―依頼1―
―依頼1―
「……今戻った」
ガラガラ……と、玄関の扉を開け、静かに入る。
現在の時刻、早朝4時。普通なら、皆まだ眠りについている刻限だ。
「また、朝帰り?」
掛けられた声に、ビクッと肩を震わせる。
恐る恐る振り向けば、そこには白銀の髪をし、モノクルを掛けた青年が立っていた。綺麗な金の瞳には、チラチラと怒りが見え隠れしていた。
「た…ただいま、白露」
顔を引きつらせながら「ただいま」を言う晶蓮に、白虎風白露はニッコリと綺麗な笑顔を見せた。
「奥で、燎と昴がお待ちだよ」
その一言は晶蓮にとって重いものだった。
怒ってる、絶対あの二人も怒ってる。
そんな晶蓮の心情に気付いたのか、白露は苦笑を漏らした。
「そんなに怒られないと思うよ?前回と違って、今回は聖苑も一緒だったみたいだし」
チラリと清苑に視線を移しそう言う白露に、晶蓮はほっと安堵の溜息を漏らした。
あの二人、朱雀山燎と玄武岳昴は怒らせたら恐い。時に昴は、有無を言わさない黒い笑顔で迫ってくるのだ。
だが、それは晶蓮を大事にしてるからだということもよく分かっているから何も言えない。
「今回は?」
「―――雑鬼を数十匹」
白露の問いに、淡々と返す聖苑。どうやら今回の報告らしい。
「ふぅ、最近やけに目立つね」
「あぁ、今はどれもそれほど力はないが……」
こそこそと話し合っている2人に、晶蓮はどうしたものかと考え込んでいると、それに気付いた清苑が
「先に部屋へ行ってろ」
と促すので、素直に頷いて、奥の部屋に向かった。
奥の部屋は紫水家当主専用の部屋となっている。つまり、現当主である晶蓮の部屋だ。
そこに入れるのは、現当主と護役のみ。
「……重々しい空気だ」
部屋の扉の前で既に感じる重々しい空気に、晶蓮は溜息を吐きたくなった。
大体、護役たちは皆過保護なのだ。
確かに、普通の少女だと夜中に歩くことは大変危険だ。
だが、晶蓮は若いながらも現当主を勤めるほどの力の持ち主。早々殺られたりはしない。
なのに、護役たちは晶蓮を一人で出歩かせてはくれない。
勿論、気持ちは嬉しいし、大事にされてるのは分かるが…四六時中傍にいられると息が詰まってしまう。
だからこっそり一人で出かけるのだが…帰ってくると決まって雷が落ちるのだ。
「…気持ちは嬉しいんだがなぁ…」
小さく息を吐くと扉に手を掛ける。
キィィィと音を立てて扉を開くと、中で待っていたのはいかにも怒っているといった表情の燎と、見た目は綺麗な真っ黒笑顔を浮かべた昴だった。
「……ただいま」
「今まで、どこに行ってた?」
挨拶に返されるは燎の問い。紅の瞳が、射抜くように晶蓮を見つめる。
「―――雑鬼退治」
「こんな時間までですか?確か、屋敷を出て行かれたのは7時ごろでしたよね?」
今度は昴に問われる。ニッコリと笑っているが、目が笑っていない。
「……雑鬼が、人を襲っていたんだ。放って置けるわけがないだろう」
「ですが、僕たちと約束したでしょう。一人で出かける際は、遅くても二時には帰ってくると」
忘れたとは言わせませんよ、と昴は黒い笑顔で晶蓮に迫る。
「そこまでにしといてあげなよ、2人とも」
まだまだ説教しそうな2人を止めたのは白露。その後ろには聖苑もいる。
「止めないでください、白露」
「昴、今回は蓮一人で出かけたわけじゃない。聖苑も一緒だったんだよ」
「あぁ、俺が一緒に居た。だから、説教はそこまでだ、昴」
2人にそう言われ渋々頷く昴に、晶蓮は助かったと安堵した。
「なんだ、聖苑もいないと思っていたが、ついて行ってたのか」
「まぁ…こいつの行動パターンは分かるから」
「そう言えば、お前が一番蓮と付き合いが長いんだよな」
燎の言葉に、白露と昴も賛同する。
「そうだね、俺が蓮に会ったときはもう傍には清苑がいたから」
「じゃ、一番短いのは僕ですね。僕年下ですし」
3人の言葉に、聖苑はチラリと晶蓮に視線を向け
「あいつとは…生まれたときから一緒にいるからな」
と誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「で、何で今回出かけたんだ?」
燎の問いに、晶蓮は途端に不機嫌そうに眉を寄せた。
「父上が…本来は門下生の仕事を、人手が足りないから、と私に回してきたんだ」
「あぁ…そういえば、分家の方でも人手不足してると聞いてますよ」
昴は、パラパラと手帳を捲りながら告げる。
ここ最近、妖が異常発生している所為で、宗家の紫水家も、分家の紫山家、水崎家、青崎家も極端な人手不足に陥っている。
その為、普段あまり動かない各当主も妖退治に駆けずり回っている状況だ。
「だが、御前様が直々仰るとは…何かあるのかな?」
「分からねぇが、あのお方のことだ。何かあるんじゃねぇか?聖苑はどう思う?」
「……今回の異常発生には何かしら裏がある、と御前様は考えておられるんだ。で、それを愛娘である晶蓮に解決して来い、と言いたいんじゃないか?」
あの方が言いそうなことだ、という聖苑の言葉に、その場の全員が納得。
「父上は、私の事を過信している。いくら私でも限度というものが有る事を分かって欲しいものだ」
はぁっとあからさまに溜息をつく晶蓮に、四人は苦笑を漏らすしかない。
晶蓮の父、紫水晶霞は自他共に認める極度の楽天家で、楽しいことや面白いことが大好きな人だ。
そして、晶霞の最大の楽しみが『愛娘で遊ぶ』ことだった。
いつもいつも父親に弄ばれて駆けずり回ってる晶蓮には一種の同情をも感じる四人だが、口には出さない。
「だが、父上の判断は正しいかもしれないな」
「と、言うと?」
「……普通、雑鬼は人を驚かすことに生きがいを感じているはず。それが人を襲うなんて…今までに聞いたことがない」
「確かにそうだな。『人が雑鬼に襲われた』というのはごく最近だ」
晶蓮の言葉に、燎も同意するように頷いた。
「…やっぱり使役されている、ということかな?」
「その線が濃いだろうな。で、どうするんだ?」
聖苑の視線に気付いた晶蓮は、考える素振りを見せた。
「とりあえず、まずは情報を集めないとな。燎、白露…頼めるか?」
「了解」
「分かった」
晶蓮の言葉に、燎と白露は頷いた。
「聖苑と昴は私と共に来てくれ」
「あぁ」
「分かりました」
聖苑と昴も頷く。
「じゃ、私は学校の支度をするから全員自室に戻れ」
「はっ?」
「えっ、蓮…学校に行く気?」
驚いた様子の四人に、晶蓮は不思議そうな顔で首を傾げた。
「当たり前だろう?」
「蓮様、今日寝てないんですよ?!」
「それがどうした?」
「途中で倒れたらどうする」
「私はそんなに柔じゃない。それに、こんなのいつものことだろう」
そう言いながら シッシッと余人を追い出すように手を振る晶蓮に、渋々各々の部屋に戻っていく四人の姿がそこにあった。
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