオとトールから『疾風』と『炎狼』は銀貨十五枚でいいと提案してきたのだ。


「イグナシオさん、トールさん。そういう訳にはいかないですよ。

 この『緊急任務』は三つのパーティーが協力し合ったからこそ、戻って来れたんです。

 それなのに――」

「確かにそうかもしれん。でもな? 最初に言ったがお前が居なかったら、俺達は確実に生きては帰って来れなかったはずだ。

 だからこれは俺達からの少しばかりのお礼ってやつだ」

「そうそう。それにお前らはアニエスの嬢ちゃんの面倒も見てやるつもりなんだろ?

 その金で服でも揃えてやれ」


 イグナシオとトールにそこまで言われては、俺も受け取るしかなかった。

 俺は銀貨二十五枚を受け取り、礼を言う。


「有難うございます。お二人のパーティーはこれからどうされるおつもりですか?」


 俺が尋ねると、まずイグナシオが答える。


「そうだな。うちはフリッツがあの状態だからな……。片手でも戦えるように戦い方を変えるには年齢が年齢だし、三人で冒険するのもなぁ」


 困ったように言うイグナシオに向かって、トールが話を持ちかける。


「それなら俺達『炎狼』とパーティーを一つに纏めるってのはどうだ?

 うちもバルドの空いた穴を直ぐに埋めるのは難しいしな」

「……そうだな。それも有りかもしれん。そうと決まれば今日は飲みながら話すかっ」

「おっ! そりゃいいな!」


 どうやら二つのパーティーはこれからも何とかやっていけるようで、俺はホッと息を吐く。

 


 冒険者ギルドで『疾風』と『炎狼』と別れた俺達『神へ至る道』は、まずアニエスの服装と整えるべく、雑貨屋に向かう。

 アニエスが服装について興味を示さなかったので、エルザに任せることにした。

 エルザは貴族のお嬢様というだけあってセンスが良い。

 銀貨五枚とそこそこの出費になったが、いつまでも裸にマントのままでいるわけにはいかないからな。


 アニエスの服装を整えた後は、宿屋に向かう。

 部屋を二つ取った俺達は、一旦荷物を置いて宿屋の食堂に集まり、席に着く。

 食事を済ませ一息をついたところで、俺は徐ろにアニエスに話しかける。


「アニエス。すまないが俺達が依頼を受けている間は宿屋に居てもらいたい。

 俺達は冒険者で場合によっては魔物と戦うこともある。

 危険も多い場所にアニエスを連れて行くわけにはいかないからな」


 俺が提案するとアニエスがこてん、と小首を傾げた。

 可愛らしい仕草だが、無表情なだけに何を考えているかサッパリ分からない。


「カーマイン。私もついて行く」

「いや、だからな……。危ないんだぞ?」

「……大丈夫。私も戦えるから」

「えっ?」


 アニエスの告白に、俺達は目を丸くする。


「――アニエス。何か記憶が戻ったのか?」


 俺の問いにアニエスは首を横に振る。


「……戻ってない。けど、私が戦える事は分かる」

「分かるって……」

「……お願い。私も連れてって」


 覗き込むように上目遣いで俺を見つめるアニエスの翡翠色の瞳。

 俺は暫し考えた後、エルザ、エルリックに目をやり、一つ頷いてみせると、二人も頷き返した。


「分かった。それじゃあ、明日依頼を受けてみて、アニエスを一緒に連れて行く。

 結果次第で今後も連れて行くかどうかを判断する。

 ――いいな?」

「……分かった。頑張る」


 返事をするアニエスの顔は無表情のままだが、その翡翠色の瞳はやる気に満ちているようだった。


 

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