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三十三話 想うからこそ

夜会会場を後にしてからアレクの屋敷に着くまでリリアンはずっと無言で俯いていた。

アレクは無理に話を聞き出すことはせず、代わりにリリアンの肩を抱き寄せた。

アレクの腕を拒まず素直に寄り添ってくれるリリアンに、アレクは安堵した。

先ほど見たリリアンの瞳には拒絶の色が浮かんでいるように感じられたため、そばにいることすら拒まれてしまうのではないかと危惧していたのだ。

屋敷に着き、リリアンを部屋の前まで送ったアレクは、リリアンの肩を抱いている腕を外すことができなかった。

部屋の前まで来ているのに、なかなか部屋に入らせてくれないアレクに、どうしたのかと問うようにリリアンは視線を向けた。


「少し話をしないか?」

「・・・」

「リリアン」

「私・・・」

「このままではお互いに眠れないだろう?」

「・・・はい」


リリアンの肩を抱いたままアレクは扉を開けて部屋へ入ると、リリアンをソファに座らせ自分も隣に腰掛けた。

アレクは肩を抱いていない方の手で、膝に置いてあるリリアンの手を優しく包み込んだ。


「あなたの話を聞きたいが、まだ心の整理がつかないか?」

「はい・・・」

「では私の話から聞いてくれ。私が夜会で踊った相手だが、私が親しくしているノートン卿の従妹だ。ノートン卿に頼まれて彼の顔を立てるために踊っただけで、相手の女性とは何の関係もない。だがそれであなたを傷つけてしまったのは本当にすまなかった」

「いえ・・・大丈夫です・・・」

「リリアン。私が好きなのはあなただけだ。結婚したいと思うのもあなただけだ。信じてほしい」


リリアンはアレクの真摯な態度が胸に痛かった。

アレクがリリアンのことを大切に想ってくれているのは十分に伝わってくる。

リリアンもそのことを疑ってはいない。

ただ、そんな誠実で優しいアレクの立場を自分が悪くしているのだと思うと素直に喜べなかった。

夜会で女性に言われた言葉がリリアンの頭から離れない。

アレクがリリアンを選ぶことで、コーデリア嬢の侯爵家やアレクと仲が良かったノートン卿を敵に回してしまうかもしれないと言われ、リリアンは自分とアレクが婚姻することの弊害を教えられた。

もしアレクが自分を選んでくれても、リリアンはそんなアレクのために何もしてあげられないのだ。

それなら初めからアレクを困らせることをしたくないとリリアンは思った。


「今夜の夜会に出てよくわかりました・・・。私は・・・貴族の方々のなかで生きていくのは無理です」

「リリアン・・・」


アレクの両手に力が入り、リリアンの手を優しく包み込んでいた手が強張るのがリリアンにも伝わってくる。

だがリリアンにアレクの手を握り返すことは出来ず、俯いてその手を見つめるだけだった。


「もし・・・もし、社交界に関わらなくて済むのなら、私の側にいてくれるか?」


アレクの言葉にリリアンは顔を上げて彼の瞳を見た。

アイスブルーの瞳は真剣味を帯びていて、そのことがただの仮定の話ではないようにリリアンには思えた。

自分を社交界へ関わらせなくて済むように、アレクが何か無理をするような気がする。

リリアンを選ぶことでノートン卿やコーデリアの家と対立するだけでなく、さらにリリアンのためにアレクは社交界との縁を狭めようとしているのだろうか。

それではアレクやグランヴィル侯爵家にとって悪影響が出てしまう。

そう思うと、リリアンはアレクの言葉に頷くことが出来なかった。


「私は領地に戻りたいと思います。・・・そこで私だけの幸せを見つけます」


リリアンからの別れの言葉を聞き、アレクは息を飲んだ。

酷く傷ついた目をしたアレクを見ていられず、リリアンはまた俯いてしまう。

アレクはリリアンの肩に回していた手を彼女の頬に寄せると、そっと俯いてしまった顔を上げさせた。

リリアンのマリンブルーの瞳と、アレクのアイスブルーの瞳が互いを見つめ合う。


「貴族である私を愛することはできないか?・・・ただのアレクシス・グランヴィルだったなら愛せたか?」


切なげに問うアレクの声と頬を包む温かい手に、リリアンの胸は締め付けられた。

アレクの親指が愛しそうにリリアンの頬を撫でている。

リリアンの中にアレクへの愛しさが膨らんでいき、このまま口を開けば愛していると言ってしまいそうだった。

アレクを困らせることも、嘘をつくこともしたくなかったリリアンは、アレクの問いに答えることが出来なかった。









アレクがリリアンから別れの言葉を告げられた三日後、アレクが用意した馬車に乗り込むリリアンの姿があった。

アレクはリリアンの希望通り、彼女を侯爵領まで帰してやることにしたのだ。

旅の安全の確保のため、翌日すぐに出発することは出来ず、全ての手配が終わった三日後の出発となった。

アレクが一緒に送っていくことは出来ないため、腕の立つ従者や侍女代わりになる者を手配し、リリアンが安全に領地まで帰れるようアレクは入念に気を配った。

準備が整い、馬車に乗り込むリリアンに手を貸したアレクは、扉を閉める前に馬車の中に身を潜り込ませリリアンの手を握った。


「気を付けて」

「アレク・・・ごめんなさい」

「あなたは何も気にしなくていい。どうか健やかな日々を」


リリアンの手の甲に唇を落としたアレクは、名残惜しむようにゆっくりと体を離した。

馬車の扉が閉まり走り始めると、窓越しに振り返るリリアンが見える。

アレクはその姿が見えなくなるまで見送っていた。


馬車はすぐに見えなくなり、アレクはしばらくその場に立ち尽くしていた。

気分を入れ替えるように一つ息を吐いて振り返ると、執事のウィルフレッドが少し離れた場所で控えていた。

アレクを気遣わし気に見つめるウィルフレッドにアレクは歩み寄った。


「行ってしまったな」

「・・・いいのですか?」

「私の不甲斐なさのせいで彼女の不安を払拭することが出来なかったからな。・・・彼女を傷つけてしまった自分が情けない」

「アレクシス様・・・」


感傷に浸るようなアレクの声にウィルフレッドは何と声を掛けていいのか迷った。

だが次の瞬間アレクが顔を上げると、その目つきが鋭く変わっていることに気付き、ハッと息を飲んだ。


「ウィル・・・これから忙しくなる。手を貸してくれ」

「・・・もちろんでございます」


その変貌にウィルフレッドは驚いたが、リリアンとのことが影響してアレクが変わろうとしていることは明白だった。

ウィルフレッドは一礼するとアレクに付き従い屋敷へと戻った。


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