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第十四話 『侵入者 中編』

 ――袋の中から飛び出してきたのは、リルと同じ妖精だった。

 飛び出してきた瞬間、俺を攻撃しようと飛びかかってきたので、すんでのところで避ける。

 妖精は避けられたのが意外だったのか、慌てた表情をしているが直ぐにキッと、俺達を睨み、警戒心を隠すことなく威嚇してきた。


「コノヤロー! 私はタダじゃやられないからなッ!」


 これは……どうやら村を襲った犯人だと思われているらしいな。


「ちょっと待ってくれ。俺達は村を襲ったやつとは何も関係ない。

 用事があってここに来たら、村が襲撃されていたから魔物を倒してたんだ」

「……用事ぃ? はんッ! そう言いながら隙をついて襲う気だろ!

 騙されないぞ!」


 一度捕まったせいか、元々疑いやすい正確なのか、中々信じてもらえないな。

 そうだ!


「本当だ。この村に住んでたリルと一緒に来たんだけど、それでも信じてもらえないか?」

「リル? えっ! リル? リルが帰ってきたの!?」

「あぁ。売られそうになっているところを助けて、この村まで連れてきたんだ」


 俺がそう言うと、警戒していた妖精は俺の周りを飛び回りだした。

 一体何だ?

 よく分からないが、何度か飛び回ったところで納得したらしい、表情は先程までと違い、友好的な笑顔に変わっていた。

 

「――うん、微かにだけどリルの魔力が感じられる。

 捕まったんだとしたら名前なんて教えるはずないし、貴方の事を信じるよっ」


 妖精の言葉にホッと息を吐く。信じてもらえたようで良かった。

 だが、本題はこれからだ。

 

「信じてもらえて良かったよ。――大事な事を聞くが、一体どうして襲われてるんだ?

 周囲の魔物は大概倒したが、魔物だけで村を襲ったのか?」

「分からない……。気づいたら魔物が村に侵入してきて。捕まえられて食べられるッて思ったら、袋の中に入れられたから。

 ただ、袋の中で『妖精を袋に入れて集めておけ』って言う声だけは聞こえたよ。

 ――そうだ! 皆も危ない! ねぇ! 私を助けてくれたんでしょ?

 なら、他の皆も助けてよっ。このままじゃ皆連れて行かれちゃう!」


 妖精は親とはぐれた子供のような顔を浮かべて、俺達に懇願する。

 周囲を見回す。荒れた焼け野原のようになっており、足元には先ほど倒したオーガを始めとした大量の魔物の死骸。

 見える範囲では妖精も魔物も視認は出来ないが、奥はまだ火の手が上がっていない。

 ――確かリルも奥に向かっていたな。


 後ろにいるエルザとエルリックに顔を向ける。

 二人とも『分かってる』といった表情をして頷いてくれる。その力強い頷きが頼もしい。

 そして俺は妖精に向き直る。


「大丈夫だ。俺達に任せておけ!」



 助けた妖精と共に奥に向かって行く。妖精は自分のことを『ファラ』と名乗った。

 奥に進むに連れて、火の手は小さくなっていった。

 まだ奥にまでは魔物は入ってきていないんだろうか?

 そう思っていたのだが、それが間違いであることに気付く。

 何故なら歩を進むごとに、空気が張り詰めていくのが分かるからだ。

 これ程の圧力(プレッシャー)は生まれてから一度も感じたことはない。

 息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐く。


「カーマイン? どうしたの?」

「――恐らくだが、この奥にいるやつは、オーガなんかよりも比べものにならないくらい強い」

「えっ!?」


 エルザとエルリックの目が大きく開く。

 俺は無駄に力の入ってしまった拳に目をやる。緊張しているのか身体が強張っているのも分かるほどだ。

 オーガであれば、俺達三人で何体いようと問題ない。

 【咆哮】は確かに厄介だし、攻撃を直接喰らえばひとたまりもないが、それは【生命癒術】でどうとでもなる。

 例え十匹いようと脅威とは感じないだろう。

 

 だが、少なくともこの先にいるやつは違う。【英雄領域】と【生命癒術】だけじゃ、キツイかもしれない。

 それほどの相手が、この先にいる。

 ――今使ってる能力だけじゃ厳しいかもしれないな。


 最悪の状況も想定しつつ、俺達は奥へ進んでいった。


◇ 


 さて、どれくらい進んだだろうか。

 火の手は全く上がっておらず、豊かな森が広がっている。

 一面が豊かな木々で覆われているせいか、太陽の光が当たるはずもなく、辺りは薄暗い。

 と、不意に開けた場所に出る。

 そこに一つの影が現れた。

 ――魔物じゃない?


 それは全身を黒づくめの衣服とフードで覆っていた。

 人の形をしているので、少なくとも魔物ではないだろうが、はたして性別や種族までは分からない。

 ここから見る限りではそれほど大きくはないようだ。

 すると、黒づくめの人物は俺達に気づいたようで、ゆっくりと振り返り、視線を俺達に向けたように見えた。


「おや? こんな場所まで来るものがいるなんてねぇ。

 それなりに魔物を放っていたはずなんだがねぇ。

 ねぇ君達。ボクが放った魔物はどうしたんだい?」

「なっ!?」


 発せられた声は、男にも女にも聞こえる奇妙な声だった。

 だが、驚いたのはそこではない。

 目の前の黒づくめの人物からは、今まで感じたことがないほどの威圧感。


 正直なところ立っているのも辛い。

 威圧感に耐えることができないのか、エルザとエルリックが一歩後ずさる。

 ファラもその後ろで震えているのが分かる。

 俺は剣を思わず抜きかけて、思いとどまる。


「俺達が全て倒した。――逆に聞くが、お前は何者で妖精達をどこへやった?」

「へぇ。そうかいそうかい。まぁ、あの程度の魔物じゃヤられても仕方ないかもねぇ」


 くっくっ、と喉を鳴らして笑う。


「そうそう。ボクが何者かっていう質問だったねぇ。答えは……ナイショ。

 ――フフ、そんなに睨まないで欲しいねぇ。代わりに、妖精達をどこへやったのかという質問には答えてあげよう。

 妖精達にはちょっと用事があってねぇ、ある場所に転移させてるんだねぇ」

「……ある場所?」

「そう。どこかは勿論秘密だねぇ。ちょっと事情があってね。大量の魔力が必要なんだよねぇ」

「……大量の魔力と妖精を連れて行くのと一体何の関係があるっていうんだ?」

「オヤ? 知らないのかい? 妖精の魔力はとても純度が高くてねぇ。

 しかも魔力を抜き取りやすいのさ。

 魔力を大量に抽出する材料にはうってつけというワケだねぇ」


 俺達は絶句した。

 妖精から魔力を抽出? そんな事が可能なのか? いや、それよりも気になることがある。


「おい! そんな事をして、魔力を抜き取られた妖精はどうなる!」

「どんな種族でも魔力が枯渇したら、生命を維持することは出来ないから、抽出し尽くしたら当然死ぬんじゃないかねぇ。

 ――もったいないから、ギリギリまで抽出したら回復するまで待って、回復したらまた抽出するとは思うけどねぇ。

 魔力抽出タンクってやつだねぇ、フフ」

「どちらにしろ妖精達には地獄じゃないかっ!」

「そこは見解の違いというやつだねぇ。まぁあらかた妖精達は転移させたし、頃合かねぇ。

 最後にちょうど活きのいいのを捕まえたところだしねぇ」


 そう言われて初めて気付く。

 黒づくめの人物の近くをよく見ると、そこにはリルが魔力の糸のようなもので縛られていた。

 気を失っているのか、瞳は閉じており何も喋る様子はない。


「リルっ!」


 瞬間、俺は黒づくめの人物目掛けて地を蹴る。その速度はオーガに相対した時よりも早い。

 一瞬で距離が縮む。

 

「へぇ。中々早いけどそれじゃ当たらないんだねぇ」


 剣の有効範囲まで近づき、思い切り剣を振るうが、その切っ先は届かない。

 気づくと先ほどと同じくらいには距離が離れていた。

 ――早い!

 

 剣が掠りもしなかったことに苦渋の表情を浮かべる。

 【英雄領域】を使っての攻撃でも捉えきれないのか――。


「へえ、中々興味深い能力を持っていそうだねぇ。

 面白そうだし、少し遊んであげてもいいんだけど――――どうやら時間のようだねぇ」



「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 森の奥から現れた狂牛が咆哮した。


「ミノタウロスだとッ!」


 牛の頭を持ち、人のように二足歩行をする魔物。

 体長四メートルを超えるその姿は赤黒く、見るものを恐怖に陥れる。

 オーガと同じタイプの魔物だが、その強さは比べるまでもなくミノタウロスの方が強い。

 俺の身長と同じくらいはあるだろう巨大な両刃斧を持ち、その赤く染まった双眸は、俺を完全に捉えていた。


「時間ピッタリのようだねぇ。そこの妖精だけは残しておいてあげるよ。

 ――じゃあ、運が良ければまた会えるといいねぇ」

「待ッ……」


 俺が言う間もなく黒づくめの人物は、転移魔法を使用し、リルとともにこの場から姿を消す。


「――ッ、リル!」

 

 残るは俺達三人と妖精、そして――ミノタウロス。

 リルを連れて行かれた事に憤りと後悔の念に駆られるが、ミノタウロスは待ってくれそうもない。

 

「フゥウウウウウウウウウッ!」

 

 顔を振り上げて、蹄を持つ二本の足を踏み鳴らしながら、俺達を威嚇する。

 先ほどの黒づくめの人物に比べれば大したことはないが、それでも洒落にならないほどの威圧と迫力だ。

 対峙するものの戦意を奪うだけの圧力がそこにあった。

 

「ヴゥウウウウウウウウウッ!」


 だが、ここでやられる訳にはいかないのだ。

 まだ俺は、俺の夢の一端すら到達出来ていない。

 迫り来るミノタウロスを見て、俺達は覚悟を決めた。



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