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ふしぎの庭

夏の蝶

作者: 天川ひつじ

「おおきに」

「まいどおおきに」


馴染みの八百屋で買い物を済ませ、チョウは暑い町を日陰を選んで歩く。

この都は、夏はとても暑く、冬はとても寒い。


他のとこに行ったことあらへんから分からへんけど(意訳:他のところに行ったことがないから分からないけど)、まぁ、あつおすなぁ・・・。

うたもん、よ井戸水にさらそ。


このあたりの店も何となく覚えてきた。

春過ぎに嫁いできたので、よく行く通りや店がガラリと変わったのだ。足をのばして実家の近くの店に行ってもいいけれど、面倒くさいので近くが良い。


「うらめし、や・・・うらめし・・・」


聞こえた声にチョウはハタリと足を止めた。


なんやろう。なんか聞こえたわ。


フィと右下、足元を見やれば、美しいかんざしやら櫛が並べられている露台がある。

都だからお上りさんも多く、郷里への土産にこれらを買っていく人も多いらしい。

つまりは少し高値で、見た目は綺麗だが気軽に買うのは躊躇ためらわれるお品たち。


やぁ綺麗やわぁ、とチョウは内心で感嘆の声を上げ見とれるように目を細めた。

台をサァと流し見て、あっという間に途中で留まった。


「うらめし・・・うらめしや・・・」


なんや、けったいなもん(意訳:変わった妙なもの)ついてるわ。


夏らしいあでやかな大輪の花と咲きかけの蕾、白い蝶と黄色の蝶が細工してある見事なかんざし。

なのに、そこに小さな人が浮かんでいて、さめざめ泣いて怨み言を呟いている。

すっかり着崩れて、まるで夏の怪談でお化けにならはる女の人みたいやわ。


と思ったところで、チョウは気が付いた。


あら。じゃあこのかんざしの、幽霊さんやわ。


チョウは少し小首をかしげて宙を見るように考えた。


おかしいわぁ。うちはそんなんさっぱりやのに。

旦那様が不思議なお仕事してはるから、私も見えるようになったんやろうか。


春過ぎに婚姻を結んだ夫の雅俊まさとしは、帝に仕える偉い人だ。

物の怪やら何やらを退治して都を守っていてくれはる。


旦那様は、「チョウも、聞こえても返事したらあかん。絶対や」と、言うてはった。

「絶対言う事聞いたりついていったらあかん」とも。


うんうん、とここでチョウは二度頷き、旦那様の言いつけを守ってここは見なかったフリをするのが正解やなと納得した。


到底買えるお値段とちゃうけど、綺麗なかんざしやのに、まぁ勿体ない事やわ。


チョウが見切って立ち去ろうとした時、フッと人影が入ってきた。


誰かいなと思って見れば、チョウより若い、顔見知りになった娘さん。


声をかけようと思ったら、娘はジィと引き寄せられるように、例のかんざしを見つめていた。


いや。何かあかん感じがするわぁ。


チョウは戸惑ったが、娘がかんざしに手を伸ばそうとしたので、ポンと軽く娘の二の腕を叩いてあいさつした。

「おキクちゃん。おはようさん」

「ひゃぁ。おチョウさん。おはようさんでございます。びっくりしたわぁ」


おかしくてチョウは笑った。

「びっくりしたわぁ、って、そんなん、私は先にずっとここに居りましたぇ」

「嘘ぉ。そうでした?」

「はい。居りましたぇ」

「やぁ、気ぃつかへんかったわぁ」

娘も明るく楽しそうに笑う。


「それより、おキクちゃん。誰か好きな人でもできましたんか」

「嫌やわぁ。もぅ」

「かんざし熱心に見てはるから。どれか気にいったん?」

「お小遣いためましてん。ちょうど、これなんか良いなぁおもて・・・」


娘が手を伸ばしかけるのを、チョウはまた腕をそっと抑えるようにして制した。

「おキクやん、それかいな? ちょっとそれ、キツイんとちゃうか?」

「え? そうどすやろか。綺麗でぇなぁて。目が引きつけられますねん」


そうは言っても、未だにチョウには、

「うらめし・・・うらめし・・・」

が聞こえているし、女の幽霊さんがついているのも見えている。


「なぁ。おキクちゃんは、若いし可愛いから、こっちのかんざしの方がええと思うよ。それかこっちもええな」

「えぇ? そうどっしゃろか(意訳:そうでしょうか)」

「なんか、あれ、おキクちゃんには派手ちゃうか。いかにもって感じで、男が好かんかもしれへんよ」

娘は驚き、チョウの選んで示すかんざしと、例のものと、それからチョウを見比べた。


それから笑った。

「おチョウさん、新婚さんで幸せやもんね。おチョウさんの幸せにあやかりたいわぁ。そう言うてくれはるなら、こっちで選ぼかな」

「今買うんやったら、本気で選ぶの付き合ったげるよ」

「ちょっと迷ってたんやけど、せっかくやし今日買います。ほんまに見てくれはる?(意訳:本当に選ぶのにつきあってくれる?)」

「えぇよ。お手伝いするのもえぇもんやし!」

「おぉきに、おチョウさん。嬉しいわぁ」


***


それから数日後のことだった。


チョウが屋敷で庭掃除をしていると、夫の雅俊がポテポテとやってきて、チョウの前で止まった。


「おチョウ。いつもありがとうな。これ、お前に似合うと思って、買うてきたんや」

照れくさそうにしながら、夫は懐から包みを取り出し、中から見事なかんざしをチョウに見せた。


「うらめし・・・」


「・・・」

「・・・どうした。気に入らんかったか?」

とっさに喜べなかったチョウに気付いて、夫が心配そうに顔を覗き込んできた。

チョウは慌てた。


「ううん。旦那様が買うてくれはったん、嬉しい。びっくりしてしもうて、声がでぇへんかった」

「そうか。そうやったんか」

夫はほっとして笑った。


やぁ、可愛いわぁ、優しいわぁ。

チョウはホゥと頬を染めた。


とはいえ、まだあれに手を出したらあかん。


というか、何やのん、旦那様、こういうのをやっつけるお仕事してはるんちゃいますのん。(意訳:こういうのを撃退するお仕事をしておられるのではないのですか)


ひょっとして、旦那様、気づいてはらへんの?

困った人やわぁ。


「これどうしはったん(意訳:これどうしたの)。選ばはったん?」

「うん。町に行って、目が吸い寄せられるようやったんや。蝶が2匹もついてて、おチョウにぴったりやなぁってお前の顔が浮かんだんや」

「旦那様、嬉しい」

夫の行動に感激し、チョウは思わず夫の胸に飛び込んだが、そのまま髪にかんざしをさされそうな危機を感じたのでハッと顔を上げた。

サッと、かんざしを持っている夫の手に両手を添えて動きを制する。


「うらめし・・・うらめしい・・・」


「旦那様」

声をかけたが、人気が無いのを良い事に、夫は頬を緩めるばかりだ。


あかん。これ、ほんまに気付いてはらへんわ。(意訳:本当に気づいておられないのね)


ほんまに困った人やなぁ。こんなんでお仕事大丈夫やろか。


「旦那様のお気遣いがほんま嬉しい。箱とかついてたら、箱に大事にしまっておきます」

「せっかく買うたんや。使って見せてくれ」


優しい夫の言葉にまたチョウは頬を染めたが、このまま流されたらあかん、どんな事になるか、と丹力を強く持つ。


とにかく、髪に飾られるのは絶対避けなあかん。

とりあえず注意して、そぅと端の方、持とう。


「持たせていただいて良いやろか。よぅ見たいわ」

「えぇよ」


気を付けてそぅと持った。

未だに聞こえるものと見えているものに変わりはないが、チョウにも何かが起こった気はしない。


「かんざし、きれいどすなぁ」

チョウの言葉に夫は嬉しそうである。それはチョウも本当に嬉しい。

とはいえ。


ほんまに、かんざしは、えぇかんざしやのになぁ。要らんもんがついてて困ったもんやわ。


本来、こういう対策がお仕事のはずの夫に相談できたら一番だが、夫がこんな調子ではあてにできない。

それにせっかく贈ってくれた優しさを大事にしたい。

とはいえ、こっそり別の誰かに相談に持ち込むわけにもいくまい。夫が馬鹿にされてしまうではないか。


髪につけられたらあかん、と思い込むチョウは、そっと大切に胸に抱くようにして、夫の手からかんざしを遠ざけた。


***


さて。どうしよ。


台所。チョウは、包み紙につつんだかんざしをチロリと横目で眺める。

庭では、とりあえず髪にかざらずにその場を収める事に成功した。


「うらめし・・・うらめし・・・このうらみ、はらさずにおくべきか・・・」


はらさずにおいて成仏するべきやと思うで。


困った子やなぁ。

多分、幽霊の方がチョウより年上に違いないが、本当に困った事である。


とりあえずこの子、どっか行って欲しいなぁ。


ずっと髪につけないわけにもいかないし。


それに、数日前、知り合いの娘のおキクちゃんが目をつけたのを、難癖なんくせつけて他のを買わせたのはチョウである。

とはいえ、誠心誠意おキクちゃんに似合うものを選び相談に乗り、例えコレがついていなくとも、このかんざしより絶対良い、と心から思ったものを勧めたのでそこは問題あるまい。


ただ、難癖つけたかんざしを、チョウがつけているのを見たら娘はどう思うだろう。

夫が買ってきてくれたのだ、とノロケ話を御披露できたらそれで良いが、気がつかないところで目撃されてしまったらちょっと面倒くさい。


まぁ、どっちにしても、これがついたままでは、よぅつけられへんわ(意訳:とてもつけられません)・・・


さてすべての野菜を洗い終えた。

チョウはよし、とまな板に手を延ばしかけて、ふと閃いた。


***


「いやぁ。流れてしもたわ」


チョウは、驚きのあまり、台所で一人声を上げた。


「うらめし・・・・」

という声は流されて小さくなり、消えていった。


水場の流れを止めて、チョウは手に残ったかんざしを見つめた。


「まぁ、簡単やったのね」


水に濡れ、入ってくる夏の日差しを受けて、美しいかんざしはキラキラと輝いていた。


・・・。


そうや。ついでに、塩もまいとこ。


うん。それで大丈夫やろ。


***


「おチョウさん、それ、かんざし、すごいきれいやねぇ」


「旦那様が、くれはったんや。ふふ。似合てる?」

「うん似合てる! おチョウさんの蝶々が2匹ついてる! わぁ、まさとし叔父さん、かっこえぇことしはるんやなぁ!」


「優しい、ええ旦那様で、幸せやわ。ハナちゃん、旦那様、どこにいはるやろ。見せて来よぅ思うんやけど」

「蔵で、巻物、見てはるはずやわ」


「じゃあ、お夕餉ゆうげもできたことやし、呼んでくるわ」

「はぁい」


***


にこにこ嬉しそうにチョウを見ては目を細める夫と、ちょっとした事情で預かっている夫の姪とで、夕餉をすます。


あれから、姪のハナには、そっと耳打ちされた。

「なんか変なのついてたん? きれいにしはって良かったわって、かまどの精霊さん、言うてはったわ」

「そうか。台所で洗ったら、流れてん。それで大丈夫やろか」

「おチョウちゃん、ちゃんと塩まいたんやろ。褒めてはったわ」

「そうか。おおきに、ありがとうなぁ」

「うぅん。まさとし叔父さん、ほんまに頼りないとこあるなぁ。おチョウちゃん、呆れんとまさとし叔父さんのこと、ちゃんと見てあげてね」


チョウは声をたてて笑ってしまった。

こんな小さな子に心配してもろて。


「大丈夫や。ありがとうなぁ」


そうや、おキクちゃんには、お詫びのお菓子もって、はよ説明しに行った方がえぇやろうなぁ。


気になってこのままでは町でつけにくい。


どこまでほんまの事打ち明けるか、ちょっと迷うけどなぁ。

まぁ、えぇ子やし、大丈夫やろ。


流れていった言うたら、きっとおキクちゃんも笑ってくれはるわ。

おわり

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