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六話 仮面

リリアンの強い瞳に負けて、アレクは洗いざらい心の淀みを吐き出すことにした。


「あなたには誤魔化しは効かないようだ。この際だから格好悪いついでに話してしまおうか・・・」

「どうぞ?」


自然体で暗くならないリリアンを前に、アレクは肩の力を抜き穏やかに微笑んだ。


「私は今思えば自分を殺して侯爵としての生き方を優先してきたようだ。だからユリエがこちらに初めて現れたとき、個人的に多少の興味は沸いたが、侯爵家の当主としては不審者として疑うべきだし遠ざけるべきだと思い、初めから一線を引いて接していた。それはユリエに限らず使用人や昔から長い付き合いの執事に対してもそうだった。当主として威厳のある振る舞いをすべきで、馴れ合うべきではないと思い、家族やごく僅かな友人以外には親しみを見せないようにしていた」

「ずっとそんな風に過ごして来たんですか?息が詰まりそうですね」

「そうだな・・・。子どもの頃から自分はいずれ爵位と領地を継ぐとわかっていたから、それに見合う人物にならなければと思っていた。この港町を守る海洋衛兵隊の指揮は代々グランヴィル侯爵が執ることになっているが、お飾りの指揮官にならないよう王都の士官学校で学び、卒業後にはこの地で数年間隊務に従事し現場を把握するよう努めることもした」

「その頃からもう辛かったんですか?」

「いや、侯爵家のため、領地のためとは思っていたが、私はこの街が好きだった。だからその頃はまだ大変ながらも楽しめていたんだ。それが変わってきたのはやはり爵位を継いだ頃からだろうか。父が発狂したという理由で跡を継いだものだから、醜聞を跳ね返そうと必要以上に虚勢を張っていたのかもしれない。これまで見てきた幾多の貴族から理想の当主像を作り上げ、それに自分を無理に当てはめることで周りにグランヴィル侯爵家は大丈夫だと納得させようとしていた。今のままの自分では侯爵家当主として未熟だと思い自信がなく、感情を抑え冷静に振る舞う理想の侯爵という仮面を付けていた気がする」


侯爵という名の仮面はアレクを守りもするが苦しめもする。

アレクはこの瞬間までそう思っていた。

しかしリリアンに話しながら、アレクはこれまで自分を苦しめていたものが、自分以上の者になろうとするアレクの心だと気付いた。

今のままでは駄目だと自分を否定し続けてきた己の心こそが苦しみを生んでいたのだ。

今、リリアンを前に虚像を演じていた弱い自分を認めたアレクは心が解放されるように感じた。


「リリアン、あなたのおかげで自分の本当の心が見えた気がする。私は一人前の立派な当主になるために誰にも頼らずに事をなそうとしてきた。だが今振り返れば、弟は領地経営を手伝いたいとずっと手を差し伸べてくれていたし、父も表立っては出来ないが陰で支えてくれている。屋敷の者も衛兵隊員も私のことを支えたいと言ってくれていた。私は仮面を外して未熟な自分に戻ろうと思う。それでも大丈夫だと今は信じられる」


風に吹かれ艶やかな茶髪を揺らしたままアレクはリリアンを見つめた。

話を聞いてくれたお礼とでもいうようにリリアンに向けられたアレクの笑みは、彼女の目に眩しく映った。

その笑みに一瞬で高鳴った鼓動を感じるように胸を押さえたリリアンは、その高鳴る鼓動の意味を求めて目を瞬かせた。

リリアンがこれまで見てきた冷たいアイスブルーの瞳の侯爵は今、晴れた日の空のように温かい温度を感じさせる瞳をして彼女を見ていた。

その変化がリリアンにはくすぐったかった。


「いいですね。今まで抑えてきたこと、我慢して出来なかったことをこれからしてみてもいいんじゃないですか?」

「出来なかったことを?」

「そう・・・例えばユリエさんにしてあげたくて、でも我慢していたことをやってみるとか」

「・・・・・・」

「なんか葛藤してますね。弟さんに遠慮して出来ないんだったら、私をユリエさんに見立ててやってもいいですよ。思い残しがなくなってスッキリしそうじゃないですか?」

「別の女性に見立てるなど・・・それではあなたに失礼だろう」

「私が良いと言っているんだから難しく考えないで試してみればいいと思いますよ。やっぱり何かが違うと思えばその時に止めれば済むことですし」

「そういうものだろか・・・」

「ユリエさんとやりたかったこと、心に残っていることが色々あるんでしょう?」


アレクの瞳が迷いに揺れ始める。

リリアンはアレクの迷いを払拭するように明るい声音で話した。


「今日、侯爵と話せて良かったと思ってるんです。冷たいと思っていた侯爵の本当の顔を見せてもらえて嬉しかったんです。だから今日だけの話し相手で終わるのは寂しいと思って・・・。どうですか?侯爵も心残りがなくなってスッキリするし、私もユリエさんの代理とはいえ侯爵の為人をもっと知れるのは嬉しいし、お互いに悪いことはないでしょう?」

「わかった。お願いしよう」


半ばリリアンに説得される形で了承したアレクは、彼女の強引さが初めて会った頃の百合恵を彷彿とさせて切なげに目を細めた。


「侯爵、よろしくお願いしますね」

「・・・ユリエの代わりなら私のことはアレクと呼んでくれ」

「・・・・・・」

「ほら、あなたから言い出したことだろう?」


アレクが揶揄いを含んだ声で催促すれば、リリアンは言葉に詰まりながらもその名を呼んだ。


「アレ、ク・・・」

「よろしく、リリアン」


強引に話を進めておきながらアレクの名前を呼ぶことに緊張と照れを見せるリリアンに、アレクは苦笑した。

左の口角を上げるその笑い方は、むかし百合恵が「アレク」と強引に名を呼んだ時と同じものだった。


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