第十八話 『エルザの提案』
――眩い光が深い眠りから意識を引き上げていく。
顔を照らす朝日を感じながら、ゆっくりと瞼を開ける。
ゆっくりと身体を起こすと、【限界突破】の反動がまだ残っているようで、身体中のあちこちから悲鳴が上がった。
「ッッ――」
「大丈夫かい?」
ぼんやりとした視界の先にいたのは、先に起きていたエルリックだった。
視界ははっきりとはしていなかったが、エルリックの瞳には本当の兄弟に向けられるような、確かな慈しみがあった。
「――兄さん。おはよう。
大丈夫、とは言えないけど能力の方は……うん、使えそうだ」
俺は自分自身に【生命癒術】をかけて、ベッドから立ち上がる。
身体の異常はすっかり元通りになっていた。
「ほら、この通り。もう大丈夫だよ。
さぁ、着替えて朝食を食べよう」
「ん。そうだね。エルザももう起きてる頃だろうし。
じゃあ、行こうか」
俺達は寝衣から着替えて部屋の扉を開ける。
それなりに早い時間ではあるのだが、あちこちで声が聞こえていた。
この宿屋を利用する客に冒険者が多いからだろう。
何と言っても冒険者の朝は早い。
二階から一階へと降りる。
「おはよう」
食堂に入ると、既にエルザとファラは揃っていた。
「おはよう」
「おっはようっ」
食堂の厨房からは香ばしい匂いが漂ってくる。
――この匂いは豚肉を使用したベーコンだろうか。
きっとカリカリして美味しいのだろう、と俺は食べる前から既視感を覚えていた。
エルザのいるテーブルへ座る。
「さて、じゃあまずは食べようか」
「「「いただきます」」」
◇
「皆、今日この後の予定だけど」
食事を終え、一息ついたところで、俺は皆に話しかける。
「冒険者ギルドに行く前に、神殿に行こうと思う」
「神殿に?」
「あぁ。冒険者になってからまだ一度も熟練度の更新に行ってなかったからな。
もしかしたら熟練度が上がっているかもしれないだろ?」
「そうだね。一度行ってみるのは賛成だ」
「確かにそうね。私達はともかくカーマインはきっと上がっているんじゃないかしら?」
「ははっ。そうだといいんだがな」
熟練度は魔物を倒すことで、自身のステータスや能力の経験値が蓄積されていく。
これが、ある一定値まで蓄積されると一つ上の高みへと成長することが出来る。
つまりは熟練度が上がる、ということだ。
但し、どの程度経験値が蓄積されたのかは自分自身で知ることは出来ない。
神殿に祀られている神々の像の前で祈りを捧げることで、必要値まで経験値が蓄積されていれば、身体が光に包まれて熟練度が上がるし、そうでなければ何も起こらない。
俺達は朝食後、部屋に戻って軽く支度をして、外へ出る。
澄み切った青空が広がっていた。
整然と舗装された路上は、朝早くにも関わらず、馬車や多くの人でが行き交っている。
街はいつもと変わらぬ喧騒で溢れていた。
歩き出すこと十数分。喧騒の中、極めて静謐な場所に行き着く。
それこそが今、俺達の目の前に見える神殿だ。
王都にある神殿だけあって巨大な建物ではあるのだが、この一帯だけ森の泉に浮かぶような静寂が流れている。
中に入ると、荘厳な雰囲気が俺達を包み込む。
俺達は神の像が祀られているであろう、奥へと歩を進めた。
奥まで進むと、眼前に俺達を見守る像が現れる。女神像だ。
祀られている神の像は国によって様々だが、ヴェルスタット王国では大地の女神アニエスの像が祀られている。
俺達は、女神像の前まで近づき、膝をついて祈りを捧げる。
エルザとエルリックは経験値が必要値に達していなかったのだろう。
何も起こらなかった、
俺の方はというと――。
どうやら熟練度が上がったようだ。
俺の身体が柔らかな光に包まれている。
身体の状態が先程までと違い、内側から力が溢れてくるような手応えを感じていた。
「カーマインの身体が光ってるわ! おめでとうっ」
「あぁ! カーマインならきっと熟練度が上がると思ってたよ。
おめでとう」
「わぁ~! 凄い、凄いやっ。おめでとう!」
「皆、ありがとう。これで能力の効果も上がるだろうし、光魔法も位階が上のものを使用出来るはずだ。
……奴に通じればいいんだが」
そう言って俺は自分の手のひらに視線を落とす。
確かに、熟練度は上がったし、以前より強くなったように感じる。
だが、黒づくめに果たして通用するのだろうか、という疑問が俺の頭から離れない。
リルを助けようとすれば、必ずそこに奴がいるだろう。
今の状態で【限界突破】を使えば、そうそう遅れを取ることはないだろうが、何と言っても時間制限がある。
時間内にもし倒せなかったら――そんな不安が俺の頭をよぎってばかりいた。
「――カーマイン」
エルザが消え入りそうな声で呟き、泣きそうな表情を浮かべている。
――そんな顔をさせるほどに心配を掛けてしまうとは……我ながら情けない。
俺は頭を振り、エルザを正面から見つめ、その頭にポンポンと二・三度手をやる。
そして眉を下げながら笑いかける。
「大丈夫だ。俺は負けないさ。皆がいるからな」
「はぅ……」
「エルザ、心配させてすまないな……ありがとう」
「……もういいからっ。分かったから、そんな顔でこっちを見ないでっ!」
どこか拗ねたような口調で、エルザは顔を赤くさせながらそっぽを向く。
エルリックもファラも、エルザのそんな姿を見て笑みを漏らした。
◇
神殿を後にした俺達は、次に冒険者ギルドに足を運んだ。
中はいつも通り、多くの冒険者で溢れかえっていて、受付はどこもいっぱいだ。
暫く待っていると、いつもの如く俺を呼ぶ声が……。
声のする方に顔を向けると、やはりジーナだった。
俺に向かって花が咲いたような笑みを浮かべ、手招きしている。あの人のところにもさっきまでたくさん並んでたはずなんだが……
俺は小首を傾げつつも、ジーナのところに向かう。
「お帰りなさい、カーマイン君。任務は受けていなかったようだけど、今日は何の用かしら?
――あぁ、別に用がなくてもいつでも私のところには来てくれていいのよ?」
ジーナは瞳を細めて妖麗に笑った。
何故か身の危険を感じた俺は、自然と足が一歩後ろに下がってしまった。
後半部分については一切触れずに返事をする。
「あははは。えーと、今日は魔物の討伐部位をいくつか持ってきたので、処理をお願いしたくて」
「もぅ、つれないわねぇ。……そこがまたいいんだけど。
さて! 魔物の討伐処理よね? 見せてちょうだい」
「これなんですが――」
ジーナに見せたのはゴブリン十八匹、オーク十匹、オーガ四匹、そしてミノタウロス一匹分の討伐部位だ。
信じられないものを見たように、ジーナの瞳が大きく見開く。
「こ、こんなにたくさんっ!? しかもミノタウロスまで混ざってるじゃないの!
よく無事だったわね……これは真剣に狙うべきかしら?」
「えっ?」
「いえいえ、こっちの話だから気にしないで。
討伐ポイントと報酬額を算出するから少し待ってね」
そう言ってジーナは下を向いて計算を始める。
少しの間待っていると、算出できたのか顔を上げ、俺に目を向ける。
「お待たせ。功績ポイントは九百九十ポイント、報酬額は銀貨二十六枚に銅貨八十枚よ。
今回のポイントで三人とも銀等級冒険者に昇格よ!
この早さは今までで一番じゃないかしら。本当に凄いわっ」
ジーナの言葉に、俺達は思わず笑みを浮かべて喜び合う。
「有難うございます。――ちなみにですけど金等級に必要なポイントは……?」
「んふふ、金等級に必要なポイントはね、五千ポイントよ」
「ご、五千ポイントですか……流石に上位冒険者と言われるだけはありますね。
後、四千ポイント以上か……先は長いな」
「あ、ちなみにだけど。
五千ポイント貯めるだけじゃ、金等級には上がれないわよ?」
「え!?」
「金等級へ昇格するには、功績ポイントとは別に昇格試験があるのよ。
大体は、この魔物を討伐してきなさいとか、このアイテムを持ってきなさいっていうのが多いわね。
金等級からは任務の優先的な斡旋とか、同じ魔物を倒した場合の報酬額も増えるから、当然といえば当然ね」
――まさか、金等級になるには、功績ポイント以外に昇格試験があるとは。
軍団を早く立ち上げたかったんだが、そう簡単にはいかないようだ。
俺は、気持ちを切り替えて、ジーナに妖精について何か情報がギルドの方に入ってきていないかを尋ねる。
「妖精ねぇ。んー、ごめんなさい。
色んな冒険者が来てるけど、妖精に関する情報は何も入ってきてないわね」
「……そうですか。では、もし何か情報が入ってきたら教えてもらいたいんですが、お願いできますか?」
「それくらいならお安い御用よ。
そ・の・か・わ・り。今度私と食事でもどうかしら?
いいお店を知ってるんだけど」
「え? いや、それは――」
「ダメー! 絶対にダメ! どうしても食事に行くなら私達も一緒についていくわっ」
エルザが一歩前に出て、ジーナに掴みかかる勢いで騒ぎ立てる。
それに対して、ジーナは大人の余裕を見せているといった感じだろうか。
少しおどけた表情を見せている。
「あら残念。じゃあ、また今度誘うわね」
「今度なんてないわよっ! カーマイン! エルリックにファラも行くわよ!」
「エルザ! すみません、ジーナさん。また来ます」
「うふふ、待ってるわね」
受付のカウンター越しに手を振るジーナに見送られ、俺達は冒険者ギルドの外へ出る。
エルザは女の子らしからぬ鼻息の荒さで、興奮冷めやらぬという感じだ。
「全く、油断もスキもないんだからっ!
カーマインもあの女に隙なんて見せちゃダメだからね!」
「あ、あぁ。分かった」
エルリックはその様子を見て、苦笑いするが、顔を真剣にして口を開く。
「さて、妖精達の手がかりは今のところ何もないわけだけど、これからどうする?」
「リルや他の皆……大丈夫かな……」
エルリックの言葉に、ファラが心配そうに呟く。
せめて居場所が分かればいいのだが、手がかりが全くないとなると難しい。
ヴェルスタット王国内を闇雲に探し回るのも時間が掛かる。
すると、エルザが俺達を見ていることに気付く。
その顔は何かを決意した、覚悟を決めた表情を作る。
「皆。一つ提案があるんだけど」
「どうした、エルザ? もしかして何かアテでもあるのか?」
「――あるわ」
「っっ! 本当か!?」
「ええ。出来ることならこの手は使いたくなかったんだけど、そうも言ってられないしね」
エルザは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
それほどまでに嫌がるようなことなのだろうか?
俺はエルザの顔に戸惑いを覚え、疑問を投げる。
「? どういうことだ?」
「私の実家に行けば、何か手がかりが手に入るかもしれないの」
「エルザの……実家?」
「えぇ。王都から南西に位置する場所に、ノルダール伯爵領があるの。
そこでなら恐らく、何かしらの手がかりがあるはずよ。
――お願い。私を信じてついて来て」




