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三十二話 信じられるか3

リリアンは急いでラルフの元に駆けつけようとしたが、慣れないドレスのせいで走ることが出来なかった。

大勢いる夜会客の間をすり抜けけるのは場慣れしていないリリアンにとっては難しく、気持ちばかりが焦っていく。

百合恵のためにも早くラルフを呼ばなければと、ドレスの中で出来る限り早く足を動かしながら進んでいくと、タイミングよくラルフがこちらに歩いてくるのが見えた。


「ラルフさんっ!ユリエさんが」

「わかってる。ありがとう」


厳しい表情をしたラルフが一瞬だけリリアンに向かって微笑むと、そのまま足早に百合恵の元へ向かって行った。

ラルフが行ってくれれば、あとはもう大丈夫だろうとリリアンは少しだけ肩の力を抜いた。


ラルフの後を追って百合恵のもとに戻ろうとするリリアンの目の前に、すっとローズピンクのドレスを着た女性が歩み出て来た。

行く手を阻まれる形になったリリアンはぶつからなくて良かったと思いながら、会釈をしてその女性の横を通り過ぎようとした。

しかし避けようとするリリアンにその女性は侮蔑を込めた視線と言葉を投げかけてきた。


「このような夜会でそのように慌てて歩くなどみっともないですわよ」

「・・・すみません」


女性の言葉にリリアンは自分が貴族女性のマナーに反していたことを知り、顔を俯かせた。

百合恵のことが気がかりで先ほどは早歩き状態だったし、今も急いで百合恵のもとに戻ろうとしていたことは確かだったため、リリアンは素直に謝罪した。


「あなたはグランヴィル侯爵のお連れの方ですわよね?」

「はい・・・」

「侯爵を探していらっしゃるの?侯爵ならあちらにいらっしゃるわよ」


女性の声は冷たさが滲んでいたが、アレクの居場所がわからなくなっていたリリアンは思わず女性が示す方に目を遣った。

そこにはアレクと少し年嵩の男性ともう一人、プラチナブロンドの美しい女性がいた。


「ノートン卿とそのいとこのコーデリア嬢ですわ。ご存知?」

「・・・いえ」

「グランヴィル侯爵とコーデリア様、お似合いでしょう?近々ご婚約なさるそうですわ」

「え?」


驚きに見開かれるリリアンの瞳を可笑しそうに見つめ返しながら女性は話を続ける。


「グランヴィル侯爵とノートン卿は仲がよろしいでしょう。その関係でコーデリア様も侯爵とは何度もお会いしていたそうですの。ノートン卿もかなり乗り気なようですし、水面下で話が進んでいるようですわ」

「そんなこと・・・アレクは・・・」

「侯爵のことを随分と馴れ馴れしくお呼びになるのね。身の程を知らないのかしら?」

「・・・・・・」

「失礼ながらコーデリア様のためにあなたのことを少し調べさせてもらったの。ただの商人の娘なのに、侯爵のご厚意に甘えてお邸に居候しているそうね。それで勘違いされてしまったのかしら?」


自分が一番気にしている身分のことを指摘され、リリアンは胸の痛みに耐えるために拳を握った。

目の前にいる女性の蔑むような視線から逃げるように、リリアンはアレクの元へ視線を向けると、穏やかな表情のアレクが談笑している姿が見えた。

いつもリリアンに見せている顔とは少し違う、侯爵の顔をしたアレクの姿だった。

その表情を見てリリアンは揺らぐ瞳に力を込めた。

アレクが不安になる自分にいつも言ってくれる言葉を、リリアンは自分に言い聞かせるように呟いた。


「アレクは身分に関係なく私を必要としてくれています。私も彼が好きです。だから・・・」

「恥知らずな人ね。あなたは本当にそれでいいと思っているの?侯爵の優しさにつけ込んでいるのではなくて?・・・見て御覧なさい」


女性に促されてホールを見ると、そこにはそれまで談笑していた二人が優雅に踊る姿があった。

煌くホールで踊る二人はまさに美男美女の絵になる美しさで、周囲からはため息が漏れていた。

二人の姿を見て固まるリリアンに、女性は勝ち誇ったように追い打ちをかける。


「グランヴィル侯爵はいつもは誰とも踊らないのに、きっと今夜は特別ということね。ノートン卿に勧められたらグランヴィル侯爵も断らないでしょう。そもそも今のご様子を見る限り侯爵ご自身もコーデリア様を気に入っておられるみたいね。あなたは侯爵を困らせる存在になっていることに気付いた方がいいわ」

「・・・でも、アレクは・・・」

「立派な侯爵家という家柄のコーデリア様と比べてあなたに何が出来るというの?もしあなたのせいでグランヴィル侯爵がコーデリア様との縁談をお断りになれば、コーデリア様のご実家だけでなく、ノートン卿をも怒らせることになるわよ。あなたやご実家は侯爵に何かあった時に助けてあげられるの?それでよく堂々と隣に居れるわね」


女性の辛辣な言葉にリリアンは口を噤み立ちすくんだ。

やっとそのままの自分でもいいと思えるようになってきたリリアンにとって、この女性の言葉はあまりにも重く厳しいものだった。

顔色を悪くし揺らぐリリアンの瞳を見て、リリアンの傷心具合を悟った女性は満足げな笑みを浮かべてその場を立ち去っていった。








アレクはリリアンと百合恵がデザートのテーブルへ移動する後ろ姿を見送ってから、ノートン卿の元へ向かった。

初めは二人で話していたが途中で女性に声を掛けられ、アレクとノートン卿は話を中断した。


「ごきげんよう。フィリップお兄様、グランヴィル侯爵」

「ごきげんよう、コーデリア」

「ごきげんよう」


ノートン卿に続き挨拶をしながらアレクはこの女性がノートン卿の従妹にあたることを思い出していた。

ノートン卿の屋敷で一~二度会ったことがある程度だが、兄弟のいないノートン卿がやたらと可愛がっていたという印象がアレクには残っていた。


「コーデリア、今夜は一段と可愛らしく仕上げたね。グランヴィル侯が参加すると知っていたからかな?」

「お兄様ったら・・・」

「グランヴィル侯。どうだい、コーデリアは?美しいだろう?」

「・・・確かにお美しいですね」


心の籠らぬアレクの世辞にコーデリアが頬を染める。

アレクを見つめる熱の籠ったコーデリアの瞳に、アレクは面倒なことになりそうな予感がした。

コーデリアが会話に加わってきた時点で今回はノートン卿と実りある会話をすることは無理だと判断したアレクは、リリアンの元へ向かおうかと視線をホールへと向けた。

それをホールで始まったダンスへの関心と勘違いしたコーデリアがそわそわとノートン卿に視線を送る。

それに気付いたノートン卿は苦笑交じりに頷いた。


「グランヴィル侯。よかったらコーデリアと踊ってくれないか」

「私が?・・・あなたの方がコーデリア嬢のパートナーに相応しいのでは?」

「私とはいつでも踊れるからね。コーデリアはあなたに憧れているし、一度だけ夢を叶えてやってくれないか」

「・・・わかりました。コーデリア嬢、いかがですか?」

「はい、よろこんで」


コーデリアは差し出されたアレクの手を取ると、喜々としてホールの中央へと進んでいった。

アレクは熱心に自分を見つめてくるコーデリアにうんざりしながらも顔には出さず淡々とリードを取っていた。

そんなアレクの心情に全く気付くことなく、滅多に女性と踊らないアレクと踊れることにコーデリアは酔っていた。

コーデリアは従兄であるノートン卿の屋敷で初めてアレクを見たときから、その凛々しい姿に心を奪われていた。

すでに爵位を継いでおり豊かな領地を持つアレクなら、同じ侯爵位を持つ家に生まれた自分の相手に相応しいとコーデリアは思った。

アレクを狙う家は多いが、家柄も容姿もコーデリアに勝る者はなく、しかも従兄はアレクと仲が良いため繋がりを持てている。

いつもは女性に自ら話しかけることのないアレクが、従兄を交えてではあるが自分にも話しかけてくれることにコーデリアは優越感を覚えていた。

だからこそコーデリアはアレクの花嫁候補の最有力者だと自信を持っていた。

以前クレイニー公爵の夜会にアレクが女性を同伴したときは焦ったが、その女性は結局弟であるラルフと結婚したためコーデリアは胸をなで下ろした。

しかし今度は王宮の夜会に別の女性を同伴し、しかも踊ったと聞いた時、コーデリアの胸に再び焦りと嫉妬が生まれた。

どこの令嬢に出し抜かれたのかと歯がゆい思いをして調べてみれば、侯爵領の商人の娘だと知り、コーデリアは気分が悪いながらも落ち着きを取り戻した。

単なる商人の娘を侯爵が本気で相手にするはずはないと思ったからだ。

おそらく彼女は侯爵領かグランヴィル商会にとって有益な商人の娘ということで少しばかり優遇してあげているのだろう。

そう思いながらも焦りが出て来たコーデリアはアレクと直接話す機会が欲しくなった。

そこで従兄を頼り、この場をセッティングしてもらったのだ。

万が一にでも邪魔が入らないように、友人にも頼りアレクが同伴してくる女性の足止めをしてもらってもいる。

自分の美しさを十分に理解しているコーデリアはこの場でアレクを落とす自信があった。

熱い視線を送りながらコーデリアははにかんで見せた。


「グランヴィル侯爵と踊れるなんて夢のようです」

「・・・ダンスはノートン卿のほうが上手いと思うが」

「いいえ、私こんなに踊りやすいのは初めてです。侯爵がずっと私のパートナーでしたらいいのに」

「・・・」


コーデリアが頬を染めて見上げてみても、アレクの表情は変わらなかった。

手応えの無さに焦りを感じたコーデリアはさらに直接的な言葉を重ねていく。


「私、最近は結婚の話をたくさんいただくようになりましたの。でも私は本当に好きな方と結ばれたいと思っています」

「本当に好きな人か・・・。いいのではないですか」

「はい。私が心からお慕いしているのは侯爵・・・あなたですわ」


潤んだ瞳でアレクを見つめれば、アレクのアイスブルーの瞳がこの日初めて真っ直ぐにコーデリアを捉えた。

そのことに喜びを覚えたコーデリアはアレクと繋いでいる手にほんの少し力を込め誘惑の言葉を口に乗せた。


「アレクシス様・・・私をあなたのものに・・・」

「コーデリア嬢、それ以上は口にしない方がいい」

「侯爵・・・?」

「私には心に決めた相手がいる。あなたの想いには応えられない」

「・・・それは今宵ご一緒に来られた方ですか?」

「ああ、私には彼女だけだ」


アレクのはっきりとした拒絶にコーデリアは俯き唇を噛んだ。

曲が終わるとアレクは余韻も残さずコーデリアを連れてノートン卿の元へ戻っていく。

謝罪も慰めの言葉も口にしないアレクに、泣き落としは効かないことを悟ったコーデリアはどうにかしてアレクを自分に向ける方法がないかと探した。

コーデリアの表情を見てアレクに振られたことを理解したノートン卿は黙ってアレクからコーデリアを受け取った。


「悪かったね、グランヴィル侯。いい思い出になっただろう」

「いえ。それでは私はこれで・・・」

「・・・待ってください」


去ろうとするアレクをコーデリアが呼び止める。

その声と表情は悲しみの中に怒りが含まれているとわかるものだった。


「どうしてですの?身分も何もない女性を選ばれるなんて・・・」

「コーデリア、やめないか」


ノートン卿がたしなめるのも耳に入らず、コーデリアはアレクに決まった相手がいるという悲しみ以上に、アレクに自分が選ばれなかったという怒りを感じていた。

コーデリアの自尊心は自分より身分も容姿も格下の相手に負けたという事実に傷つけられていた。

そんなコーデリアの様子に、アレクはひっそりとため息をついた。


「あなたは先ほど本当に好きな相手と結婚したいと言ってなかったか?」

「・・・そうですけど」

「私も同じだ。私が好きになった相手と結婚する。それだけだ」

「私もっ・・・私も侯爵が好きです。私のほうが身分も何もかも釣り合って上手くいくはずです」

「私はあなたを愛してはいない。そんな結婚であなたは幸せになれると?」

「・・・・・・。でも、ただの商人の娘など・・・ご両親から許されますの?そんな結婚をしても侯爵家の繁栄には繋がりませんわ」

「我が侯爵家を政略結婚に頼らなければならないほど力が無いと侮辱しているのか」


アレクから静かだが冷たい怒りを向けられてコーデリアは身を竦ませた。


ノートン卿の従妹だからと、ここまで向き合ってきたが、アレクはいい加減うんざりしていた。

もしこれがリリアンで、ごねているというのなら、アレクはいくらでも時間を費やし話を聞いてやるし説明の言葉を惜しんだりもしないだろう。

同じ女性なのに自分の態度がこうも違うのは我ながら呆れるなとアレクは思いつつ、ここにはもう用はないとノートン卿に目配せをするとその場を離れた。






アレクがリリアンを探しながら歩いていると、ラルフが手を上げてアレクを呼んでいるのが見えた。

足早にそこに向かうと眉間にしわを寄せて怒れるオーラを出している百合恵と眉尻を下げたラルフ、その影に少し疲れた様子のリリアンがいた。


「どうかしたのか?」

「兄さん、ごめん。少し絡まれてしまったみたいなんだ」

「リリアンが?!」

「ああ。ちょうどユリィが男に絡まれてて、それを助けに行ったときに、彼女を一人にしてしまったんだ。そのときに高飛車なお嬢さんに絡まれたようで・・・」


アレクはラルフの言葉を聞きながら硬い表情のリリアンの背を撫でてやる。


「大丈夫か?」


皆を心配させないように微笑むリリアンの姿は明らかに無理をしていた。


「大丈夫じゃありません。この役立たず!」


自分に向けられ暴言にアレクは驚き、その声の主を見た。

そこには先ほどから怒りのオーラを隠しもせず手を腰に当てアレクを睨み付けている百合恵がいた。

百合恵からこんな暴言を吐かれたのは初めてで、アレクは戸惑いつつ、どうして百合恵がこんなに怒っているのかラルフに助けを求める視線を送った。

だがラルフは片手で顔を覆ったまま、肩を震わせており、アレクの疑問に答えてくれそうになかった。


「あー・・・ユリエ?いったい何が・・・」

「何がですって?他の女性と踊っておいて、よくもぬけぬけと!」

「え・・・」

「あなたがそんな態度だからリリアンさんがあんな女狐に絡まれるんですよ!」


不必要な注目を集めないように百合恵の声は抑えられていたが、その憤りは確実にアレクの胸に届いた。

怒れる百合恵をなだめるのはラルフに任せ、アレクはリリアンに向き直った。

リリアンは困ったように微笑むだけで何も語らない。

リリアンを守るどころか、彼女を攻撃する口実を与えたことになった自分にアレクは腹がたった。


「リリアン・・・すまなかった」

「アレク。・・・今日はもう疲れました。まだ帰れませんか?」

「いや・・・すぐに帰ろう」


リリアンの暗い瞳にアレクは言葉を失った。

自分が他の女性と踊ったことを気にしているのなら、リリアンが納得するまで理由を話したいし、これからリリアンと何曲だって踊ってもいい。

どこかの令嬢に絡まれて傷ついているのなら、その話を聞き傷ついた心を慰めたいし、泣きたいのならずっと胸に抱いていたい。

だがリリアンの瞳はアレクを拒んでいた。

アレクの胸にこのままリリアンの手が自分から離れていってしまう危機感が走った。


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