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四話 花のような人

海の見える公園で泣いてしまった日。

あの日以来、アレクは胸の内にわだかまっていたものが消え穏やかに過ごせていた。

抑え込んでいた感情が溢れだし、百合恵への愛しさだけではない苦しさや悲しさ、嫉妬などの醜い感情まで、自分のうちに溜まっていたものをアレクは認めた。

それらは涙と一緒に流れていった。

百合恵とラルフを見れば、苦しさも切なさも嫉妬も感じるが、今は静かに見守っていられる。

百合恵を助けなければ、何か彼女の役に立たなければという切迫した思いは消え、ラルフと笑いあう百合恵の姿を切なくも、緩やかな愛しさとともに見つめることが出来るようになった。

そして二人の挙式の日。

アレクは花嫁の父の代理として百合恵のエスコート役を全うした。

そんなアレクに百合恵は言ってくれたのだ。


『あなたが私を愛してくれたことを私は覚えてる』

『あなたが言ってくれた言葉もずっと覚えてる』


涙を流しながら『ありがとう』と言ってくれた百合恵の言葉に、アレクは報われる思いがした。

アレクの想いは決して無意味なものではなかったと。

百合恵の中に今も息づいていて消えることはないと。

百合恵と自分の愛し方は変わっても、全て無かったことになるわけではないと。

だから百合恵の涙を拭う役目も、百合恵を幸せにする役目も、素直にラルフに渡すことができた。

涙を流して感謝を述べる百合恵に向かって、彼女が好きだと言ってくれた自然な微笑みをアレクは贈った。



式が終わり、ラルフと百合恵は海の近くにある別邸で一週間ほど過ごしたのち戻ってきた。

相変わらず「アレク様」と呼ぶ百合恵に胸が痛み、以前のようにアレクと呼んでほしいと言ったが、周囲の目に配慮したのか百合恵は「アレクさん」と呼ぶようになった。

それは百合恵なりのけじめかもしれないと思い、受け入れることにしたアレクだった。


そんなある日、アレクの執務室で領地経営についてラルフと話をしているところに百合恵がやって来た。


「お仕事中にすみません。お母様がラルフに会わせたい方がいらっしゃっているから、すぐに来てほしいと。興味があればアレクさんも」

「母さんが?相手のことは何か言ってた?」

「たぶんお母様がお気に入りのサボン屋さんだと思うんですけど」

「サボン屋?なにか取引できそうなのかな」

「まえにお母様から分けていただいたサボンは肌がつるつるになりましたよ」

「そういえば・・・。欲しい?」

「はい」

「じゃあ会ってみようかな」


ラルフと百合恵の会話を黙って聞いていたアレクに百合恵が声を掛ける。


「アレクさんもどうですか?香りがよくて癒されますよ。アレクさんが好きなミント系があるかも」

「・・・会おうか」


百合恵が自分の好みの香りを知っていたことに驚きつつも嬉しくなり、アレクはつい行くと言ってしまった。

ラルフをちらりと見遣ったが特に気にした様子もなく、百合恵の背に手を回し部屋を出ていこうとしている。

アレクは静かに息を吐き、あとを追って席を立った。



一階の応接室にはすでに商品が並べてあり、母ローザがサボン屋の女性と話をしていた。

アレクの後に続きラルフと百合恵が入室すると、サボン屋の女性が立ち上がった。

その姿を見てアレクは目を見開いた。


「今日みんながいてくれて良かったわ。とっても良いサボンなのよ。ああ、そうそう。こちらはヴァレイサボン店のお嬢さんでリリアンよ」

「リリアン・ヴァレイと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


リリアン・ヴァレイと名乗った女性は、アレクが海の見える公園で会った黒髪の女性だった。

驚きに固まるアレクをよそに、彼女はラルフたちと自然に挨拶を交わしている。

彼女はアレクのことを覚えていないのだろうか。

百合恵はここのサボンをかなり気に入ったようで、自分の好きな香りを使いオーダーメイドで作れないかと持ち掛けていた。

ラルフは百合恵の交渉をにこやかに見守っており、その横で母ローザは自分も便乗しようと待ち構えている。

リリアンも百合恵の提案には乗り気で、店に帰り父親に相談してみると前向きな回答をしている。

そんな中アレクだけが取り残されたように一言も発せず、リリアンを見ていた。

だがリリアンがアレクを見ることはなく、一度も目が合うことなくリリアンは帰っていった。

アレクは一旦執務室に戻ったものの、やはり彼女のことが気になりあの公園に行ってみることにした。

この屋敷を出た帰り道にあの公園に彼女は寄るのではないかと思ったからだ。

涙を見られ、その後会うのが気まずいと思っていたはずが、なぜか無性に彼女が気になるのだ。

アレクは急ぎ足でいつもの場所へ向かうと、いつものベンチに彼女がいた。


「リリアン・・・」


アレクの声に黒髪を揺らして彼女が振り返る。

彼女と同じベンチの端にいつものように腰を下ろしたアレクに彼女は微笑みかけた。


「また会いましたね、グランヴィル侯爵」

「・・・私のことを知っていたのか?」

「ええ、何度もお屋敷に商品をお届けに行っているので。その時にお見かけしたことがありました」

「そうだったのか。・・・では何故先ほどは私を無視したのだ」

「なんだか侯爵は私の顔を見て驚いているようでしたから。会いたくなかったのかと思いまして。その・・・男の人は泣いてるところを見られたくないって聞くし・・・」

「私に気を遣っていたというわけか」

「ええ、まあ・・・お屋敷で何度か侯爵とすれ違っても私のことは空気扱いで素通りだったので、今回も気にされていないとは思ったんですけど。念のため・・・」

「そうか。ありがとう」

「え?!」

「どうかしたか」

「いえ、まさかお礼を言われるとは思っていなくて。余計なことをするなと言われるのがせいぜいかなと思っていたので」

「・・・私も気遣いに対して礼くらい言う。私をなんだと思っているんだ」

「見た目の通り冷たい人かと・・・」

「・・・」


アレクは思わずこめかみを押さえてため息をついたが、だんだんこの素直過ぎる発言をする彼女のことが可笑しくなってきて笑ってしまった。

困った顔をしたと思ったらいきなり笑い始めたアレクを、リリアンは驚きの目で見つめた。


「私はあなたのことを花のような人だと思っていた」

「花・・・?」

「ああ。その場所を美しく彩っているのに、風景に溶け込んで消えることもできる。このベンチに座るあなたは私にとってそんな存在だった」


リリアンは花にたとえられて照れたようにはにかんだが、なんと言葉を返していいか戸惑っているようでもあった。

そんなリリアンにアレクはアイスブルーの瞳を真っ直ぐ向けた。


「リリアン。今だけ私の話し相手になってくれないか」


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