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第一話 『第三王子の決断』




 ――身分というものは非常に厄介だ。

 奴隷、平民、商人、兵士、騎士、貴族、王族など、様々な身分が存在している。


 しかし、最初の産まれの段階で、己の人生が予め決められているのだとしたら、その者は何を思うだろうか?


 例えば、貴族の家に産まれた子供は最初から最後まで貴族として扱われるし、奴隷から産まれた子供は当然奴隷としての扱いを受ける。


 もしかしたら、商人の才能があるかもしれない。

 あるいは兵士や騎士としての才能があるかもしれない。

 産まれた身分とは全く違った才能を持っている可能性は、幾らでもあるのだ。


 しかし、仮に本人がどれだけ優秀な能力を持っていようと、どれだけ素晴らしい人物であろうとも、奴隷として産まれてきたが最後、それが覆ることは絶対にない。


 どれだけ無能な人間だろうと、どれだけ優秀な人間だろうと、産まれてきた最初の時点で己の人生が定められてしまっているのだ。


 そして、最初の話に戻る。予め己の人生が決まっているのであれば、その者は何を思うだろうかと。


 答えは、『何も思わない』。

 何故なら、身分制度は古くから世界に根付いており、誰もその事に疑問すら抱いていないからだ。


 己の身分や人生について何も疑うことなく、ただあるがままを当然として受け入れる。

 それがこの世界に暮らす全ての人々にとっての(ことわり)だった。


 そう、俺が現れるまでは……。

 


「グレイよっ! 貴様では父上の代わりなど務まるはずがないだろう! 

 大人しく長男である私の下について従っておればよいのだっ!」

「巫山戯たことは言わないで頂きたい兄上! 

 兄上に国を任せることが危ないと何故分からないのですかっ!? 

 私であればこの国を今よりも豊かにしてみせましょう!」


 主が居なくなって久しい空いた玉座の前で、もう何度繰り返されているのか分からない程行われている、この不毛なやり取りを眺めながら、私は周囲に分からない程度に溜め息を吐く。


 ……くだらない。


 目の前ではスレイン公国の第一王子であるアレク・フォン・スレインと、第二王子であるグレイ・フォン・スレインが、お互いを罵りあいながら醜い言い争いを繰り広げており、その周囲でも宰相マルコスを中心とした第一王子派と、大臣ベラムを中心とした第二王子派が言い争いを行っている。


 何故これほどまでに言い争っているかというと、二人の父親であり、スレイン公国国王でもあるサジタリウス・フォン・スレインが、半年前より病床に伏しているのが事の発端だ。


 直ぐに完治していれば、このような事態は起きていないはずなのだが、公国専属医術師の話では、症状は日に日に悪化の一途を辿っており、現在は会話すらままならない状態で、あまり長くはないらしい。


 らしい、というのは第三王子である私、カイル・フォン・スレインが、父上である国王にお会いする事が出来ていないからだ。


 第三王子なのに会う事が出来ないのはおかしい、と思う者もいるかもしれないが、二人の兄達、正確には宰相と大臣の命により第一王子と第二王子、宰相と大臣、公国専属医術師と側仕え以外は誰であろうと会う事が出来なくなっている。

 ……それが私にも適用されているというわけだ。


 まぁ、私にとって父上は、国王イコール国を統べる者と認識しており、しかも幼少の頃から親らしいことをされた記憶は一切ない。

 現在の全くお会いする事が出来ない状況も、御身体の状態が悪く、そう長くはないだろうという話を聞いても、悲しいと思う感情は殆どないのだ。

 血が繋がっているのになんと薄情な、と思う者もいるかもしれないが、面識がほぼないのであれば、そんなものだろう?


 ちなみに私達の母上である第一王妃レスティアは、私を産んだ際に亡くなっている為、既にこの世には居ない。


 通常、上級貴族や王族ともなれば、世継ぎの為に第二、第三と妻を娶っているものであるのだが、父上は母上一筋で他に妻を娶りはしなかった。


 話を元に戻すと、会話すらままならない状態である父上が次の国王を指名出来ていないというのが、この醜い言い争いの原因なのだ。


 本来であれば第一王子であるアレクが次の国王で決まりなのだが、神の悪戯(いたずら)かアレクとグレイは双子で産まれてきた。


 更に不運だったのは見た目も能力もほぼ同じということだ。

 その為、母上が亡くなった頃から、城内で第一王子派と第二王子派が出来てしまった。


 それぞれの王子が、次の国王は自分が相応しいと頑なに主張して、一歩も引かないのだから(たち)が悪いにも程がある。


 私はこんな光景を物心がついてから、ほぼ毎日見せられてきたのだ。

 溜め息の一つも吐きたくなるのも当然なのだが、溜め息の原因はそれだけではない。


 理由は至極単純だ。

 二人の兄達のどちらかが次の国王になれば第三王子である私は、必然的に弟として補佐する立場に就くか、政略結婚して他国へ婿入りさせられるか、国内の上級貴族の令嬢のもとへ婿入りさせられるか、いずれかの道を強制的に選ばされる事になる。


 しかし、物心ついてより二人の兄の醜い言い争いや、宰相や大臣の権力争いを見てきた私にとって、王族というものに対して思い入れなど微塵もないし、逆に嫌気さえ感じていた。


 兄達を支えようなどという気は全く起きないし、どこの誰かも分からない者と夫婦になるなど御免被る。

 私には、私以外の他者によって強制的に選ばされた道を進む気など、毛頭ないのだ。


 運がいいのか悪いのかは分からないが、兄達と歳が離れているせいか、それとも宰相や大臣の思惑からか、私には派閥というものが無い。

 唯一気を許せる者は側仕え兼護衛騎士であり、私の剣術の指南役でもあるアルフォンス・マクガイバーのみという身軽な状況だ。


 ……このまま城に残り望まぬ道を歩まされるくらいならば、兼ねてよりずっと考えていたアレ(・・)を実行してみるか。



 その日の夜、私はアルフォンスを部屋に呼び、重大な決意を告げる。


「アルフォンス、私は城を出ようと思う」

「……は?」


 アルフォンスは私の言葉に目を丸くする。


「カイル様、申し訳ございません。耳が悪かったのか良く聞き取れなかったようです。

 もう一度お聞きしたいのですが……」

「だからな、私はこの城を出ようと思うのだ」


 私の言葉を聞いたアルフォンスは大きな溜め息を吐く。


「はあ。聞き間違いではなかったようですね……理由についてはあえてお聞き致しません。

 王子が兄である二人の王子をご覧になって、嫌気をさしておられるというのは、私も痛いほど感じておりますから。

 ですが、城を出てどうしようというのです? 何か考えがお有りでも?」


 アルフォンスはキツく睨むような表情で、私を見る。


「あるにはあるが、具体的に実行するには大掛かりな準備が必要になる故、詳しい事はまだ言えぬ。

 だが、それをするには少なくとも公国からは出ないといけないと思っている。

 兄上達が居て私のことを知っている者がいる公国内では身動きが取りにくいのだ。

 そうだな……城を出たらヴェルスタット王国を目指そうと思っている」

「ヴェルスタット王国ですか?

 確か、彼の場所にはバルフレア大陸最大の冒険者ギルドがありますが……まさか!?」


  アルフォンスの()が大きく見開き、声を震わせる。


「うむ。冒険者になるつもりだ。

 何をするにも金銭は必要だろう?

 だが、私は産まれて十五年間を城で過ごしてきたのだ。

 平民や商人のような働き方など到底出来はしないだろう。

 しかし、剣術であれば七歳の頃より其方から指南されてきたから多少は覚えがある。

 それに、先日十五歳の誕生日の際に受けた能力顕現(スキルレヴェリング)の儀式で、七つの能力(スキル)をこの身に宿すことが出来た。

 上手く使いこなす事が出来れば、冒険者として十分にやっていけるだろうと思っている」


 この世界では、十五歳になる時に各国に設置されている神殿の中にある、神々を祀った碑石(モニュメント)の前で祈りを捧げることで、自分の中に産まれながらに宿しているという能力を顕現させる儀式がある。


 儀式の際には、周りに誰も人を近づけず一人で祈る必要があるため、どのような能力をどれだけ宿したのかは自己申告になるが、基本的に一人につき一つと言われている。


 私は城内で目立ちたくなかった為に、授かった能力は一つ、内容も【生命癒術(ヒーリング)】と周囲の者はもちろん、アルフォンスにさえ伝えていた。


 実際【生命癒術】は使用出来るので嘘ではない。

 但し、対象が個人ではなく複数人に範囲指定が可能だし、身体欠損でなければ、瞬時に回復する効果ではあるのだが。


「なっ、七つ!? 一つではなかったのですか!? 

 普通の者は一つ、優れた者で二つ、どんなに才のある者でも三つ授かれば大騒ぎになるのですよ?

 能力の内容にもよりますが三つあれば冒険者であればSS級、兵士や騎士であれば英雄を目指せるほどですし、実際になった者も多い。

 ……カイル様。七つもの能力をお持ちなのであれば、玉座を狙うことも十分可能なのでは?」


 アルフォンスの言葉に、私は呆れ混じりの顔で溜め息を吐く。


「アルフォンスよ。能力の事は誰にも知られる訳にはいかなかった故、お前にまで黙っていたのはすまなかったと思っている。

 しかしな、お前も知っていると思うが、私は王族でありながら、その王族というもの自体が嫌いだ。

 忌避していると言ってもいい。

 確かに身分の上では最上級、国の頂点に立つ存在かもしれない。

 だが、そんな王族の中でも次代の王を巡って毎日卑しく醜い争いをするのだ。

 しかも、血を分けあった兄弟同士で。

 アルフォンスの言う通り、私の能力を十全に使えば、国王になることは容易いかもしれぬ。

 だが、今の時点で私は国王というものに一切魅力を感じていないのだ。

 それよりも、王族という(しがらみ)から解き放たれ、この世界で何を為すことが出来るのか、その可能性を追い求めてみたいという気持ちの方が大きい。

 それにな、正直な気持ちを言えば、私としてはアルフォンス、其方に一緒について来てもらいたいと思っているのだ。

 この城内で、私が唯一気を許せる相手が其方であったからな。

 ……だが、其方にも其方の立場や考え、人生があろうし無理強いはしたくない。

 ついて来ない場合でも其方を罰するつもりはないし、今まで仕えてくれた分の報酬も少ないが私個人の蓄えから出そう」


 思えばアルフォンスには迷惑を掛けてばかりだった。

 私が二人の兄達より七歳も年が離れ、母上も私を産んで直ぐに亡くなり、また第三王子という立場ゆえに誰からも期待をされることが無かった。

 故にアルフォンスの出世というものは、私の護衛騎士の役職だけで特に無かったし、通常王子であれば側仕えが数人は付くはずなのに、一人も寄こされず、本来側仕えがするであろう仕事の全てを、アルフォンスが一人で行ってくれていたのだ。


 必然的に二人の兄や父上よりも過ごした時間は長く、常に共に居たと言ってもいい。

 情という面では圧倒的にアルフォンスの方が上だ。

 というより彼等には情など感じた事などないのだが……正直なところ、アルフォンスの方が兄や父といった感じがしている。


 無論、恥ずかしいのでそれをアルフォンスに言うつもりはないが……


 私の言葉を聞き、大きく瞳を開いたアルフォンスは顔を下に向け、しばらく何かを考えていたようだが、今度は勢いよく顔を私に向けてきた。

 その瞳の力は強く、何かを決意したように見える。


「……カイル様の考えは分かりました。

 成人して騎士職を賜り、直ぐにカイル様の護衛騎士という大役を拝命されて十年になります。

 思えば色々なことがございました。

 騎士でありながら側仕えの仕事もやりましたが、どれも私にとっては良い思い出です。

 ……こんな事を言うのは恐れ多いことで失礼だとは思いますが、敢えて言わせて頂くならば……私はカイル様を弟や息子のように思って接しておりました。

 結婚もしてはおりませんし兄弟も居りませんが、それくらいの想いで、この十年間お仕えしてきたと自負しております」


 今度は、私の瞳が大きく見開き、声にならない声をあげる。まさかアルフォンスも同じように感じてくれていたとは……


「そんなカイル様をお一人で行かせるなど、私には出来るはずがありません。

 ……カイル様の居る場所が私の居る場所なのです。

 例え嫌だと言われてもついて行きますよ」

「そうか……感謝する」


 ついて来てくれる可能性が低いと思っていた反動か、それとも私と同じことを思ってくれていた事が嬉しく感極まったのか、どちらかは分からない。

 アルフォンスの言葉に対して私が返せる言葉は、その一言が限界だった。



 翌日、アルフォンスが私の部屋でこれからの事について尋ねてきた。


「カイル様、それでいつ城を出るおつもりですか? 

 人数が少ないとはいえ城の者の目もありますし、準備は必要かと思いますが?」

「それについては問題ない。

 実は、三日後に兄上達が西のカンザス砦に視察に行くのだ。

 確か宰相や大臣もついて行くようでな。城内は手薄になるはず。

 兄上達が視察に出たのに合わせて私達も城を出て、東のヴェルスタット王国を目指す」

「かしこまりました。では三日後に」

「うむ。それまでに準備を終えるとしよう」


 私とアルフォンスは、三日後に向けて他の者たちにバレないように城を出る準備を着々と進めていった。

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