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六花繚乱  作者: 來霞
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―依頼2―

―依頼2―


「おはよー蓮ちゃんっ!!」


「おはよう、零厘れいりん


晶蓮が教室に入ると、青紫の髪を靡かせて零厘がやって来た。

彼女は、晶蓮の家の事情を知る唯一無二の親友だ。出身が中国の道士だから、なにかと晶蓮と気が合うのだ。


「蓮ちゃん、何かあった?」


「あー……父上が、な」


「あぁ、晶霞おじ様か…」


蓮ちゃんも色々大変だねぇ、と零厘は晶蓮の頭を撫でた。晶蓮にこんなことが出来るのは、護役を除いて零厘だけだ。


「零厘、最近の雑鬼たちの動向について、何か知らないか?」


「あぁ…最近凶暴化してるって言う噂の。そういえば、父様が『誰かに使役されてるな』って呟いてたけど」


「やはりそうか……」


「でも、使役してるのは『人間じゃない』って」


零厘のその一言に、晶蓮は眉を寄せた。


「それはどういう意味だ?」


「うん…私もよく分からないんだけどね?雑鬼から漏れる力が…『人間』のものじゃないんだって」


「…雑鬼が力の強い妖に使役されてる可能性がある…って事か」


「多分……。でも、こういうケースは珍しいんでしょ?」


「日本では…珍しい部類に入ると思うが」


今まで雑鬼を使役する妖なんて聞いたことがない。

一体どういうことだ。

晶蓮は頭を抱え込んでしまった。

その時、ピンポンパンポーンと放送が入った。


『2年1組の紫水晶蓮さん、1年1組玄武岳昴くん、至急職員室まで来てください。繰り返します……』


「……何やっちゃったの、蓮ちゃん」


「何もやっていない」


突然の呼び出しに、晶蓮は些か不機嫌そうに顔を顰めた。

呼び出しをされる理由が、晶蓮にはない。

なのに、何故呼び出されなければならないんだ。

機嫌急降下中の晶蓮を、零厘は職員室まで引っ張っていった。


職員室前まで来ると、既に昴がいたので、零厘は昴に晶蓮を任せ、先に教室に戻っていってしまった。


「……………」


「ご機嫌斜めですね、蓮様」


「当たり前だ。理由もなしに呼び出されて気分がいいはずがない」


「気持ちは分かりますが、今回は我慢してください。御前様の呼び出しですから」


「余計機嫌が悪くなった」


そう言って眉を寄せるものの、ちゃんと呼び出しに応じる晶蓮に、昴は微笑んだ。

何だかんだ言っても、晶蓮は晶霞を尊敬しているのだ。


「では、入りますよ?」


晶蓮に声を掛け、トントンッとノックすると『入れ』と返事が返ってきたので、ガチャ…とドアを開けた二人の前に佇んでいたのは、晶蓮の父であり、紫水家の前当主である紫水晶霞その人だった。


「2人とも久しいな」


「そうですね、父上が出て行ってからもう1年と8ヶ月経ちますから」


「相変わらず、男勝りの所は治ってないようだな」


「お父上も相変わらず母上を困らせているようですが?先日も母上が嘆いておられましたよ?」


一体何しでかしたんですか、と晶蓮が睨みつけるものの、晶霞は飄々とした態度で晶蓮と昴を見ている。


「お前たちも気付いているだろうが、現在の状況は深刻なものになりつつある」


「雑鬼が使役されてる…と言う件ですか?」


「なんだ、知ってたのか。相変わらず情報回りだけは速いんだな」


「放って置いてください。で、本題は一体なんですか?」


下らない事なら許しませんよ、と怒り心頭の晶蓮に、晶霞は面白そうに口元を吊り上げた。


「お前に依頼が来た。『花咲家』は知ってるだろう?」


「―――御三家『花咲家』ですか」


「そうだ」


晶霞が肯定すると、晶蓮は顔を顰めて見晶霞を見つめる。


「一体、御三家が何用ですか」


「実は…依頼人の愛娘が、妖の類のものに狙われているらしい。しかも、そのものは大量の雑鬼を操っていたと聞く。この依頼と今回の件は何かあると思わないか?」


扇を広げ口元を隠しながら晶蓮に告げた。その目は面白そうに細められている。

大して晶蓮は不満そうに晶霞を睨みつけた。

いつもいつもそうだ。この男は家を去って行ったにも拘らずこうして厄介事を毎回持ってくるのだ。


「その依頼…拒否権は―――」


「ない」


きっぱりはっきり言われ、晶蓮は怒りを通り越して呆れた溜息しか出てこない。

こうなれば、もうやけだ。


「分かりました、その依頼引き受けます。用件が済んだのでしたら私はもう戻りますから」


晶蓮は早口でそういうと、踵を返し教室へ帰ってしまった。

そんな彼女を見送った後、おもむろに晶霞は昴に視線を移した。


「今回の依頼は…とても危険なものだ。出来れば、あの子にはさせたくなかった」


「……そうせざるを得ない事情が?」


「依頼人の直々の申し出でな。はじめは断りを入れていたが、どうもしつこくて」


「蓮様を名指しで?」


「あぁ」


「……その依頼主凄い方ですね。御前様を負かすなんて」


感心します、と告げる昴に、晶霞はばつの悪そうな顔をしながら窓から外を眺めた。


「あの子は確かに強い…その力、技術、私を遥かに超えるだろう。しかし、如何せんあの子はまだ子供。まだまだ未熟者だ。あの子をしっかり護ってやってくれ」


「―――勿論です。僕達にとって…蓮様は掛け替えのない、御守りしたい方ですから。この命に賭けても必ず御守りいたします」


「頼んだぞ…。おそらく、今回の件はあの子にとって今迄で一番厄介な依頼になる」


「―――まさか、あの者達が関わっている…と?」


「まだ確証は出来ん。だが、今回の手口…あの者達の可能性が高い」


晶霞は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

本当なら、こんな仕事を晶蓮に回すべきではなかった。

だが、依頼人の直々の申し出に頷いてまったのは、紛れもなく自分自身だ。


「晶蓮……気をつけろよ」




ガラガラガラ……。


「あっ、戻ってきた」


「零厘……」


教室に戻ってきた晶蓮に早速駆け寄る零厘。やはり心配していたのか、神妙な顔をしていた。


「一体何の話をしてたの?」


「……父上が依頼を持ってきたんだ。とても厄介な依頼を」


「厄介な依頼?」


一体なんだろうと首を傾げる。どんな依頼も文句を言わず嬉々として片付けてる晶蓮がこんなことを言うなんて珍しい。


「零厘は『御三家』って知ってるか?」


「あぁ、世界規模の大富豪たちのことでしょ?」


それがどうしたの。

零厘は不思議そうな顔で晶蓮の言葉を待った。


「今回の依頼主は、その『御三家』の一つ『花咲家』なんだ」


「えっ……」


晶蓮の言葉に固まる。

御三家が…晶蓮に依頼をしたというのか。

あの、呪術師や道士の類を、穢れた者のように見下すあの御三家が。


「どういう…こと?」


「依頼主の愛娘、『花咲楓』が妖の類のものに狙われているらしい。娘を護れ、と依頼が父上のところに来たんだそうだ」


「おじ様…了承したの?」


「―――あぁ、今回の依頼は今の雑鬼の件と関わっている可能性が高い、と見てな」


私は断りたかったが、と呟く晶蓮の眉間には皺が寄っていた。


「―――断れない依頼なんでしょう?」


「……あぁ。これから依頼主の元に行く。先生にはうまく言っといてくれ」


「了解、気をつけてね…晶蓮」


「ん…」


晶蓮は鞄を持つと、教室を静かに出て行った。

玄関まで行くと、既に昴が待っていた。


「昴、待たせた」


「いえ、僕もさっき来たところなんで。そういえば、さっき清苑から電話がありました」


今こちらに向かってるそうですよ、という昴に、晶蓮は頭を抱え込んだ。


「大学はどうした、大学は」


「何でもレポートも作成し終わって暇だから付いていくとか」


「…あいつは昔から要領良いからな」


仕方ない、と言いながら晶蓮は校門前で昴と共に聖苑を待っていた。


「で、今回の依頼の詳細は?」


「はい、つい最近なんですが…依頼人の娘がある人間外の者に求愛行動されているようなんです」


「求愛行動?」


「はい、一は花束やプレゼントなど…普通なことからだんだんとエスカレートしまして。雑鬼に浚われたり、襲われたりするようになってしまったそうで、見るに見かねた依頼人が御前様に依頼されたんです」


パラパラと資料を捲りながら昴は告げる。


「……人外のものだとなんで分かったんだ?」


「その方は…半透明の体だったんですよ。そして、人にはついていない羽根が付いていた…と」


「羽根…カラス天狗とかその類か?」


「それはなんとも言えません」


そうか…と晶蓮は小さく溜息を零した。

結局、詳しい情報は何もないのだ。


「何を落ち込んでる」


「聖苑」


溜息を零し俯いていた2人に声を掛けたのは、大学からきた聖苑だった。


「実は、今回の依頼の詳しい情報がなくて……」


「それより、大学はどうした聖苑!!」


昴の言葉を遮り怒鳴る晶蓮は、きっと聖苑を睨みつけた。

そんな彼女に、聖苑は小さく溜息をつき、ぴらっと紙を一枚取り出して晶蓮たちに見せた。


『青龍崎聖苑は紫水晶蓮の傍付きとして、花咲家訪問に付き添うこと。晶霞』


でかでかと書かれたその文に、晶蓮は米神を押さえた。

言いたいことは幾らでもあったが、清苑に言ったところでどうにかなるわけでもない。

時間の無駄だと感じた晶蓮は、無言で聖苑が乗ってきた車に乗り込んだ。

晶蓮の後に続いて、昴、聖苑も乗り込んだ。




「しかし、父上も面倒なことをしてくださる」


「まだ怒ってるんですか」


「当たり前だ。ろくに帰ってこない癖して、こういうことは私に押し付けてくる…身勝手にも程があるだろう」


母上がどんな思いで待っているか、父上は知らないんだ。

晶蓮はムスッと不機嫌そうな顔をして社内から外を眺めた。

一年前、晶霞は誰にも何も言わず屋敷を出て行った。晶霞の護役や晶蓮はおろか、妻である白蓮にさえ何も告げなかった。

その時の母の悲しげな表情を良く覚えている晶蓮は、母を悲しませる父が好きではない。

つい最近になって、連絡はしてくるようになったが、それで母は悲しげだ。

いつも一人で抱え込み無茶をする晶霞が心配だ、と白蓮は晶霞の身を案じていつも悲しげに庭を見つめていた。


「母上が…可哀想だ。ろくに姿を見ることが出来ず、時折来る連絡では無茶をしていることを聞かされる。娘の私から見ても、母上が気の毒で仕方がない」


全て父上の所為だ、と苦々しげに呟く晶蓮を聖苑は運転しながらチラリと見た。


「だが、御前様も何か事情があると、晶蓮も奥方も知っているだろ?」


「そうですね、あの奥方溺愛者で知られる御前様が、人知れず出て行くなんて…何か深い事情があるんですよ」


聖苑、昴の言葉に晶蓮はますます顔を顰めた。


「そんなこと、私と母上が一番良く知っている!!私が許せないのは―――」


母上にも何も告げずに出て行ったことだ…と言いかけてやめた。

何故、父が母にさえ告げなかったのか、本当は痛い程よく分かっているから。

そして、その判断が正しいものだ、とちゃんと理解しているからだ。

黙ってしまった晶蓮に、昴と聖苑は心配そうに様子を見ていた。


「―――そういえば、蓮様には正装に着替えていただかないといけないんです。聖苑、先に邸へ」


「了解」


聖苑はすぐさま進路を邸へ向けた。


「御三家の前では正装か……」


面倒だ…とつぶやく晶蓮に昴は苦笑を漏らした。


「御三家は我々を毛嫌いしていますからね、仕方ありません」


昴が晶蓮を宥めている間に邸へ到着したのか、車が停まった。

聖苑がドアを開けたのを確認すると、晶蓮は車から降りさっさと屋敷の中に入ってしまった。

その様子に、相当ご立腹だ…と清苑と昴は小さく溜息を吐きながら今ここにいない前当主を恨みたくなった。

しかし、彼らも正装をしなくてはならず、もう一度深く溜息を吐いてから各々の部屋に戻り身支度を整えた。


十分後、門に集まった三人は中国風の服に身を包んでいた。

「蓮様のそのお姿…久々に拝見しますね」


「この服は目立つからな、あんまり着たくない」


晶蓮の正装は、淡い紫の裾の長いチャイナ服に白いカンフーパンツだ。紫水家はその名の通り、高貴な色である紫を正装色としている。

聖苑は蒼色、昴は緑のチャイナ服に白いカンフーパンツだ。色はそれぞれの家系で決まっている。


「では行くか…御三家『花咲家』へ」


本当は行きたくない、言いたげな顔をしつつ告げられる言葉に、清苑と昴は「是」とつき従った。






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