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第4話

 


 変化は、ある日突然訪れた。


 いつものように2人で夕食をとって、編み物の続きでもやろうかと暖炉の上に置いてあった毛糸へ手を伸ばした瞬間。

 じわり、と背筋を這い上がる感覚に思わずユーリの手が止まる。



「おい、どうかしたのか」



 急に固まってしまったユーリに気がついたアルベルトが怪訝そうな顔で声をかける。



「森の中に誰かいる」


「この前みたいに瀕死の獣じゃないのか」


「人と獣の区別くらいつくわよ。人間で、それも怪我してる。害はなさそうだけど・・・」



 厄介ね、とはあえて口に出さなかった。


 それにしても森には人避けの魔法がかけてあるはずなのにどうやって入り込んだのか。

 考えられる可能性を一通り頭の中で思い浮かべながらユーリはドア横にかけてあった外出用のローブを手に取った。



「なぜ害がないとわかる」



 後ろでアルベルトが同じようにローブをひっかけながら真剣な面持ちでユーリへと問いかける。



「今にも倒れそうなほどボロボロだし、なにより、あなたの名前を呼んでるみたい」



 驚愕と困惑の色が混じり合ったような表情を浮かべるアルベルトを横目で見ながら、ユーリはといえば更なる厄介ごとの予感に小さくため息を吐くのだった。










 ※※※※※※※※※※※







 森の中でユーリが見つけた人間は傷だらけで汚れていて、控え目に言って酷い有り様だった。致命傷らしい傷が見当たらないことを除けば森で拾った時のアルベルトと大差ない。


 正確に言うと人間の名はルシウスといった。アルベルトと同じくルシオールで生まれ育った正真正銘の貴族らしい。それも高位の。2人ともユーリの知る貴族とは程遠いのだが、そんなこと今は気にしている余裕はなかった。



「お前、ルシウスか!?」


「アル!ようやく見つけたぞ、この大馬鹿野郎!」


「どういうことだ。お前はオリビア様の護衛任務中のはずだろう。まさか放り出してきた訳じゃないだろうな」


「どの口でそれを言ってやがる!護衛の任務は、お前が聖女捜索の任で王都を去ってからすぐ解かれたんだ。動ける人材は全て患者の救護や国境の警備に回されてる」


「筆頭騎士のお前までか」


「ああ、だが今はそんなことどうでもいい。アル、今すぐ国へ戻れ。俺はお前を連れ戻すためにここまで来たんだ」



 食ってかかる勢いでアルベルトへ詰め寄るルシウス。

 その鬼気迫る様子はただごとではない。



「国へ?一体何があった」


「ミアが罹患した。進行の速度が早くて医者からもって数週間と言われたらしい。こんなことは言いたくないが、急がないと間に合わなくなるぞ」



 隣でアルベルトが音もなく息を呑んだ。



 ルシウスは何に、とは言わなかった。

 だがアルベルトには伝わったらしかった。もちろんそばで聞いていたユーリにも。


 恐らくミアとはアルベルトの大事な人なのだ。そして例の感染症に罹患し、進行が早いということは、つまり、死が近づいているということに他ならない。



 平時は綺麗な弧を描いていたアルベルトの唇が今はぐっと固く引き締められている。


 何事にも動じそうにない男だが、やはり身内のこととなると違うらしい。



「そうか、ミアが」


「ああ、そうだ。あの子は何も言わないが、絶対にお前を待ってる。お前だってそれくらい分かるだろう」



 だから、早く。

 戻ってやってくれ、あの子のところへ。



 アルベルトの黒曜石のような瞳にほんの一瞬、迷いのような感情が逡巡したのをユーリは見た。

 だがそれも一瞬だけ。瞬きする間に、男の2つの瞳はいつもの焔々とした力強い輝きを取り戻していた。


 アルベルトが首を小さく横に振る。



「ルシウス、俺は国へは戻らない」


「なっ」


「俺は追放された身だ。それも国王直々にな。家にも監視がついているだろうから、戻れば皆を危険にさらすことになる」



 これに驚いたのはそばで話を聞いていたユーリの方だった。



「ちょっと待って。貴方、王命で遣わされたって言ってなかった?」


「ああ」


「どうしてそれが追放ってことになるのよ」


「色々あってな。例の病について王の意に沿わない進言をした直後、俺1人に聖女探索の王命が下された。おまけに暗殺者の監視付きときたもんだ。これを追放と言わずに何と言う」



 さらっと発せられた言葉だったが、内容は壮絶だ。国王に進言できるほどの立場の者を王の一存で追放するなど普通ならばありえない。


 だが、ユーリはそれを聞いて納得した。

 男が受けた傷、特に致命傷に至る腹の傷は明らかに殺しに慣れた者の手によるものだったからだ。躊躇なく、寸分の狂いもなくすっぱりと急所をやられていた。常人なら即死だが、わずかにズレていたのは単にアルベルトの卓越した身体能力によるものだろう。あの傷は一介の兵士や、ましてや獣などにつけられるものではない。人体の構造を熟知した者によるものだ。


 黙って聞いていたルシウスも今はじめて知ったようで驚きに目を見開いている。



「暗殺者って、お前無事だったのか」


「いいや、無事ではなかったんだが俺は運が良かった。迷いの森に差し掛かったところで、危ないところを聖女殿に救ってもらった」



 アルベルトがちら、とこちらへ視線を移す。つられてルシウスも視線を移し、ここでようやくユーリとルシウス2人の目が合った。

 そうしてルシウスが何か言葉を発しようと口を開きかけた瞬間だった。フッとまるで糸が切れたようにルシウスの身体が大きく傾いた。


 慌ててアルベルトがルシウスの力が抜けた身体を抱きとめる。



「おいっ、ルシウス!」



 恐らく疲労が限界に達したのだろう。

 見れば完全に気を失っていた。


 ユーリの口から思わず苦笑のような笑みが漏れた。



「その体であれだけ話せれば上等よ」


「あ、あぁ、そうだな」



 まさかここに捨て置く訳にもいかず、ユーリとアルベルトの2人で抱えるようにして家まで運ぶ。


 運びながらユーリはじりじりと焦げるような不安を持て余していた。

 何に対してなのかわからないが、アルベルトが来てからというもの少しずつ少しずつ濃くなる気配。焦りなのか、はたまた怒りか。自分でもよく分からないが。強いて言うなら何かが大きく変わってしまう、そんな予感というより確信に近い何か。



 一体これからどうなるのか。



 漠然とした不安を振り切るようユーリは家路を辿る足を早めた。


 ぽつり、またぽつりとまるでユーリの心情を投影するかのように、どんよりと重い雲から降る雨が迷いの森を濡らしはじめていた。







\誤字脱字等のご報告大歓迎/

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