三十話 信じられるか
リリアンは背を撫でられる心地良さに身を委ね、もう少し微睡んでいたい、そんな気分でぼんやりと側にある温もりに身を寄せた。
素肌に触れる温もりの心地良さは最高で、リリアンは頬をすり寄せる。
その温もりを抱え込もうと伸ばした腕に感じる硬い感触は布団や枕とは違っていて、リリアンは手を彷徨わせる。
いつもの朝とは何かが違うと感じながら少しずつ意識を覚醒させていった。
「んん~~・・・?」
手に触れるのは先ほどからリリアンが頬擦りをしている温もりと同じ肌触りで気持ちいいのに、それが何なのか思い当たるふしがない。
「リリアン・・・くすぐったい」
「・・・?!」
頭上で聞こえた笑いを含む声にリリアンの頭は一気に回り出した。
目を開けたリリアンの前にはアレクの裸の胸があり、強制的に昨夜のことを思い出させる。
目覚めてすぐに羞恥にかられたリリアンはアレクの胸から離れようと腕を突っ張ったが、すぐにアレクから引き戻された。
「よく眠れたか?」
「・・・はい」
「辛いところはないか?」
「・・・はい」
「もう少し休むか?」
「・・・もう起きます」
リリアンの返事を受け、アレクは一度リリアンを強く抱き込みこめかみに唇を落とすと起き上がった。
アレクはベッドサイドに置いてあったガウンを取ると体を隠しながら起き上がったリリアンの肩に掛けてやる。
「食事の前に湯を浴びるといい」
リリアンはガウンをしっかり纏うとベッドから足を下ろした。
下半身に残る違和感に僅かに眉をしかめたが痛みというほどでもなかったので、そのまま浴室へと向かおうとしたところをアレクに止められ体を掬い上げられた。
「アレク?!」
「体が辛いのだろう?」
「でも痛いってほどでもないし・・・」
「痛くなくても、無理はしないで私に言ってくれ」
浴室までリリアンを運んだアレクは、リリアンに抵抗する間も与えず素早くガウンを脱がすともう一度抱き上げ湯に浸からせた。
リリアンが生理痛で倒れたときも今と同じように湯に浸からせてやったことを思い出して微笑むと、アレクは羞恥に染まるリリアンの顔を覗き込んだ。
「一緒に入っても?」
勢いよく首を横に振るリリアンを見てアレクは苦笑した。
半分は本気で半分は冗談のつもりだったが、これ以上揶揄うとリリアンが逆上せて倒れそうだ。
「仕方ないな。私は自室で入るよ。上がったら私の執務室に呼びに来てくれ。一緒に食事をとろう」
そう言うとアレクはリリアンの赤い頬に口づけを残して浴室を出て行った。
残されたリリアンは昨夜からの急な展開に未だ戸惑う心を残しつつも、アレクがくれる優しさと甘さに満たされていた。
これまでリリアンがアレクに甘い言葉を囁かれても素直に受け取れなかったのは、アレクのなかに自分の居場所を見つけられず不安だったからだ。
だが昨夜、その不安ごと自分の胸の内をアレクにぶつけ、お互いの本音を知ったことでリリアンはやっとアレクの想いを受け入れることができた。
アレクの言動を勘ぐったり不安がったりすることなく素直に受け入れることができるようになると、こんなにも胸が満たされることをリリアンは知った。
気恥ずかしさと幸福感が漂う湯船にリリアンはしばらく浸かっていた。
入浴後着替えを済ませたリリアンは寝室の奥にあるアレクの執務室へ続く扉を叩いた。
扉の向こうからアレクの「どうぞ」と言う声が聞こえリリアンが扉を開けると、アレクは執務机で書き物をしている途中だった。
「ちょうどいい所に来てくれた。ご両親に手紙を書いている所なんだ。何か伝えたいことがあるなら同封するが」
「ご両親?ローザ奥様達にですか?」
「違う。あなたのご両親だ」
「えっ?!うちに?どうして・・・」
「婚約するのだから当然のことだろう。今はまだ領地に帰れないから、ひとまず手紙で気持ちを伝えておきたい」
「アレク・・・」
アレクと想いが通じ合ったことで満たされた気持ちになっていたリリアンだったが、結婚の話となると途端に怖さを感じた。
アレクのことを好きなことは間違いないし、結婚出来たら嬉しいと思うが、それを周囲に認めてもらえるかどうかは自信がなかった。
リリアンに戸惑った瞳を向けられたアレクは席を立ち、その髪を愛しげに撫でた。
「ご両親にはまだ知らせたくないか?」
「アレク・・・私、まだ自信がなくて・・・嬉しいけど、本当にいいのか・・・」
「身分のことがまだ気になるか?」
「・・・はい」
「リリアン。あなたの結婚相手は私であって他の貴族たちでもなければ社交界でもない。あなたが気にすることはあなた自身の気持ちだけでいい」
「アレク・・・」
「私はあなたを愛しているし、あなたも私を愛している。結婚の理由はそれだけで十分だ」
アレクはリリアンに自信を付けさせるように言葉を重ねた。
昨夜リリアンの本音を聞いてからアレクは自分が思っていた以上にリリアンが身分の差を気にし思い悩んでいることを知った。
アレクが真摯に想いを告げ、将来を約束し、体を重ねることで愛情を確信し自信が付くかと思ったが、そう簡単に身分の隔たりを気にするリリアンの不安は消えないようだ。
リリアンが不安にならないように出来るだけのことをしたいとアレクは思っている。
アレクにとってリリアンは愛しい人であり必要な存在であるということを今後は言葉でもしっかり示していくつもりではあるが、それだけでは足りないこともアレクはわかっていた。
リリアンは貴族社会の目を気にしているのだから、その社交界から認められたと本人が思うまでは不安は続くのだろう。
アレクとしては社交界とは関係なく、リリアンが自分はアレクから愛されていてアレクの相手に相応しいと思うようになってほしい。
リリアンに自信が付くまで、そのままの彼女を愛していると何度でも告げるつもりでいる。
だがそれには時間がかかるだろうから、ひとまずリリアンに自信をつける道としてアレクは彼女の両親に手紙を送ることにしたのだ。
まずは身近な人でいいから自分たちの婚約を認め祝福してもらえれば、リリアンにとって自身の種となるだろうとアレクは思った。
正式な婚約は領地に帰り直接リリアンの両親に会ってからになるだろうが、手紙だけでも認めてもらえたという事実を作ることは大きいだろう。
アレク自身はすでに侯爵家を継いでいるため両親の許可は必要ない立場であり、彼らがこの婚約に反対することはないとわかっているが、領地に居る両親にもリリアンとの婚約を報告する手紙をすでに用意していた。
それは貴族という立場の人間から認められるという形式を用意したかったからだ。
たとえアレクの両親でも一応は貴族から認められたという事実はリリアンを勇気づけてくれるだろう。
だがリリアンが自分に自信が付くまで誰にも知られたくないというのであれば、アレクはそれを尊重するつもりでいる。
アレクに出来るのはリリアンがそのままの自分を信じる手助けをすることだけだある。
だからリリアンが納得いく方法を選べばいいと思っていた。
アレクはそんなリリアンを助け、支えていくつもりでいる。
アレクの想いの全てを言葉だけでリリアンに納得させることは難しく、もどかしい気持ちもあるが、リリアンも自分を想ってくれているとわかった以上焦る必要はない。
ゆっくりと時間をかけて二人の愛情と共に、リリアンの自信を育てていけばいいだけの話だ。
アレクは不安を抱えるリリアンでさえ愛しいというように優しく口づけた。




