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第十話 『シリウスにて』

 森を抜けた後の行路は順調だった。魔物にも野盗にも遭遇することはなく、二日目の野営を終え、三日目の今も馬車の足取りは軽く、風のように走っていた。


 風に揺れる平原を車窓から眺めながら、俺は軽く欠伸をする。


「カーマイン、気を抜きすぎよ」


 エルザがジロリと呆れ顔で俺を見ながら小言を吐く。


「悪い悪い。だけどこうも何も起きないと退屈でな。

 いや、何か起きて欲しい訳じゃないんだけど」

「まあ、確かに昨日あれだけのことがあったんですもの、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけど、何もないのが一番よ。

 それで任務(クエスト)が達成出来て、報酬も貰えるんだから」


 エルザはにんまりと猫のような笑みを浮かべる。確かにそうだ。

 何事もなく任務が達成出来るのに越したことはない。エルリックも違いないとばかりに軽く笑う。


「それよりも。さっき休憩時に商人さんから話を聞いたんだけど、このままだとお昼過ぎにはシリウスに到着するみたいなのよ」

「そうなのか? 予定よりも早いな」


 聞いていた話よりかなり早い。当初の予定では、確か陽が暮れる頃に到着するという話だったのだが。


「なんでも、森を抜けるのが思ったより早かったみたい。

 ……オークどころかオーガまでいたのは想定外だったみたいだけど、商人さんが考えていたよりもずっと早く、私達が倒しちゃったのが原因みたいね」


 これには商人達もかなり衝撃を受けていたようだ。何しろオークの群れ二十匹という数は、そう簡単に倒せるものではない。

 しかも想定外のオーガまでいたのだ。商人達は森を抜けるのが二日目の夕暮れになるだろうと思っていたらしい。


「ま、早く着くのならその分ゆっくり出来る時間が増えていいじゃないか?

 確か、明日一日は自由に出来るんだったよな?」

「ええ、しかも気前のいいことに宿代は、商人さん達が二日分払ってくれるそうよ」

「そいつはいいな」


 笑って、俺は同意を示す。いくら報酬が出るといっても、宿代は莫迦にならない。

 依頼主によって宿代を持ってくれる人、持ってくれない人がいるらしいが、今回は前者のようだ。有難い。


「でしょ? そうだ! シリウスに着いたら買いたいものがあるのよ。

 ねぇ……ついて来てくれないかしら?」


 正面に座っていたエルザが、ずいと身を乗り出して近づき、隣に座って顔を近づける。

 その表情は楽しげでもあるのだが、しかし声は微かに震えていた。


「別にそれくらいなら構わないさ。

 昼には着くのなら今日がいいか? それとも明日にするか?」


 俺の問いかけにエルザが目を見開きパチリと瞬かせ、そしてこちらを見返す。

 そこには顔から笑みが溢れ出していた。


「良かった! じゃあ明日でお願いねっ」

「ああ、分かったよ」


 そんな会話の間も馬車はぐんぐん進んでゆく。車窓から見上げた空は蒼く澄んでいた。



 俺達がシリウスの町へは辿り着いたのは、まだ陽が高いうちだ。

 町の規模はそれほど大きくはなく、人口は三万人ほどだそうだ。

 規模が小さいからこそ物資が定期的に届かなければ、困窮してしまうだろう。

 無事に辿り着く事が出来てよかったと一行は安堵する。


 町の中央にある商業ギルドまで馬車を進めると、ここで護衛は一旦終了だ。


「皆様、本当に有難うございました。

 無事に辿り着く事が出来たのは、皆様のおかげです」


 商人達が口々にお礼の言葉を述べて、俺達護衛にお辞儀をする。

 その後は一緒に荷物を降ろし、全ての荷物を降ろし終えたところで、商人達と別れる。

 二日後の朝にここで待ち合わせる手筈になっているのだ。


 商人達と別れた俺達冒険者は、この町の冒険者ギルドに向かう。道中で倒したオーガとオークの精算をする為だ。


 シリウスの冒険者ギルドは町の入口にある。昼過ぎの冒険者ギルドは、冒険者も疎らだ。

 大半の冒険者は、昼食を摂り、依頼を受け、意気揚々と冒険に出発している。

 受付は五箇所しかないが、町の規模を考えるとこんなものだろう。

 すると、受付に行く前にボルグが話しかけてくる。


「カーマイン。オーガの討伐部位なんだがな、二匹ともお前ら『神へ至る道』に譲ろうと思ってる。

 これは俺達『氷虎』もアンナ達『風精霊』も了承済みの話だ」


 ボルグの言葉に俺達『神へ至る道』の面々は、目を瞬かせるが、直ぐに我に返り、ボルグ達を凝視する。


「ボルグさん。こういった護衛任務の際に倒した魔物は、基本的に参加した等級に関係なく、冒険者全員で等分すると聞いていたんですが……それじゃあダメなんですか?」

「おいおい、オーガ二匹を倒したのはお前らだろ? 

 確かに等分するのが慣例になっちゃいるが、アレを見せられて等分になんて出来ねえよ」


 何を言ってるんだお前はという口ぶりでボルグが溜め息を吐く。

 他の冒険者も同様の意見のようだ。有難いのは有難いんだが、まいったな……


「分かりました。じゃあ、こうしましょう。

 オーガの討伐による功績ポイントは、俺達が貰います。

 但し、報酬についてはそれぞれのパーティーで三分割。それなら受け入れます。

 それと、オーク二十匹分の功績ポイントに関してですが、『氷虎』と『風精霊』で七匹ずつ、俺達で六匹の分割で構いません。

 報酬の方はオーガと同じ三分割で。これでどうでしょう?」


 俺の提案に今度は、『氷虎』と『風精霊』の面々が目を瞬かせる。


「そりゃあ有難いが、お前らはそれでいいのか?」

「ええ、昨日も言いましたが、冒険者皆の助けがあったからこそ倒せたと思っていますから」

「かあ~! ホント謙虚な野郎だな、お前さんは。気に入ったぜ! 

 よし、今度困った事があったら何でもいいから声をかけてくれ。

 可能な限り力になるからよ」

「私達じゃ大したことは出来ないだろうけど、それでも出来る限り力になるわ!」


 ボルグとアンナが意気込んでいる。何やらやけに気に入られたものだと、俺達は苦笑しながら礼を言う。


 受付で精算した功績ポイントは、オーガが一匹あたり百ポイント、オークが一匹あたり三十ポイントだった。

 合計で何と三百八十ポイント、前回のゴブリン退治の繰越が十五ポイントあったはずだから、一気に三百九十五ポイントだ。

 冒険者になって一週間足らずだということを考えると、まさに破竹の勢いと言ってもいいだろう。


 報酬の方は、オーガ一匹体あたり銀貨二枚と銅貨五十枚、オークが一体あたり銅貨五十枚だった。

 総額で銀貨十五枚になったので、三等分にしてパーティーあたり銀貨五枚を手にした。



 冒険者ギルドで一旦解散したその日の夜。俺達は冒険者ギルドの隣にある酒場に足を運んでいた。

 やはり夜にもなると酒場は賑わいが違う。冒険者ギルドの隣にあるせいだろう、冒険者の数が多い。

 冒険から帰ってきて一息ついている者、遠出をして帰ってきて人心地つく者、もしくは俺達のように遠くからやってきて、まずは食事をしようかという者まで、理由は様々だ。


「おーい、こっちだこっち!」


 奥のテーブルに座っていたボルグが、俺達を見つけ、手招きする。

 近づくと、『氷虎』と『風精霊』の面々は既に注文を終えていたようで、テーブルには鶏肉の丸焼きに、骨付きの牛肉、油で揚げた魚など様々な料理が並んでいた。

 酒も進んでいるようで、男性陣は麦酒を、女性陣は葡萄酒や林檎酒を飲んでいる。


「よく来たな。まあ好きなところに座ってくれ。おーい! 姉ちゃん、注文頼むぜ!」

「はーい、ただいまぁー!」


 ボルグの呼びかけに、酒場の女給が注文を取りにこちらに近づいてくる。

 笑顔がよく似合うスレンダーなお姉さんだ。


「お前ら三人とも麦酒は飲めるのか?」


 ちなみにバルフレア大陸では、基本的に能力を授かることの出来る十五歳を持って成人したと看做される。

 お酒は十五歳になってから、というわけなので俺達三人は、当然のことながら問題ない。


「俺と兄さんは問題ないんですが……エルザは林檎酒かレモン水の方がいいんじゃないか?」

「そうね。じゃあ林檎酒にするわ!」

「じゃ、姉ちゃん。麦酒二杯と林檎酒一杯。

 それとこいつらに牛の腿肉と鴨肉のソテーを出してやってくれ」


 ボルグはそう言って、女給に銀貨一枚を手渡す。

 チップ込みなのだろう。女給はホクホク顔だ。


「はぁい、承りました! 

 直ぐに持ってくるので少々お待ちを!」


 女給はボルグに花が咲いたように笑いかけ、パタパタと厨房の方へ駆けていく。


「ボルグさん、その、代金は……」

「なぁに、お前らには世話になったからな。

 それに俺は一応先輩だ。奢らせてくれや」


 大したことねえ先輩だけどな、と笑いながらボルグが言うと、周りもそれにつられて笑う。

 ここで断ったりお金を払ったりするのは逆に失礼に当たるだろう、有り難く受け取っておこう。


「それじゃあ、遠慮なく。有難うございます」


 俺が礼を言うと、エルザとエルリックも一緒に礼をする。 


「はッ! いいってことよ。大した額でもねえしな」


 そうこうしている内に、先に酒が来たようだ。俺達の前には麦酒と林檎酒が置かれている。


「よぉし! 皆酒を持ちなっ! 持ったか? 

 それじゃあ護衛を無事に達成した祝いとお前らに出会えた縁に感謝して……乾杯!」


 ボルグの音頭に合わせて、酒を持った手を掲げる。ちぃんとジョッキが交わる音を立て、俺たちはそれぞれの酒を呷る。

 うん、冷えてて美味い! 隣にいるエルリックも余程美味いのだろう、目を瞑り何度も麦酒を呷っている。

 エルザはというと…………


「えへへ~、カーマインぅ」


 俺の方に寄ってきて、その可愛らしい顔を俺の肩に擦りつける。

 ――え? もしかして、林檎酒一杯で酔ったのか? 弱すぎるだろう……


 エルザの目はトロンとしており、肌も火照っていて、いつもよりなんというか、艶かしい。

 水でも頼んで酔いを覚まさせるべきか。


 どうしようか悩んでいると、にゃうにゃうと言いながら、今度は俺の左腕にしがみついてきた。――こ、これはッ!?


 今の俺達は武器は念のため持ってきているものの、防具は身につけていない。

 馬の後ろに乗せた時などとは比べ物にならない感触が俺の左腕を襲う……くッ!


 俺は何とか理性を保ちつつ女給を呼び、水を注文する。

 もちろん水にも代金は発生するので、女給にチップ込みで手渡す。

 女給は直ぐに水の入ったコップを持ってきてくれた。


「エルザ。ほら、水だ。これを飲んで酔いを覚ませ」

「んー? 一人で飲めないー」

「はあッ?」

「だからぁ、一人で飲めないから……飲ませて?」


 そう言ってエルザは俺の前で、顔を上げ口を開ける。俺が……飲ませる……のか? 

 エルリックの方を見るが、我関せずとばかりに麦酒をちびちび呷っている。

 ぐぬぬぬ、この野郎。


 ボルグの方に目をやると、ニヤニヤと意地の悪い顔をしてこちらを見ながら麦酒を飲んでいる。

 よく見ると、『氷虎』と『風精霊』のメンバーも気になるようで、酒を片手にこちらに目をやっている。


 どいつもこいつも……いいさ、お望みとあらばやってやろうじゃないかッ!


 俺はエルザの方に向き直り、水の入ったコップを持つと、エルザの可愛く小さい口に近づけ傾ける。

 コクコクと水を飲むエルザに安堵する。きゃあ! という歓声が向こうから聞こえるが気にするものか。

 そんなことよりも、このまま酒場にいる方がマズイ。横にして寝かせてしまうのが一番だろう。


「んん、あーボルグさん。エルザがこんな状態なので、すみませんが今日は宿に戻らせてもらいます」

「ああ、気にすんな。まさか林檎酒一杯でそこまで酔っちまうとはな。気をつけて帰れよ? 

 …………後、酔ってるんだから襲うなよ?」

「襲うわけがないでしょうッ!」


 ボルグの冗談ともつかない言葉に、俺は語気を強める。

 俺は紳士なのだ、同意も無しにそんなことはしないし、するつもりもない。

 ん? 同意があればするのかって? それは想像にお任せする。


 エルザは完全にダウンしている。頭を俺の膝にやり、スゥスゥと可愛い寝息を立ててしまっているのだ。

 寝顔だけ見ればやはり歳上には見えないものだなと苦笑しつつ、エルザの背中と足を両手で抱きかかえる。

 所謂『お姫様だっこ』というやつだ。


「兄さん! 宿に戻るからついて来てくれ。

 両手が塞がっていては、もしもの時に対処しづらい」

「はいはい、分かったよ」


 エルリックが肩を竦めて立ち上がるのを確認した俺は、ボルグ達に挨拶を済ませ、エルザをお姫様抱っこのままで宿屋に戻るのだった…………その間、俺が好奇の目に晒されたのはいうまでもない。


 ――エルザに酒は飲まさないようにしよう。



 

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