こちら特別転生・転移課。
■思いついた勢いで書きました。
「と、言うわけであなたは亡くなってしまいました。申し訳ないのですが、現世に生き返ることはできません。ですが、異世界で生まれ変わ────」
「ふざけんな、このヤロー! 生き返れねえってなんだよ! ぶっ殺すぞ!」
「…………さっき説明しましたよね? 私、あなたの言うところの神様なんですけれども、」
「神ならさっさと俺を生き返らせろ! ボケが! グズグズしてんじゃ、」
「……もういい。消えろ」
指をひとつ鳴らすと、目の前で喚いていた男が光の粒になり消えていく。手足が消えていく恐怖に慄いた男が何か叫んでいたが知らん。今さら遅い。
綺麗さっぱりいなくなった。あー、せいせいした。
「神であると説明した上であの態度。せっかくのチャンスをフイにしましたね、あの人は」
私の傍に立つ白いローブを着た天使が呆れたように呟く。
「一応死んだ理由が天界のミスだからね。『特別転生・転移課』に回された以上、面談はするさ。でもあくまでこれは神々の好意だ。原因がこちらのミスだろうと、気に入らない奴にチャンスを与える必要はないね」
神が人間にヘコヘコするとでも思ったか。『申し訳ありませぇ〜ん! このお詫びはいかようにも〜!』なんて神が土下座するとでも? ありえん。神舐めんな。
それでも一応敬語を使ってやったが、使って損したな。
『特別転生・転移課』は窓際部署である。いや、窓際部署であった。
天界における正規の『転生課』は言うに及ばず、突発的な『転移課』よりもさらに人手の少ない、閑職であったのだ。
しかし、天界のミスやあまりにも悲惨な死に方をした魂、あるいはその世界から弾かれて行き場を失った魂などを、未発達な異世界へと送り、人口を増やしたり、進化を促してはどうか、という考えを世界神様が下された。
そしてその仕事は私の管轄する『特別転生・転移課』へと回されたのである。
言ってみれば魂のリサイクルだ。消えていくだけの魂を異世界へと送り出し、その世界を刺激してもらう。
先ほどのように無礼極まる魂を送らないのも私の仕事のひとつなのだ。だから個人的な感情は入っていない。……いないったら。
「それで? あの魂はどうしたんです?」
「神にあれだけ暴言を吐いたんだよ? 転生先は虫あたりでいいだろ」
「なんだ、転生させてやったのですか。お優しいことですね。消滅させてもよかったのでは? もしくは永遠に苦しみ続ける無間地獄に、」
「どうどう。落ち着きなさい。君は過激すぎる」
虫も殺さぬような少女の姿をしたこの天使は、感情表現に乏しいくせに妙に感情的である。
クールな雰囲気を醸し出しているが、実はかなりの激情家だ。氷の仮面に炎の心。そんな彼女と私の二人だけがこの『特別転生・転移課』の職員であった。
「ま、気をとり直して次にいこう。次は誰?」
「はい。え……と、■山■男。32歳。トラックに轢かれて死亡した魂です」
「トラックねェ……あまりいい予感がしないなあ……」
◇ ◇ ◇
「異世界転生キタ──────────ッ!」
……ほらな。
目の前でチェックのシャツをGパンに入れた小太りでメガネ、ボサボサ頭の男が小躍りしている。
「ひゃっふー! チート使って、俺TUEEEEして、エルフ、猫耳、奴隷少女ゲットでハーレム作って、ぐふふふふ!」
「課長、こいつ消しましょう」
「待て待て待て。ちゃんと説明しないと」
三白眼になって小太り男に手を下そうとする天使を止める。落ち着きなさい、その黄金のハンマーを放しなさい。
「さあさあさあ! チートスキル、カモン! そして異世界へゴー!」
「あー……、なにか勘違いしてるようだから言うけども。君、異世界に転生はするけども、別に特殊な能力とかは付かないよ?」
「……………………………………ホワッツ?」
浮かれていた小太り男がピタリと止まり、眉を顰める。それに対し、イライラした口調で腕を組みながら私の天使が小太り男に言い放った。
「善行を積んでもいない者がどうしてそんな力をもらえると思ったんです? あなた、今の今まで家に引き篭もって、なにひとつ社会のために働いたことありませんよね? 散々親に迷惑をかけて、働いたら負けとか言ってましたよね?」
「いや、だって異世界転生って言ったらチート能力はテンプレでしょお⁉︎ お決まりごとで外せないところでしょうが! ニートがチートをもらって第二の人生は定番っしょ⁉︎」
「知りませんよ。勝手にそちらの妄想を押し付けないで下さい。迷惑です。最近あなたみたいな輩が多くて困っているんですよ、こっちも。あなた、今まで神に感謝したことが一回でもありますか? ありませんよね? それで願いを叶えろとか、図々しいったらありゃしない。努力もせず、不平不満をこぼすだけで自分からはなにも行動しない。なんでもかんでも周りが悪い、時代が悪い、社会が悪いとのたまう者に、なぜ神が手助けする必要が? ……馬鹿ですか?」
「ぶひっ……」
天使ちゃんの毒舌が止まらない。努力もせずに要求だけはしてくる、この手の奴が大嫌いだからなぁ。
私はなんとか落ち着かせて彼女を下がらせると、タジタジとなっていた小太り男に声をかける。
「まあ、そういうわけで君には異世界に転生してもらうよ。あ、ちゃんと人間に転生させるからそこは安心していい」
「ぶひ……。転生先の家庭は? 王家とか公爵家とか、あ、大商人の息子とかでも、」
「『田舎の』ごくごく『普通の』家庭だよ。や、少し貧しいかな」
再び目を輝かせ始めた男に私は冷水を浴びせる。もともとこの男は単なる転生の輪から弾かれた存在なのだ。そのまま消滅させるのはもったいないという理由、それだけで異世界転生の輪に入れたに過ぎない。
つまり、異世界を刺激したり、進化を促したりということにはなんの期待もしてない。異世界だって消滅してしまった魂はある。それの埋め合わせというか、数合わせだ。
こうして面談したのは「転生なんかしたくない。消滅したい」と言い出す者もいるからだ。一応、希望は聞いておかないとな。
「ぶひっ、こうなったら知識チートで成り上がりルートだ。ポンプ、石鹸、紙作り……。巨万の富を稼いで、奴隷少女ゲットでハーレム作って、ぐふふふふ!」
「じゃあそろそろ『記憶を消して』魂を異世界へ送るよ。新たな人生を楽しんでくれたまえ!」
「……………………………………ホワッツ?」
男が光の粒に包まれていく。おーおー、なにを言っているか聞こえないが、涙と鼻水を流しながら喜んでいるぞ。……喜んでいるんだよな?
やがて光の粒は消え去り、再び静寂が辺りを包んだ。
彼はまっさらな魂となり、新たな生命となって生まれ変わる。よかったよかった。
「お疲れ様です」
「な? 話せばわかってくれただろ」
「…………そうですね」
よし、次だ次。次いってみよー。
◇ ◇ ◇
「えええ────ッ⁉︎ か、神様ですだかッ⁉︎ こ、これは失礼をば、失礼をば致しましたッ! 平に、平にご容赦を────ッ!」
うーん、いいね。よきかな、よきかな。みんながこういう態度だとこっちも気分良く仕事ができるのになあ。
「課長、悦に入っていないで本題を」
「おっと、いかん」
久しぶりに神様っぽく扱われてつい気分良くなってしまった。目の前で土下座を続ける田舎育ちの中年の男を立たせて、状況説明をする。
「異世界転生……ですだか?」
「そう。君は他人の子供をかばって残念ながら死んだ。でも別の世界で生まれ変わったり、生き返ったりすることができる。さらに! 君は生前、善行をそれなりに積んでいたからその世界で生きていくに便利な力をひとつ授けよう。どんな力がいいかな?」
中年男は汗を流しながら首と手をブンブンと振り、とんでもない、と口を開く。
「そんな、ええですよ。恐れ多い……。別の世界で生き返らせてくれるだけでもありがたいだ」
「聞いたか、天使ちゃん! なんて謙虚さ! 今までのアホに聞かせてやりたい!」
「そうですね。わかりましたから、仕事を」
もー、なんでこんな時だけ淡白かなー。
よし、ならば能力はこちらで選ばせてもらおう。リストを宙に出現させ、目を走らせる。この男にふさわしい能力を〜と、お? これがいいか。
【モテモテ】能力。ずっと独身だったみたいだし、向こうで女の子に囲まれたウハウハ生活を送ってもらおう。羨ましいねェ、この野郎!
「よし、じゃあ希望は転生じゃなく転移でいいね」
「それでお願いしますだ」
「肉体は向こうで生き返るし、サービスで十代に若返らせてあげるよ。では異世界で素晴らしい第二の人生を!」
中年男はペコペコと頭を下げながら異世界へと旅立っていった。いやー、久しぶりにスムーズに事が運んだなぁ。いつもこうなら私たちの仕事も楽なのに。
「それで課長。彼になんの能力を与えたのですか?」
「ああ、【モテモテ】能力だよ。花のある人生をってね! ほら」
リストを天使ちゃんに手渡す。
しばしリストに目を通していた彼女だったが、眉を寄せて視線を僕へと戻す。
「これ、どっちを与えました?」
「え? どっちって?」
天使ちゃんはリストを私に手渡して、その部分を指し示した。そこには、
【モテモテ】:男性を惹きつけて離さない。
【モテモテ】:女性を惹きつけて離さない。
と、二つあったのだ。
「えっとぉー……?」
確かリストを目で追っていって、初めに見つけたやつを与えたから……。
「だ、男性を惹きつけて離さない方……かな……?」
「可哀想に。花は花でも薔薇の彩りですか。それで素晴らしい第二の人生を、とは」
「いやっ、同性の友達は多い方が何かと助かるだろう⁉︎ 友達以上に好かれるだろうけど……」
「始末書ですね」
「ハイ……」
はぁー……。うまくいかないもんだ。
さすがに罪悪感を感じて、ちょこちょこあの中年男を見守っていたのだが、結果的には問題はなかった。
どうやらずっと独身だったのは女性よりも男性を好きなためだったらしく、幸か不幸か彼にとってベストの選択を私はしたらしい。
現在、彼は異世界で恋人の男性たちに囲まれて幸せに暮らしている。
始末書書いて損した。
◇ ◇ ◇
「課長、課長」
「なんだい、天使ちゃん」
休憩に入り、ゆっくりとお茶を飲んでいたら、天使ちゃんが下界モニターを見ながら僕を呼んだ。
「見てください、これ」
「ん? ああ〜、また『勇者召喚』なんてやってるのか。一人や二人ならまだしも、こう何十人もいっぺんに転移させられると迷惑なんだよねぇ」
神々ではなく、別世界にある者が、他の別世界の者を召喚することはそれなりにある。
召喚する理由はいろいろで、異世界の人間が自分たちの世界の人間より強いから、とか、特殊な能力を持ってたりするから、ってのが理由らしい。世界を渡る時に、個人の特性をランダムで強化したり、特殊な能力が付与されちゃうんだよねぇ。
異世界召喚自体は問題ないのだ。異世界からやってきた勇者が人々を導き、魔王を倒す。アリだと思います。
だけどこれが集団召喚となると話は違ってくる。
まず、これはAという世界にあるべき魂を、Bという世界に無理やり奪ってくる……つまり窃盗のようなものだ。
一人や二人ならお目こぼしもできるが、学校の一クラスとか、バスに乗ってた乗客全員とか、はたまたあるゲームをプレイしていたプレイヤー全員とかになると、これはもうね、困っちゃう。
向こうの輪廻する魂は不足になり、逆にこちらの魂は過剰になる。調整すんの面倒なのよ?
さらになにが悪いかっていうと……。
「あ、ホラ。さっそくクズどもが出てきましたよ。町の人たちに『勇者に逆らうのか』とか、『奴隷にしてやる』とか言ってますね。力を手にした途端、欲望丸出し。醜いですねえ」
「楽しそうに言うね、天使ちゃん」
集団勇者召喚の悪い部分はこれだ。転移してきた何割かの人間がほぼよくない方向へと走る。
一人や二人だとある程度の理性が働くのだが、グループになると集団心理も手伝って、歯止めがきかなくなる。
『自分たちは選ばれた特別な存在』『この世界ならなにをやってもいいんだ』『この世界の奴らは馬鹿』とか、勘違いのオンパレードになる。
こういったクズ勇者は人々のためにならないし、国々の混乱を招いて、世界の成長の妨げになる。できればさっさと排除したい。
「で、使えそうなやつはいるかい?」
「ええ。この少年なんかはどうかと。いわゆる使えない能力を手にしたせいで、同じ転移者たちに馬鹿にされて爪弾きになってますね」
「能力なんてものは使い方次第なのにねぇ」
表面しかみてないからそういうことになる。アレだねぇ、この世界みたいに『ステータス』依存の世界はどうしてもそういう傾向になるねえ。
「この少年なら努力家のようですし、この世界の住民にも親切にしてます。道を間違えたりはしないでしょう。いい対象だと思いますが?」
「ん。許可しよう。彼の能力をグレードアップしておいて。こっちのクズと戦うことになっても圧勝できるくらいに」
「わかりました。いつものように、能力開眼のヒントはさりげなく、ですね」
天使ちゃんがモニター横のキーボードでちょちょいと少年の能力をいじくる。すると、使えない能力だと思っていたものが一転、便利な使える能力に! これナイショだよ?
今まで自分より下に見ていた者がのし上がってくる。大抵のクズどもはそれに耐えられない。自分の優位さが消えるからだ。
するとどうなる? クズどもは少年を敵視するようになる。やがて潰そうと動き出す。遅かれ早かれいずれ激突する。
ま、そうなっても負けないようにしておくのだけれど。
世界にとって迷惑なクズ勇者の撃退法。
クズな転移勇者をまともな転移勇者に成敗させる。これが一番手っ取り早い。
悪どいって? 神ってのはそういうもんですよ。いや、まともな神々もいますけれどもね、うん。
その後、予想通りクズ勇者たちは自分たちより能力が劣ると馬鹿にした少年に突っかかっていき、返り討ちにあってめでたくその世界の輪廻の輪に加わった。ま、転生先は虫だけどな。
こういった仕事は本来私たちの管轄外なんだけどねえ。
迷惑です。勇者集団召喚。
……この国潰したろか。
◇ ◇ ◇
「できれば男に転生したいです」
「いや、まあ……できないことはないけどねぇ……」
目の前の椅子に座る美女に対して私は複雑な気持ちになった。手元のプロフィールが書かれた書類に目を落とす。
えーっと……■川■美さん。ああ、この死に方じゃなぁ……。男性不信になっても仕方ないか。
かいつまんで言うと、男に騙されて金も仕事も全てを失い、絶望して土砂降りの街をふらついていた時に、川の氾濫に巻き込まれて……という流れだ。
基本的に転生する際は同性に転生することになっている。なぜならこの人のように、記憶を残したままの転生の場合、前世の性別と違うことから、ストレスを抱えることが多いからだ。
もちろん、基本的に、であって、本人の希望があれば変更することも可能なのであるが……。
「君の転生先なんだけどね、実はとある王国の公爵家なんだ。君はそこの公爵の四番目の子供として生まれることになる。四人の子供はそれぞれ母親が違っていて、母親同士はとても仲が悪い。それぞれの子供を跡継ぎにと狙っている」
「ちなみに上の三人は全員男子です。ここまで言えばどうなるのか察しがついたでしょう?」
「男に生まれると後継者争いに巻き込まれることになる……?」
「正解」
天使ちゃんがピンポーンと自分の頭上の輪っかを立ち上げた。やめい。
「女の子は生まれてないからね。女の子として生まれれば、多分父親の公爵が大切に育ててくれるし、後継者争いなんかには巻き込まれる心配もないと思うんだけれども」
「だけど、政略結婚には使われるんじゃないですか?」
「んー……まぁ、それも充分あり得るけど」
なかなかに鋭い。確かにその可能性は高い。いや、高いというよりほぼそうなる。しかしながら、相手は同じ上級貴族、うまくいけば王家に嫁ぐことになるかもしれない。相手次第だが、幸せになれる可能性だってある。
「別の家に生まれることはできませんか?」
「んー……。今のところはちょっとね。残りは貧民街とか奴隷の子とかで、正直あまりお勧めしない。せっかく転生したのに死ぬ可能性が高いんじゃね」
私たちだってわざわざ死なせるために新しい魂を送り込んでいるわけじゃない。できればその世界で生を全うして、幸せになってもらいたいと思っている。
「……それでも私は男に生まれたい。もう男に振り回されるのはこりごりなんです」
「男に生まれても振り回されるときは振り回されるけどねぇ。ま、そこまでいうなら仕方ない。心配だからなにか特別な能力をひとつ付けて送り出してあげよう」
「特別な能力?」
怪訝そうにする彼女を置いて、例の能力リストを宙に出現させる。今度は間違えないようにしないとな。
後継者争いに巻き込まれるのは仕方ないとして、暗殺されるとかはなんとか避けたいところだよねえ。
剣の才能とか魔法の適正とか与えても、毒盛られたらイチコロだし。かといって毒耐性とかだけじゃ……お? これならいいんじゃないかな。
【危機察知】:危険が迫っていることを教えてくれる。使いこなせばどういった危機であるか細かい部分もわかるようになる。
これなら毒を盛られてもわかるし、不意打ちや弓矢による狙撃も察知できる。
他にも能力を与えたいが、依怙贔屓するわけにはいかないからね。
【危機察知】を与えた女性は、男性へと生まれ変わり、公爵家の四男となった。
まあ、そこから先は彼女……おっともう彼か。彼の人生なのだ。私たちにできることはない。願わくば平凡でも幸せに人生を送ってもらえるといいな。
しばらくして彼女の送った世界を覗き見てみると、なんかとんでもないことになってた。
公爵家に生まれた四男の彼は、あらゆる危機を回避し、父親の信頼を得て後継者争いを勝ち抜いた。若くして公爵家を継ぐことになる。
もともと現世での記憶もあり、そこからメキメキと頭角を現した彼は、領地を発展させ、国王に気に入られて、大将軍の地位をも手に入れる。
華々しく戦で戦果を上げた彼は英雄となり、王の一人娘を娶って、次代の王となった。
慈悲深く、罪人にまで赦しを与える賢王とまで呼ばれるようになった彼だが、女を騙して利用した男だけは決して赦さず、惨たらしく全員極刑にしたという。
「……やり過ぎではなかろうか?」
「そうですか? 女を食い物にするようなクズな男は生きる価値もないと思いますが」
ズバンと答える天使ちゃんに私は口を噤む。こういう場合、余計なことを言わないのが利口な神なのだ。雄弁は銀、沈黙は金。
人も神も、女性を敵に回して勝ったためしなどない。平和が一番である。
◇ ◇ ◇
「さーて、今日の仕事はおしまい! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
いそいそと机の上を片付ける。今日は同期の神らと飲み会があるのだ。何柱かの女神たちが参加するって言ってたけど、楽しみだなぁ。
「……ご機嫌ですね」
「あ、わかる? 実はねぇ、今日は合コンに誘われてて……」
そう天使ちゃんに切り出した途端、机の上に分厚い書類がドン! と積まれる。え、なにこれ?
「……課長。そういえばこちらのリストに目を通してもらうのを忘れてました。ひと通りチェックをお願いします」
「え? いや、でも、これから、」
「私も付き合いますので。今日中に片付けていただけないと、明日の仕事に差し障りますので」
妙に迫力のある天使ちゃんの言葉に、私は首を縦に振ることしかできなかった。相変わらず表情の変化が薄いけど、なんか怒ってる?
それにこれ、急がなくてもいいやつじゃないかなぁ。確かに先に終わらせておけば後々楽になる類のものだけども。明日でもいいんじゃないかな。
あ、天使ちゃん、明日なにか用事があるのか? だったら今日中に終わらせた方がいいか。
「はぁ……。残業か……仕方ない」
私は机の上の神電話を手に取り、合コンに行けなくなったと同期の神に連絡した。せっかくのお誘いだったのになあ。途中から参加できなくもないけど、空気悪くするしやめとこう。
「頑張って終わらせてしまいましょう。お茶を淹れてきますね。あ、あの、終わったら食事にでも……」
「そうだね。遅くなるから食べて帰った方がいいか。いつもの定食屋でいい?」
「はい!」
先ほどとは打って変わり、なぜが楽しげに天使ちゃんが部屋を出て行く。女の気分は山の天気が如し。わからんなあ。
さて、やりますか。チェックだけだからそんなに手間はかからないと思うけど、量が量だからな。
転生、転移、転生、転移……もうちょっと仕事減らないもんかねえ。