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第二十六話 『ウルス山にて 前編』

 ――街道を疾走する。

 生暖かい風が俺の顔を撫でた。

 目線を下に向けると大地が矢のように後ろに流れていく。

 街道の所々に石が埋まっているせいか、はたまた自分が思っている以上に速度が出ているのか。

 たまに身体が大きく跳ねるが、その度に(くら)を持つ手と、(あぶみ)に掛けている足の力を強めてしまう。

 後ろには落ちないように俺の腰にギュッと手を回しているエルザがいた。

 隣には俺の馬と並走するエルリックの馬。


 ジーナから『緊急任務』を引き受けた俺達『神へ至る道』は、冒険者ギルドが所有する馬を二頭借りて魔物が現れたというウルス山に向かっている。

 俺達は先遣隊ということで、その日のうちに出発してから既に四日目を迎えていた。


 ウルス山は王都から馬を休ませながら走らせたとして、三日以上かかる場所にある山だ。

 西のアルメリア渓谷がスレイン公国とヴェルスタット王国とを繋ぐ国境沿いであるのに対し、東のウルス山は東国ウェーレストとを繋ぐ国境沿いである。

 ウェーレストに行く為には必ずウルス山を越えなければならない為、両国で人員を割き、数十年という時間を費やして山道を整備した。

 

 あの後に目覚めた冒険者の話によると、山頂付近で陽が傾いてきた為、野宿の準備をしていたところ、突然山林から魔物の襲撃を受けたそうだ。

 護衛任務で同行していた冒険者は全部で十二名いたが、王都に戻って来る事が出来たのは彼一人だけだという。


 経過した日数を考えると冒険者も商人も既にこの世にいない可能性が高い。

 だが、放っておけばそこを通る商人や冒険者がまた魔物に襲われる事になるだろう。

 ウェーレストには王都では手に入らない塩や生活に欠かせない品がある為、山中の安全の確保は死活問題なのだ。


 俺が気を引き締めて視線を前方に向けると、男達の姿があった。

 四人からなる冒険者パーティーが二つ、計八人の冒険者達で、八人全員が銀等級冒険者である。


 一つは全員二十代の四人組で『炎狼』。リーダーであるトールが武器に炎属性の付与が出来る能力を持っているところからつけられたパーティー名だそうだ。


 もう一つは三十代ばかりの四人組で『疾風』。そのパーティー名が示す通り、敏捷に特化したメンバーで構成されている。

 リーダーのイグナシオや他のメンバーが持っている能力も素早さを上昇させたり、回避をしやすくするといったものらしい。


 彼らは俺達以外にジーナが声かけをして応じてくれたメンバーで、以前共にした『氷虎』や『風精霊』のメンバーよりもいい装備を整えていた。


 八人の乗る馬を眺めるとどれも立派な馬だ。

 出発前に彼らと話をした際に、自前の馬だと言っていたのを俺は思い出した。

 毛並みも綺麗だし、体躯も立派なので、それなりの名馬なのだろう。

 俺とエルザが二人乗りということもあり、先行してくれている。



 更に三時間ほど馬を走らせると、眼前に大きな山が近づいてきた。

 先行している馬の一頭が速度を落としてこちらに近づき、俺の乗っている馬の横につく。

 『疾風』のリーダー、イグナシオだ。


「カーマイン。そろそろウルス山に着くぞ」


 俺が了解の意を示して徐々に馬の速度を落としていく。

 山頂へと続くであろう道の入口に到着すると、馬に跨ったまま一箇所に集まると、イグナシオが代表して話し始めた。


「さて、時間が掛かっちまったがここからが本番だ。皆準備はいいな?」


 イグナシオの問いに全員が無言で首を縦に振る。

 それを見て、イグナシオは言葉を続けた。


「よし。それじゃあ隊列だが、まず俺達『疾風』が先行する。

 その後ろに『炎狼』。最後尾に『神へ至る道』が続いてくれ」

「OKだ」

「分かった」


 トールと俺の返事を受け取ったイグナシオは『疾風』の他の三人を伴って歩き出す。

 その後に『炎狼』、『神へ至る道』と続く。

 山道のため馬の進むスピードは平地に比べて三分の一と言ったところだろうか。 

 周囲を警戒しながら山を登り始めて凡そ二時間。

 山の頂が見え始めた辺りで、『疾風』が足を止め、イグナシオが俺達の方へ振り返り声を上げる。


「おい! 来てくれ! 馬車だ! 壊れた馬車があるぞ!」


 俺達も馬車に近づくと、一台は何とか原型を留めているものの、他は車輪が無ければ馬車だとは分からないくらい粉々に破壊されていた。

 車輪の数から考えて三台の馬車で移動していたようだ。

 馬車や地面には(おびただ)しい血痕が残っていたが、かなり時間が経過したせいだろう、その色は赤黒い。


「これは……。ここまで馬車を破壊出来る魔物となると最低でもオーガクラスが数匹は居ると考えるべきか」


 イグナシオが呻くように呟く。

 俺達からすればオーガ数匹なら【咆哮】にさえ注意しておけば、然程脅威となる魔物ではない。

 だが、銀等級冒険者のパーティーでも複数を相手取るのはキツいのだろう、男達の額からは脂汗が流れていた。

 差し出がましいと思いつつ、俺はイグナシオとトールに声をかける。


「すみません。俺達『神へ至る道』は、こう見えてもオーガを複数相手取って討伐した経験があります。

 三体以上出てきた場合、一体ずつは『疾風』と『炎狼』にお任せして、残りは俺達が相手をしましょうか?」

「何だって!?」

「……それは本当なのか?」


 二人は目を白黒させて俺に問いかける。どうやら半信半疑のようだ。


「えぇ。以前『氷虎』のボルグさん達と一緒に行った護衛任務で経験があります。

 その証拠になるかは分かりませんが、俺達は三人ともがミスリルの武器を持っています。

 後は実際に魔物と戦っているところを見ていただくしかありませんが――」


 そう言ってミスリルの剣を抜いて見せた俺を見て、暫し考えるような仕草をする二人だったが、直ぐに俺の方に向き直り一言「任せる」と告げた。

 俺達がミスリルの武器を持っていること、曲がりなりにも銀等級冒険者であることから信用してくれたようだ。

 後はボルグの事も決め手になったらしい。銀等級冒険者の間でボルグはそれなりに名が知られているようだ。

 

「よし。それじゃあオーガが三体以上出てきたらカーマインの提案通りでいくことにする。

 皆もいいな?」


 イグナシオの言葉に全員が確認し合うように頷いた。

 周囲を見回したところ、空間(スペース)は広いので戦闘時に動きが制限されるということはなさそうだし、これならパーティーの連携も機能しやすい。

 魔物が多数いた場合は包囲される危険もあるにはあるが、場所にゆとりがある分、退路を絶たれるといった事態にはなりにくいだろう。


 但し、気になる点もあった。

 それは馬車の一部に焼け焦げていた箇所があったのだ。

 オーガが火を使った攻撃をしてくるなど聞いたことがない。

 俺の考えが杞憂であればいいのだが。


 周囲の警戒を続けて数分。

 それまでその場で動いていた俺達を含めたパーティーの足が、ほぼ同時に止まった。

 ダダンっダダンっ、という何かが駆けてくる足音が聞こえてくる。

 前方の木々で出来た薄闇から聞こえてくるその音に、俺達は武器を構え臨戦態勢を作った。


「来るぞっ!」


 三十メートルほど先の木々から完全に現れ、魔物の姿があらわになる。その数は二つ。

 黒々とした体皮はゴツゴツしており、その中でも双眸は真っ赤に輝きを放っていた。

 頭からは鋭く尖った一本のドス黒い角が生えており、魔物の不気味さに一役買っている。

 左右にいるイグナシオとトールが、現れた魔物を驚愕に包まれたような表情で見ていた。 


「嘘……だろ?」

「こいつは……『フレイムハウンド』だ!」


 姿を現した『フレイムハウンド』は犬型の四足獣の魔物だが、その体躯は犬よりも逞しく、大きさは二メートル近くにもなる。

 身体能力が高く素早いので注意が必要だが、真に厄介なのは口から放たれる火炎放射による遠距離攻撃だ。

 その炎は鋼鉄さえ容易く溶かし、まともに喰らえば灰しか残らないと言われている。 

 凶暴な顔付きを歪ませながら、二頭の魔物は唸り声を上げて威嚇してきた。

 イグナシオがトールに話しかける。


「なぁ? この距離はヤバくないか?」

「あぁ。火炎放射をされる前に一気に叩いた方がいい」

「だな。カーマイン達は他に敵が来るかもしれんから周囲の警戒を続けてくれ。

 ――あいつらは『疾風』と『炎狼』で()る」


 言い終わるとそれが戦闘開始の合図であったかのように、『疾風』と『炎狼』の面々が武器を構えて駆け出した。

 

「オオオオオオオオォンッ!」


 山中に木霊する遠吠えを放ったフレイムハウンド達も、凄まじい勢いで突っ込んでくる。

 三十メートルほどあった間合いは、あっという間に零になった。


「ウオオオオオオオオオオオオンッ!」


 イグナシオに向かって飛びかかる一体のフレイムハウンド。

 二メートル近くもある巨体にもかかわらず、空中を素早く貫き、頭の角で突き殺そうとしてくる。

 『疾風』の三人が両者の間に入り、一人が銀の盾をフレイムハウンドの頭目掛けてかかげた。

 ゴツンっ、と鈍い音を立てると、フレイムハウンドは勢いを失って宙を泳ぐ。

 盾を持っていた男はその衝撃で後方に弾き飛ばされてしまったが、二人が動きの止まったフレイムハウンドの前足を剣で素早く斬りつける。

 そしてその瞬間を狙っていたように、無防備な状態となったフレイムハウンドへ、イグナシオが容赦ない斬撃をお見舞いした。


「ァギャッ!?」


 真一文字に斬りつけた剣が、フレイムハウンドの頭を首から見事に断ち切る。

 ポーンと飛んだフレイムハウンドの頭は地面に転がり、残った胴体は首から赤黒い血液を噴出させながら、地面に落下した。


「ウゥゥゥゥッ!」


 残っているフレイムハウンドは『炎狼』から距離を残した場所で姿勢を低くする。

 その姿勢が火炎放射の為のものなのか、牙を剥いた口からは火の粉が溢れ出していた。


「――させるかよっ!」

「アギャッ!?」


 今にもトール達目掛けて放射される寸前のところで、フレイムハウンドの身体にダガーが突き刺さる。

 トールの投擲したものだ。銀で出来た短剣は、フレイムハウンドの硬い体皮を貫き、動きを止めることに成功した。

 残った三人が一斉にフレイムハウンドまでの距離を詰め、各々の武器で魔物の身体を突き刺す。

 身体中を真っ赤に染め上げたフレイムハウンドは為すすべもなく、呻き声をあげてその場に崩れ落ちた。

 

 周囲を警戒しつつ、二組のパーティーの戦いを眺めていた俺達は感嘆の声を漏らす。


「強いな……流石に銀等級冒険者ばかりで構成されたパーティーってところか」


 イグナシオとトールがメンバーを引き連れて俺達の方へやって来る。

 イグナシオが代表して喋りだす。


「おうっ。他に魔物は来てないようだな」

「ええ。それにしても『疾風』も『炎狼』も見事な連携でしたね。

 思わず見とれてしまいましたよ」

「ハハッ! 照れるじゃねーか。一応これでも十年近く組んできたメンバーだからな。

 ――まあ、阿吽の呼吸ってやつだよ」


 イグナシオが照れくさそうな顔して自分の頭をガシガシと掻いている。

 それを見て、俺を含めた全員が笑う。

 一旦戦闘を終えたせいか、場の空気が弛緩していた。



 ――どうやらそれがいけなかったようだ。 

 ほんの一瞬の気の緩みで、俺達は致命的な距離まで魔物(ヤツ)が接近していたことに、気付けなかった。


 グシャリ、と。


「――――――」


 直ぐ傍で何かを踏みしめる音がした。

 ばっと横を振り向いた先。

 俺が驚愕とともに見開いた瞳の向こう側。

 ついさっきまで一緒に笑っていたはずの『炎狼』のメンバーの男。

 そこに居たはずの彼は地面に踏みつけられ、原形が人であったとようやく分かる程度の、物言わぬ骸と化していた。

 辺りが一面真っ赤に染まる。


「はっ?」

「……えっ!?」


 皆一斉に真っ赤に染まった方へ目を向ける。

 俺を含めた残りのメンバー全員がぶるりと身を震わせ、顔色を失い、額を脂汗でべっとりと濡らしていた。

 地面が鮮血で真っ赤に染まったからではない。

 男が死んでしまったからでもない。

 皆が身の危険を感じ、驚愕の視線を向けているもの、それは――。



 ――異形の魔物(モンスター)『キマイラ』だった。


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