第1話
初投稿です。宜しくどうぞ。
しばしお付き合いください。
ぽつり、ぽつりと降り出した雨にユーリはどうしたものかと頭を悩ませていた。
悩んでいる間にも雨足は強まり次々とユーリの体を濡らしていく。
空にはどんよりとした雨雲が広がり、どうやらしばらくは止みそうにない。
ユーリは頭を抱えた。目の前には血濡れの男。背の高い草の影に隠れるようにして倒れており、かろうじて胸が上下しているようなので死んではいないようだ。
大量の血が男のものかどうかは一見ではわからないが、どちらにせよこんな時期にこんな場所でボロボロの体で横たわっている人間など厄介事の匂いしかしない。
正直、関わりたくはない。
けれどここで見捨てて死なれても寝覚めが悪い。
助けるべきか、否か。
「――――このまま置いて帰っても獣の餌になるだけだしね」
しょうがない。ユーリは一つため息を吐くと隣で不安げな表情を浮かべる白い獣の背をそっと撫でた。そして、男の体をなるべく動かさないように注意しながら肩に担ぎ上げる。
「ルゥお願い、手伝ってくれる?」
白い四つ脚の獣はくぅ、と小さく一度鳴くとユーリが男を乗せやすいように膝を曲げ体を伏せた。その背に男を乗せ、ずり落ちないようにユーリが横から支える。
「ありがとう」
そうしてすっかり本降りとなった雨の中少女と一匹はようやくあたたかな我が家へと向かって歩き出したのだった。
※※※※※※※※※※
家に帰って男にこびりついていた血と泥を落とすとそれはそれは見事なまでに整ったご尊顔が出てきてユーリは唖然としてしまった。
武人らしく短く切り揃えられた漆黒の髪に縁どられた顔立ちは男らしくどこか野生味を帯びており、それでいてどこか気品を感じさせる。伏せられていて色こそわからないが、両の瞳は強い意志を宿して輝くのであろうことが容易に想像できるほど。
細身に見えた身体はかなり引き締まっていて見た目よりもかなり筋肉質らしい。古い傷痕や怪我のあとが幾重にも重なりあっていかにも武人というような身体つきである。
さらに言えば彼の体にこびりついていた血はどうやらその大半が彼のもののようだった。綺麗なのは顔と背中だけで、首から下は呆れるほど傷だらけだった。特に左肩と腹の傷が酷い。あのまま森に放置していたらまず間違いなく死んでいたと断言できるほどの傷にユーリは思わず顔をしかめたものだ。
「拾ったのが私じゃなかったら間違いなく死んでたわね」
物言わぬ男に向かって淡々と自分の魔力を注ぎ込んでいく。腹の傷はユーリのチカラをもってしても時間がかかる。ある程度塞がったら左肩、脚と場所をうつしながらひたすら傷を癒していく。
男がようやく山場を越えたことを確認し、ユーリは魔力を注ぎ込むのを止めた。男の致命傷だった傷はすでに癒え、これ以上は男自身のもつ生命力で充分癒せる傷ばかりだからだ。
癒しの魔法はどんな傷でも時間さえかければ必ず癒せる。些細な傷から臓腑に達する刺し傷、切断された四肢すらまるで元どおりに治せてしまう。魔法というよりむしろ神の御業と言われたほうがよほど信じられるが、実際のところはたった1人の少女に与えられたただの稀有なチカラでしかない、と当の本人であるユーリは思っている。
人はそれぞれが生命力に溢れている。わざわざチカラを使わなくとも傷は癒えるのだから、こんな化け物じみたチカラ使わないに越したことはないのだ。今のように緊急の場合はまた話が別だが。
それに正直なことを言えば、チカラを使えば当たり前だが魔力を消費するし、疲れる。この国の人間はまるで無尽蔵にチカラを使えるとでも思っているのかもしれないが、そんなことはありえない。
と、そんなことをどれだけ言ってもこの国の人間に理解してもらえるとはもう思ってもいないけれど。
男はそれから丸2日眠り続け、3日目の朝にようやく少しだけ目を覚ました。
「……」
男はしばらく警戒するように視線を彷徨わせたあと、再び気を失うように眠りについた。あれだけの傷を負ったあとで身体が休養を欲していたのだろう。
死に至るような傷は治してあるからじきに目を覚ますはず。ユーリは椅子に座って飽きもせず、いまだ名前も知らない男の寝顔をしばらく眺めていた。
男が完全に目覚めたのはそれからさらに丸1日が経ってからのことだった。
男が体を起こすのをユーリが横から手を添えて支えてやる。
「ぐっ…」
「無理しないで、四日間も寝たきりだったんだから」
男が何かを言おうとするが、男の喉からは小さな呻き声とかすかな空気が漏れるだけだ。四日も寝ていたのだから仕方ないことではある。
男の言わんとするところはユーリにも伝わったので、安心させるようになるべく穏やかな声音で声をかけた。
「ここは私の家よ。森で傷だらけのあなたを拾って連れてきたの。さあわかったらほら横になって」
そう言いながら男の肩に手を置いて横になるように促すと、抵抗もせず男はユーリにされるがまま体を元の場所へ戻して横になった。男は意外と聞き分けがいいみたいだ。
そうしているうちに男の顔色がみるみるうちに青くなっていくのにユーリは気が付いた。恐らく記憶を整理する内に致命傷を受けた際の状況でも思い出してしまったのだろう。
きっと自覚はないのだろうが、小刻みに震えているのが見てとれる。
ユーリはそっと男から視線を外した。
「何があったか知らないけどとにかく今は体を回復させることに集中して。一時は危なかったんだから」
あえて傷のことには触れずに用意していた水差しとグラス、豆のスープが入った皿をテーブルへと置いた。
ほとんど水のようなスープは4日間も絶食状態だった男の体調を考えてのものだ。
ユーリが男に向かって声をかける。
「私は隣の部屋にいるから何かあればこの鈴で呼んでちょうだい」
そう言って男の手元に小さな銀色の鈴をそっと置くとユーリはそのまま部屋を出た。
男と目を合わすことも、振り返ることもしなかった。
これ以上ユーリが言うことはないし、男にも状況を理解する時間が必要だと思ったからだ。
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