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第二十一話 『再会』

 暁の空から曙光が差し、星々のまどろみを消し去っていく。

 薄らと照らし出されていくダーニックの外壁部。

 遥か遠くにある山の稜線が日の光に燃える頃。

 俺達を乗せた馬車は門を潜り抜け、廃墟となった町へと向かっていた。


 馬車はノルダール伯爵家が所有しているものを借りている。

 造り自体は大して華美なものではないのだが、所々に銀があしらってあり、上品な印象を与える。

 馬もかなり上等なものを用意してくれたようで、進む速度は王都から乗ってきた馬車とは比べるべくもない。

 御者はミルノが務めており、その手綱捌きは全く淀みがなく正確だ。

 何でもこなせる万能執事といったところか。


 畑が広がっていた風景も徐々に姿を変えていく。

 辺り一面広がる草原の中に真っ直ぐ敷かれた、一本の舗装された道。

 のどかな風景ではあるのだが、少し気になることがあったので、小窓越しにミルノに話しかける。


「ミルノさん、今向かっている廃墟の町の先に人が住んでいるような場所はないんですか?」

「その様な場所はございません。ですのでヴェルスタット王国の最南端の都市は、ダーニックということになります。

 それがどうかされましたか?」

「いえ、廃墟の町しかない割に、やけに道が綺麗だなと思いまして」


 そうなのだ。南に何もないのであれば使われなくなった道など直ぐに荒れてしまう。

 にもかかわらず、この道は荒れておらず綺麗な状態が維持されている。

 他に何かあるのだろうか?


「ご尤もな疑問です。実は廃墟となった町の更に南には地下迷宮(ダンジョン)があるのです」

「地下迷宮……ですか?」

「えぇ。地下五階程度の大して深くもない地下迷宮なのですが、地下五階では銀が採れまして。

 ノルダール伯爵領の貴重な財政源となっているのです」

「あぁ、それで」


 ミルノの言葉に俺は得心する。

 確かにノルダール伯爵家の屋敷の中には銀細工のものが多かった。

 この馬車にも銀をあしらっているくらいなのだから、採れる量も多いのだろう。

 銀は貴重な資源だし、それが採れるのであれば道が舗装されているというのも納得がいく。


 俺がミルノの答えに頷いていると、また少しずつ周りの風景が変わっていった。

 陰鬱な家々の残骸がポツポツと見え始めたのだ。

 すると、馬車がゆっくりと足取りを遅くし、やがて停止する。

 ミルノが御者台から降りて、扉を開ける。


「そろそろ到着致します。

 念のため馬車はこの場に停めて、ここからは歩いて参りましょう」


 ミルノの言葉に俺達は頷き、馬車を降りる。

 俺達はミルノの後に続いて、町の入口だったであろう、朽ちた門をくぐり抜けた。

 昼間でも寂寥感を覚えるような、荒れ果て、草木が生い茂る、朽ち果てた町の跡。

 明るくなった今でこのような状態であれば、夜にもなれば屍者(グール)でも出てきそうな雰囲気があった。


「――むっ。皆様、お待ち下さい」


 急にミルノが立ち止まり、頭を低くしながら俺達に注意を促す。

 俺達もそれに倣う。


「ミルノ、どうしたの? 何か見つけでもしたの?」

「はい、エルザ様。あの廃屋の壁の向こうをご覧下さい」


 そう言ってミルノは鋭い視線を変えることなく、ある一点を指差した。

 指差す方に目を向けると、オーガの姿が確認できる。

 視認できる限りでは三体。

 何かを守っているようにも見える。

 まだこちらには気づいていないようだが、戦闘になると厄介な相手だ。

 すると、ミルノが音も立てずに立ち上がり、肩越しに振り返る。


「皆様。片付けてまいりますので、ここで少々お待ち下さいませ」

「「えっ?」」

「分かったわ。お願いね、ミルノ」


 驚く俺とエルリックとは反対に、当然のように頷くエルザ。

 ガレフは手練と言っていたが、オーガ三体をまとめて相手にするというのは、中々骨が折れるはずだ。


「お、おい、エルザ。彼女一人に任せて大丈夫なのか?

 せっかく俺達もいるんだから、ここは一緒に戦ったほうがいいんじゃ?」

「大丈夫よ、ミルノは凄いんだから!

 カーマインの【英雄領域】も確かに凄いけど、ミルノの能力も負けてないわよ」


 エルザは誇らしげにミルノの自慢をしている。

 そう言っている間にもミルノは少しずつオーガの下へと近づいていく。

 ――オーガがミルノに気づくかどうかといったところで、ミルノがオーガに向かって何かを投げるような仕草をする。


「「「ッッ!?」」」


 三体のオーガは、何故か身動き一つ取れずにその場に立ち尽くしていた。

 必死に叫ぼうと口を大きく開けてもがいているのだが、声すら出せないようだ。

 ミルノは平然とオーガの正面に立ち、腰に下げていた細身の長剣を抜く。

 オーガの目には何が起きているのか、訳が分からないといった驚愕の表情を浮かべていたが、長剣を目にし、顔色を変える。

 必死の形相でもがき続けていたのだが――。

 一突き、二突き、そして三突き。

 立ち尽くすオーガの心臓目掛けて、淡々と作業のように長剣を突き刺し、――オーガは苦悶の表情とともに絶命した。

 

 ミルノの傍へ近づくと、エルザが彼女を手放しで褒め称える。

 

「流石ミルノねっ! 見事だったわ」

「恐れ入ります」

「……一体何があったんだ? あれがエルザの言っていた能力……なのか?」


 俺が先ほど目にした疑問を口にすると、ミルノが答えてくれた。


「左様でございます。私の能力は【静寂する捕縛サイレント・キャプチャー】。

 捕捉した対象者の身体の自由を奪う能力でございます。

 もちろん声も含まれますので、相手は能力を使うことも出来ません。

 一度に捕捉出来る数は五体まで、有効範囲は十五メートル。

 但し、当然のことながら自分よりも強い相手には効き目はございません」

「それは……凄まじいな」

「恐れ入ります」


 淡々と述べ、礼儀正しく会釈するミルノだが……かなり極悪な能力だぞ、これは。

 自分より弱い者限定とはいえ、突然何も出来なくなるというのは相手からすれば、恐怖以外の何者でもないだろう。

 正統派の剣士という訳でもないということか。


「皆様。どうやらオーガ達はこれを守っていたようです」


 ミルノが示す先には、廃屋に隠れて見えなかったが、地下へと続く扉があった。

 廃墟となった町には似つかわしくない、しっかりとした頑丈そうな扉。

 扉の周囲はつるりと光沢がある外壁で覆われており、見る限り傷一つない。

 この扉の向こうに運び込まれた何かがあるとすると――。

 自然と手に力が入る。

 

「皆準備はいいか?」

「ええ、問題ないわ」

「大丈夫だ」

「問題ございません」


 俺の確認に全員が問題ないと頷く。

 ファラも心なしか、緊張した表情が張り付いている。

 仲間がここにいるかもしれないと思っているのだろう。


「よし。じゃあ行くぞ」


 俺が扉に手をかけると、鍵はかかっていないようだ。

 音を立てて扉が開く。

 ゆっくりと扉を開けると、奥は暗闇が続いていた。

 俺は【輝く光】を使用して、地下へ続く階段を降りていく。


 十メートルほど降りたところで平坦な通路が現れる。

 俺達は全員、武器を手に取り少しずつ前へと進む。

 通路を進むと新たに扉が見えた。

 中では何かを行っているのか、カチャカチャと音が聞こえる。


「――いいか? 開けるぞ」


 後ろを振り返り、皆に合図をし、ゆっくりと扉を開けていく。

 扉の向こう側にいたのは――妖精の村に居た黒づくめだ。

 あの時と同様に全く同じ格好をしている。

 背を向けて何か作業をしていたのだが、扉が開いたことに気づいたのか振り返り、俺たちと目が合う。


「オヤオヤ、誰かと思えば君か。また会えるとは嬉しいねぇ。

 だけどよくここが分かったねぇ? 誰も住んでいない場所だから、研究にはうってつけの場所なんだがねぇ」

「バレたくないんだったら、魔物なんて放っておくんじゃなかったな。

 それよりも……リルは、妖精達は無事なんだろうな? 

 もし無事じゃないと言うのであれば――!」

 

 暢気な声で俺に話しかける黒づくめに苛立ちを感じ、俺の表情は一気にキツくなる。


「フフ、そんな怖い顔をしないで欲しいねぇ。

 あの時の妖精達かい? もちろん無事さ。

 ボクはこれでも博愛主義者なんでねぇ。そう簡単に殺しなんてする気はないねぇ。

 それに、折角の貴重な研究材料(サンプル)だったからねぇ。

 ……勿体無いじゃないか」


 笑いを含んだ声は親しげであったが、そこに含まれている感情は真逆をいくものだった。

 とてもではないが、人に向ける感情ではない。


「……だった、といったな。ということは既に魔力を抽出し終えたってことか?」

「ウンウン、察しのいい子は好きだねぇ。

 その通り。おかげで必要な魔力の抽出は終わってるんだねぇ。

 今はこの奥の部屋で眠っているよ。

 魔力の枯渇状態で動けないと言った方がいいかもしれないけどねぇ」

「だったら! もう妖精達に用はないだろう?

 返してもらうぞ!」


 身構えながら言う俺に、黒づくめは考え事をするかのように胸の前で腕を組むが、暫くすると頭を振って顔を俺達に向ける。 


「そうだねぇ。魔力は充分得られたし、用事がないと言えば確かにもうないんだけどねぇ」

「何だ?」


 俺は警戒の度合いを更に引き上げて、目の前の黒づくめを睨む。

 後ろにいるメンバーも同様だ。空気が徐々に張り詰めたものに変わっていくのが分かる。

 

「何、簡単なことだねぇ。

 あの時は遊んであげることが出来なかったからねぇ。

 ――今度は少し遊んであげようと思ってねぇ」


 談笑するかのように、とても気楽に。

 一切の邪気も含ませずに言った黒づくめの言葉と同時に、黒づくめから感じられる威圧感が一気に膨れ上がった。


「じゃあ――行くよ?」


 黒づくめがそう言った直後、黒づくめは目の前から掻き消えたかと錯覚する程の速さで、俺達目掛けて襲いかかってきた。

 


 

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