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第二十五話 『緊急任務発生』

 女神アニエス様の気配を感じない件については、村に戻ってから妖精達で話し合いが為された。

 しかし、今の時点では判断がつかないということで、妖精達が毎日大地の神殿に行って様子を見ることで落ち着いた。

 今この村に住んでいる妖精達の中で一番の長命者でも三百歳ほどで、それより昔の大地の神殿がどうだったか知っている者がおらず、書物も残されていない為、分からない点が多すぎるからだ。

 

 気になる事ではあったものの、無事に森の結界も張り直せたので、この件に関しては妖精達に任せて俺達は王都に戻る事にした。


「ファラ、今までありがとうな。短い間だったけど楽しかったよ」

「ううんっ、私も楽しかったよ! 皆を助けてくれてありがとねっ」

「私も私も~」


 そう言うや否やファラが俺に近づいて頬にキスをする。

 ファラに釣られてリルも反対側の俺の頬に近づいてキスをしてきた。

 余りの一瞬の出来事にエルザが呆気に取られながら見ていたが、ファラが何をしたのか理解したとき、エルザは叫び声をあげる。


「あっー!? だから何でアンタ達はキスするのよっ」

「え? 分からない?」

「どうせまた、今決めたルールとかって言うんでしょっ!」

「違うよ~。答えは簡単。私達がカーマインの事を好きだからだよっ」

「ね~?」

「っっ~~~~!?」


 ファラとリルが向かい合って笑う姿に、エルザが何とも形容しがたい言葉を発し、口をパクパクさせていた。

 どうやら悪戯は成功したようだ。但し、ただの悪戯だけでもないような雰囲気ではあるが。

 その後は他の妖精達とも一通り挨拶を済ませ、森を出ようとしたところで、リルに待ったをかけられる。


「? どうしたんだ、リル?」

「えへへ、あのね。私もついて行ってもいいかな?」

「それは構わないが……妖精にとって人間の世界にずっといるのは危険なんじゃないのか?」

「うーん、確かにそれはそうなんだけどね。

 私はカーマインについて行かないといけないような気がするの!」

「何だそりゃ? アニエス様の啓示みたいなものか?」

「今は何の気配も感じないけどねっ。でも、今ついて行かないと、きっと後悔すると思うんだっ。

 ……ダメ、かな?」


 覗き込むように俺を見るリル。

 どのような返事が返ってくるのか不安なのか、可愛らしい唇を噛み締めていた。

 そんな表情を見せられれば否と言えるはずもない。

 俺は軽く息を吐く。


「ハァ、仕方ないな。その代わり、戦闘時は特に危険だから離れてるんだぞ?」

「――ウンっ! ありがとうっ、カーマイン」


 俺の言葉に元気よく返事をするリルの表情は、ニコニコした満面の笑みに変わっていた。



 王都に戻った俺達が最初に向かったのは冒険者ギルドだ。

 中に入るとがやがやと、冒険者ギルドは喧騒に包まれていた。

 王都は冒険者たちの出入りが激しい。

 冒険から戻ってきて、見目麗しい受付嬢に戦果を自慢げに報告する者。

 掲示板から自分に合った依頼を見つけようとする者。

 同じ冒険者同士で情報収集を行う者など、様々だ。

 俺はというと、ジーナに妖精の件が無事に片付いた事を報告しておこうと思い、受付の方へと目を向ける――。


「お帰りなさい、ちょうど私のところが空いてて良かったわね」

「何か作為的なものを感じるんですが……」

「やあねぇ、そんな訳ないじゃない。オホホ」


 ジーナは、明らかに作り笑いと分かる笑みを浮かべながら答えた。

 王都に来てからというもの、ジーナにしか受付で対応してもらってないような気がする。

 俺はジーナに妖精達を無事に発見、救出したことを報告し、その際に討伐した魔物の部位を提出した。


「それは良かったわね。これでも心配してたのよ? 

 冒険者の中には出て行ったきり戻って来ない人もいるから……。

 こうしてカーマイン君達が無事に戻ってきてくれて私も嬉しいわ」


 酷く不安げな表情で俺達を見ていたジーナだったが、それも一瞬のことで直ぐに目尻は柔らかいものに変わり、桜色の唇が緩み、顔一杯に笑みを広げる。

 登録さえしてしまえば簡単に冒険者になることが出来る為、一攫千金を夢見て冒険者になる者は後を絶たないが、冒険者の仕事だけで不自由なく生活出来る者は少ない。

 故に、冒険者を諦める者、冒険の途中で亡くなってしまう者も多いのだ。


「有難うございます。この通り皆ピンピンしてますよ。

 今日は報告だけですが、また明日にでも寄らせてもらいますから」

「ウフフ、分かったわ。待ってるから必ず来てね」


 ジーナはそう言って今回の討伐報酬と功績ポイントを加算してくれる。

 懐はかなり暖かくなったが、金等級にはまだまだ遠い。

 どんどん依頼をこなしていく必要があるだろう。


 冒険者ギルドを出た後は、いつも利用している宿屋に向かう。

 部屋が空いている事を確認し、宿を取り少し早めの夕食をいただく。

 その後は、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすことが出来たのだが、馬車での移動が続いていたせいか、それともこのところの出来事に気を入れすぎていたせいか、ベッドに入ると俺は直ぐに意識が暗闇へと吸い込まれていった。


 ――翌朝。

 心地よい目覚めとともに起き上がった俺は、いつも通り顔を洗い一階に降りる。

 既に居た三人に挨拶をして朝食を取り、身支度を整えてから喧騒に溢れた外へ赴く。 


 向かった先は冒険者ギルド――ではなく、『ヴィシャス』だ。

 トウカ作のミスリルの剣を購入してから多くの魔物を屠ってきた。

 ミスリル製ということもあり、刃こぼれ一つ無い状態ではあるのだが、定期的なメンテナンスというものはどうしても必要になる。

 防具の手入れもしておきたかったので立ち寄ったというわけだ。

 店に入るとトウカの元気のいい声が店内に響き渡る。


「まいど! 信用第一! 武器と防具の店『ヴィシャス』においでやすー!

 って、カーマインはんやないですかっ!」


 トウカのラピスラズリのような瞳は輝きを増し、喜色満面の笑みでこちらに寄って来た。

 例によってトウカの双丘は平常運転をしており、周囲の客の視線を捉えて離さない。

 初めて来たリルはトウカの胸を見て「おっきいね~」と言っているが、当のトウカ本人は何を言われているのか気づいていない様子で首を傾げている。

 隣りからエルザの歯ぎしりする音が聞こえている気がするがきっと気のせいだろう、そう思うことにした。


「どうも、トウカさん。

 今日は購入した剣のメンテナンスを頼みたくて来たんだけど……見てもらえるかな?」

「うちの店はそのへんはキッチリ対応させてもらっておりますよって気にせんといて下さい。

 それに……カーマインはんの頼みやったらイヤな訳あらしまへんわ!

 最優先で対応させてもらいます!」

「そ、そうか……有難う」


 勢いあるトウカの返答に目を白黒させながら俺は答える。

 トウカに武器と防具を渡す。エルザの武器もお願いしたら快く引き受けてくれた。

 専用待合室があるようで、その中の一室へ案内してくれる。


「ほな、ここで一時間ほど待っとって下さい。

 メンテが終わったら呼びに来ますよって」

「分かったよ。すまないけど、宜しく頼むよ」

「任して下さい! 買うてもろた時と変わらんくらいピカピカにしてみせますわっ!」


 トウカは顔を輝かせながら右腕を曲げてグッと力を入れて見せた。

 力こぶを作ろうとしたのだろうが、トウカの柔らかそうな右腕には何の変化もない。

 余程興奮しているのだろう、頬を赤くさせながらトウカは奥にある専用の鍛冶場へ入っていった。

 


「お待たせしました! 

 武器も防具もウチが今持てる総てを出し切ってメンテさせてもらいました!」


 きっちり一時間で戻ってきたトウカはどこかやりきった顔をしており、その瞳から感じる熱気は凄まじい。

 手渡されたミスリルの剣は、確かに購入した際の状態と見分けがつかない程、光り輝いていた。

 防具二種も同様である。素晴らしい腕前だ。

 エルリックに目をやると、感心したように何度も頷いている。

 見事な出来に思わず相好を崩した俺は、トウカに向き直り礼を述べた。


「――素晴らしい出来だっ。トウカさん、有難う」

「イヤイヤイヤ! これがウチの仕事ですさかいに礼なんて言わんで下さい。

 これくらいで礼なんて言われてもうたら、逆に照れてしまいますわ……」


 これでもかと言わんばかりに手を振りながら、真っ赤な顔をするトウカ。

 眼鏡の奥の瞳が微かに潤んでおり、その表情は扇情的でさえあった。

 そこへ割って入るようにしてエルザがトウカに声をかける。

 

「んんっ! 私の武器や防具も完璧に仕上げてくれたみたいね。

 どうも有難う、トウカさん」

「いや~、殆どなんもしとらんのと変わらんのんですけどね……。

 エルザはんの剣を鞘から抜いて見たときはビックリしましたわ。

 正直メンテなんていらんのとちゃうか思うくらい、刀身が綺麗やったんで。

 さぞかし名のある鍛冶師のモノちゃいます?」

「えぇ。オルフェウス・ナタリーって人が作ったものなんだけど聞いたことあるかしら?」

「!? 鍛治三名工として名高いあの(・・)オルフェウスの作でっか?

 いやぁ、そらエエもんに触らせてもらいましたわ!!」

「そ、そう?」


 オルフェウス・ナタリーとは、この世界で三名工と呼ばれる程に名の知られた女性鍛冶師だ。

 彼女が作った装備はどれも素晴らしく、また性能も凄まじいものばかりである。

 既にこの世にはいない為、オルフェウスが作った装備は非常に高値で取引されているそうだが、現存している数自体が少ないせいか市場に滅多に出回ることはない。


 そんな伝説とも言える武器を持っているエルザにトウカは羨望の眼差しを向けている。

 当のエルザはトウカの勢いに引きつつ、苦笑いを浮かべるのみだった。

 俺達はメンテナンスの代金を支払いヴィシャスを出ようとすると、トウカが後ろから声をかけてくる。


「せや! カーマインはん。『稀少金属(レアメタル)』って聞いたことありまっか?」

「『稀少金属』? 確か『アダマンタイト』みたいな鉱石のことかな?」

「そうです。他にもウェーレストでのみ採れる『ヒヒイロカネ』っちゅうのもあったりするんですけど、それはおいとくとして。

 実はこないだなんですけど、ウチの熟練度が上がりましてん」

「へぇ! それは良かったじゃないか! おめでとう」

「えへへ、おおきに! それで能力の効果も上がったようなんですわ。

 今まではミスリルみたいな『魔法金属』までは扱えてたんですけど、『稀少金属』は加工が出来ひんかったんです。

 それが今回の熟練度アップで、扱えるようになったみたいで」

「凄いじゃないかっ」


 『稀少金属』で作られた装備は通常のものとは異なり、色々な特殊効果がつく事が多いが、加工出来る鍛冶師の数は非常に少ない。

 本人の努力もあるだろうが、加工が出来るようになったというトウカの才能は素晴らしいの一言に尽きるだろう。

 詳しい話を聞くと、『稀少金属』を使った装備を作ってみたいのだが、その稀少性ゆえに店には在庫が無い。

 もし任務の途中などで『稀少金属』を発見するようなことがあれば、格安で作るので持ってきて欲しいという内容だった。


「それくらいならお安い御用さ。但し、『稀少金属』だから、そう簡単に手に入りはしないとは思うけど……」

「そらもう承知の上ですわ。もしも、で構いませんよって」

「分かった。それじゃあ、また来るよ」

「おおきに! またのお越しをお待ちしてます!」



 『ヴィシャス』を後にした俺達は、冒険者ギルドに足を運ぶ。

 金等級冒険者になる為、ひいては『軍団』を立ち上げる為に、掲示板に近づいてめぼしいものはないかと三人で探す。

 すると突然入口の方からどよめきが起きる。

 入口の方へ目を向けると、そこには身体中キズだらけの冒険者が一人、倒れこむようにして入ってきた。

 よく見ると左手が欠損しており、布のようなもので覆っているようだが、今も流血している。

 一番近くに居たジーナが、冒険者の元へ近づいて声をかける。


「っっ!? ど、どうしたの一体!? いえ、それよりも手当を――」

「……い、いんだ。それ、よ、りも。急いで……ウルス、山に討伐隊を、派遣……し、てくれ」

「ウルス山に? そこで何があったの!?」

「ウェーレス、トに向かう商人の、護衛……任務で、冒険者、五人で、ウルス山、に向かっていた……。

 そこ、で魔……物に襲われた。他の……奴等、が助けを、って……ぐぅ!?」


 余りの痛みからか冒険者は気を失ってしまったようだ。

 傷の状態からいって放っておくと命の危険も考えられる。


「ちょっと!? 大丈夫? しっかりしなさい!?」

「――ジーナさん、どいて下さい」

「っっ!? カーマイン君? 一体何を……」


 俺は近づくとジーナに場所を替わってもらい、負傷した冒険者に【生命癒術】をかける。

 みるみる内に身体中のキズが癒えていく。

 やはり欠損はどうにもならないようで、左手は欠けたままだが、止血は出来たようだ。

 苦悶の表情を浮かべていた冒険者は、安らかな寝顔へと変わっていた。 


「これは――!? カーマイン君、回復魔法が使えたの?」

「えぇ、あまり自分の能力の事はおおっぴらにしたくはないんですが、人の命がかかっていましたから。

 ……おせっかいでしたか?」


 俺が眉を下げて笑うと、ジーナは目を見開いて、一瞬顔を伏せる。


「ううん。このギルドにも回復魔法を使える職員はいるけど、ここまで効果のあるものは使えないもの。

 おかげで助かったわ。……有難う」


 最後の言葉を小さく呟きながら、ジーナは柔らかい笑みを浮かべてぺこりとお辞儀をした。

 顔を上げたジーナの表情は真剣なものに変わり、何かを決意したようにも見える。


「カーマイン君、私から貴方達『神へ至る道』に『緊急任務(ミッション)』を依頼します」

「『緊急任務』……ですか?」

「えぇ。今回のような突発的に発生した緊急に対応しないといけない案件に対して、ギルドの正式許可が出る前に、発行する任務のことよ。

 もちろん、貴方達だけじゃなくて他にも何人かの冒険者にも声をかけるけど……引き受けてくれるかしら?」


 普段からは想像もつかない程に不安げな様子を滲ませながら、覗き込むようにして俺に懇願してくるジーナに俺は再度眉を下げて笑う。

 後ろを振り返ると、エルザとエルリックは当然受けるんだろうな、といった顔で苦笑しつつ頷く。

 リルも気合の入った表情で頷いてくれる。

 背中を押してくれる三人に俺もまた頷いた。

 そしてまたジーナへと顔を向ける。


「分かりました。俺達『神へ至る道』は『緊急任務』を引き受けます」


 

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