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第十二話 『妖精リル』

 ――怪しい二人組を倒して奪った箱から出てきたのは、小さな妖精だった。


 長く伸びた桃色の髪に、深い藍色の瞳。真っ白なドレスのような装いをしており、透き通るように白くて綺麗な羽根が背中から四枚生えている。


 そして、その妖精は今も俺の周りをグルグルと飛び回っている。


「えーと。君は妖精、で間違いないか?」

「うん! 妖精のリルだよっ。貴方の名前はなんて言うの? 教えて教えて」

「俺か? 俺はカーマインって言うんだ。宜しくな、リル」

「カーマインね! ありがとう、これはお礼の印だよっ」


 そう言うなり、リルは俺の肩に止まり、頬にキスをした。


「ちょっ! あっー!?」


 エルザがリルを指差し、怒りと羞恥を綯い交ぜにしたような赤い顔をしている。


「ちょっと! あんた何してんのよっ」

「え? お礼のキスだけど? 妖精はねー、助けてもらった相手にキスをするんだよっ」

「えっ? ホントなの!?」

「今決めたルールなんだけどね。てへっ」

「てへっ。じゃ、ないわよおおお!」


 眼前で可愛く舌を出す仕草をするリルに、大爆発するエルザ。――これは、完全に遊ばれてるな。

 妖精というのは悪戯(イタズラ)好きと聞いたことがあるが、その通りのようだ。


「ええっと、リル。君はどうしてこいつらに捕まってたんだい?」


 このままだと、確実にエルザの精神が崩壊する。そう思った俺は強引に話を切り替えることにした。

 実際、こいつらが何故リルを箱の中に捕まえていたのかも気になるからな。


「うーんとね、それがよく分からないんだ。

 森に居たはずなんだけど、いつの間にか皆とはぐれちゃって。

 一人で飛んでたところを捕まえられちゃったんだ。

 けど、この人間達が私を捕まえた理由なら分かるよっ。

 多分、売るためだと思う。私の仲間も、何人か捕まえられたことがあるから……」


 妖精は森や洞窟、迷宮などの奥深くに住んでいることが多く、人前に姿を現すことは滅多にない。

 また、妖精は傍にいるだけで幸運をもたらすと伝えられており、その為、非常に高値で取引されるそうだ。

 

「そうだったのか。こいつらは冒険者ギルドにでも突き出しておくとして、リルはどうする?」

「私? 私はカーマインについて行くよっ。一人じゃどうしていいか分かんないし、それに、カーマインの事が気に入っちゃった!」

「わ、私は反対よっ! 断固反対!」


 大声で喚き散らすエルザに、俺は苦笑する。


「エルザ。リルをこのままにしておいたら、他の誰かにまた捕まえられてしまうかもしれない。

 なら、せめて住んでた森までは送ってやったほうがいいだろ? 違うか?」

「うぐっ。それは、そうだけど……」


 言葉を詰まらせたエルザだったが、最終的には渋々承諾する。

 

「じゃあ、決まりだ。――リル。君の住んでた森が何処かは分かるか?」

「んーとね、アニエス様が住んでる森だよっ」

「大地の女神アニエスが住んでる森? もしかして『アニエス大森林』のことか?」

「そうそう! その森の中心に私達の村があるよっ」

「そうか。じゃあ、リルが住んでた村まで連れて行くから案内してくれるか?」

「うん! もちろんいいよっ」


 リルは俺の周りを飛びながら、表情をキラキラと輝かせた。



 男達を冒険者ギルドに突き出した後、俺達は宿屋に戻り、その場にいたエルリックに事情を告げる。


 胡乱げな目で俺とリルを見るエルリックだったが、暫くすると深々と溜息を吐いた。


「はぁ、仕方ないな。これがカーマイン、と言ってしまえば簡単なんだろうけど。

 但し、まずは護衛任務を完全に終わらせてからだよ? いいね?」

「あぁ、分かってるよ。有難う、兄さん」



 翌朝、俺達は商業ギルドの前に集まっていた。


 俺の肩に乗っているリルの姿に、ボルグやアンナ、『氷虎』と『風精霊』の面々や商人達が目を丸くしている。まぁ、誰だって驚くよな。


「おい! カーマイン。そいつは妖精……だよな? 一体どうしたんだ?」

「か、可愛いわねっ。ねぇ! 触ってもいい?」


 興奮している二人を鎮めながら、昨日あったことを説明する。昨日のエルリックと同様に、胡乱げな目で見るボルグとアンナ。


「はぁ~。なんつーか、お前は自分から厄介事に首を突っ込むのが好きだな? 

 お人好し、とも言えるんだろうが、冒険者としちゃ致命的だぜ?

 お前なら何でも蹴散らしちまいそうな気がするけどよ」


 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて告げるボルグ。周囲も、違いないと同じく笑う。

 ――お人好しか、よく分からないな。


「カーマインはそれでいいと思うわよ」

「え?」


 声のした方に目をやると、エルザが発した言葉だったようだ。


「貴方のその行動で助けられた人がいるってことよ。

 だからカーマインは今のままでいいと思うわ」

「そうか。――有難う」

「はぅっ! ……別にいいのよ!」


 俺が微笑みながら礼を言うと、エルザは目を見開き、頬を赤らめながら顔を背ける。

 リルが「ほほぅ」と呟いているのが聞こえたような気がする。



 王都までの帰りの道中は、行きと違って何も起こることは無く、馬車は三日目の昼前に無事に王都に到着した。


 商人達と別れ、ボルグ達と冒険者ギルドに入る。

 昼食の時間ではあるのだが、王都の冒険者ギルドはやはり人が多い。受付はどこもいっぱいだ。


 ここまで混んでいると受付まで一緒というわけにはいかない。ボルグ達と別れの挨拶を交わし、俺達は空いている受付を探すのだが……。


「カーマインくーん。こっち、こっちが空いてるわよ!」


 ジーナが、俺を呼びながら手招きしている。横ではエルザが「あそこだけは絶対ダメ!」と言っているが、周りを見渡すと、何故かジーナのところが一番空いている。

 何故(・・)かが、とても気になるところではあるが、空いているのであればいかない手はない。


 エルザを宥めつつ、俺達はジーナのいる受付に足を運ぶ。


「ふふ、お帰りなさい。無事に護衛任務は達成出来たようね? 大丈夫だった?」

「そうですね。オーガが二匹出て来た時はビックリしましたけど、何とか無事に依頼主をシリウスまで送り届けることが出来ましたよ」

「ふぇ? オーガ? オーガが出たのっ!? よく無事だったわね……」

「えぇ、まあ……」


 俺は苦笑しつつ、言葉を濁す。能力自体は知られて困ることではないが、ペラペラと話すことでもない。

 特に誰が聞いているか分からない場所では。


 いつものように登録証を渡すと、ジーナが今回の依頼の処理を行う。

 護衛任務の報酬である、金貨四枚に銀貨五十枚、そして、ポイント三十ポイントを手に入れる。


 ジーナが登録証を俺に渡す際に、指を絡めてきた為、エルザが「何してんのよっ!」と、顔を真っ赤にして言っている。

 俺が苦笑いを浮かべていると、不意にジーナがこちらを向く。


「そういえば、カーマイン君。貴方の肩に乗ってるのって、もしかして?」

「えぇ、妖精のリルです。ちょっとしたことがありまして。

 明日にでも、リルの故郷に連れて行ってやろうと思っているんですよ」


 妖精が何処に住んでいるかについては、知られるわけにはいかないので、場所については口を濁す。


「そうなの? カーマイン君達なら大丈夫だと思うけど、最近は今まで出なかった魔物が急に現れるっていう話も聞くから、気をつけてね?」

「有難うございます、ジーナさん」

「えっ!? その、いいのよ、別に……」


 にっこりと微笑む俺に、顔を赤くしながら視線を逸らすジーナ。

 その表情はいつもと違って、可愛らしさを感じる。――耐え切れなくなったのか、ジーナは露骨に話を変えてきた。


「そ、そういえば! この話は聞いたかしら? 

 何でも隣国のスレイン公国で、カイル・フォン・スレインとかいう第三王子が病気で亡くなったそうよ。

 この間、大々的に葬儀を行われて、国内外に報せたと聞いたわ」

「――へぇ。隣国の王子が、病気で、ですか。それは悲しいことですね」


 よしよし、あの人達は手紙の通りに事を進めてくれたようだ。

 これで、国内外でカイル・フォン・スレインは死んだことになる。俺は口から笑みを零す。


 隣りに目を向けると、エルリックは驚きに目を剥いている。

 あ! そういえばエルリックにはこの事を告げていなかったな。宿屋に戻ったら教えておくか。


 宿屋に戻ったら、リルをアニエス大森林に連れて行く為の作戦会議もしないとな――。

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