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二十八話 私以外のもの

夜会が終わり、翌日からリリアンは精力的にサボンの試作に取り掛かった。

夜会で得たインスピレーションが消えぬうちに作りたいという理由もあるが、一番は早く一人前の商人になりたいというところが大きい。

夜会で貴族たちの中に自然に溶け込んでいる百合恵を見て、自分もそうなりたいとリリアンは思った。

夫であるラルフのグランヴィル商会で働く百合恵が仕入れる商品を貴婦人たちは楽しみにしているようだった。

そこには百合恵への信頼が見て取れ、百合恵が勧める商品なら間違いないと思っている様子がよくわかった。

貴族でないリリアンにとって、同じ立場の百合恵が貴婦人たちに認められている姿は憧れであり、目標となったのである。

昼夜問わず試作を重ね、一週間のうちに試作品を完成させたリリアンは珍しくアレクにひとつのお願いをした。


「お邸の方に試作品を試してもらってもいいですか?」

「それは構わないが、ひとつ条件がある」

「条件?」

「私に一番に持ってくることだ」

「アレクも試してくれるんですか?嬉しいです!」

「私も楽しみにしていたんだ。忘れないでほしいな」


アレクの揶揄うような笑みにリリアンの唇にも笑みが生まれる。

リリアンは試作品が出来たときアレクにすぐに届けたかったが、当主であるアレクに試作品を渡すのは失礼になるのではないかと思い止まったのだ。

試作品はメイリー夫人に渡せば使用人用の浴室に置いてもらえるとのことで、感想は各人がリリアンを見かけたときに伝えてもらえることになった。


「試作がひと段落したなら出かけないか?王都の店を案内しよう」


こちらに来る時から楽しみにしていた王都のお店を覘けると聞いてリリアンは喜んで頷いた。

サボンの試作を始めてから部屋に籠りがちだったリリアンを密かに心配していたアレクは、リリアンが誘いにのってきたことに安堵した。


馬車に乗り王都で人気の店が集まる大通りまで出ると、そこからはリリアンが気になる店を覘きながら歩くことにした。

貴族の買い物は御用聞きに任せることが多いが、貴婦人たちはお店を覘くことも楽しみにしている。

貴婦人たちがたまに訪れる場所だからこそ、各店は気に入ってもらえるように内装やディスプレイにはこだわりをもっていた。

豪華さを前面に出した店、シックにまとめた大人の雰囲気の店、パステル調の可愛らしい店など様々で、リリアンはどの店も隅々まで熱心に見回した。

一休みのために寄ったティーサロンでリリアンはうっとりとした瞳で息を吐いた。

アレクはその瞳の理由が自分であったら良かったのにと思いながら、リリアンを見つめた。

アレクの視線に気付いたリリアンは夢見心地でいる自分が少し恥ずかしくなりはにかんだ。


「王都はお洒落なお店ばかりでため息が出ます。どのお店も個性があるのに上品で素敵です」

「あなたのことだからサボンのヒントになるものを探していたのではないのか?」

「ふふふ・・・バレてました?うちのお店の内装をもう少し素敵に出来ないかな~と思ってヒントを探してました」


話しているうちにお茶とお菓子が運ばれてきた。

お皿にはコロンとしたパステル色のお菓子に、貝型をした小さな焼き菓子とチョコレートがのっている。

初めて見るお菓子にリリアンは目を瞬いた。


「こちらの丸いお菓子はマカロンという軽い食感のお菓子でございます。隣の貝の形をしたケーキはマドレーヌで、この二つは異国で流行っているお菓子でございます。チョコレートには菫の花をのせております。本日のお茶はベリーのフルーツティーになります。お砂糖を少量入れますとフルーツの甘みがより引き立ちますのでお好みでどうぞ」


スタッフの説明を食い入るように聞いていたリリアンは目を輝かせてテーブルを見ている。


「王都にはこんなに可愛らしいお菓子があるんですね」

「マカロンというのか・・・これは初めて見た」

「しかもこのシュガーポット!香水瓶みたいな綺麗なカッティングですね。あ~いい感じ」

「インスピレーションが沸いたのか?」

「はい・・・ちょっと浮かんだかも・・・」


ニコニコしながら浮かんだアイデアを話すリリアンを愛しそうに見つめながら、アレクは頭の中でリリアンのアイデアを実現するために必要な品が手に入る店をピックアップしていく。

リリアンが楽しそうにサボンの試作をしているのはアレクも嬉しいが、最近は頑張り過ぎているようで気になっていた。

リリアンの領域にむやみに立ち入る気はないが、少しでもラクに作業ができるように環境や備品を整えてやりたいとアレクは思う。

リリアン自ら頼ってきてくれれば嬉しいのだが、アレクや侯爵家に遠慮しているのとは別に、リリアンは何でも一人でやらねばと思っている節があり、アレクに頼み事をするのはせいぜい庭の花を使いたいということくらいだった。

誰にも頼らないことは、今は良くてもいずれリリアンを苦しめることになりそうでアレクは心配していた。

アレクもかつては立派な侯爵にならねばと理想を追いかけ、誰にも頼らず肩肘を張り、自分を抑えて頑張り続け苦しい思いをしてきた。

それはリリアンと出会うまで続き、リリアンの前で弱音を吐き、自分が無理をしていたことに気付き、自分が弱かったことを認めたことで楽になった。

だからアレクはリリアンにも無理はしてほしくなかった。

リリアンはサボン作りが自分の価値を上げると思っているようだが、アレクはそれとは関係なくリリアンを愛しいと思っている。


「リリアン・・・店を見て回るのは楽しかったか?」

「はい、とても楽しかったです」

「この店は?」

「目に映るもの全てが綺麗で素敵です。内装も食器もお菓子も。ここに来れて嬉しいです」

「その笑顔が私に喜びをくれることをあなたは知っているか?あなたは素直な感情を伝えるだけで私を喜ばせることが出来るんだ。すごいことだと思わないか?」

「アレク・・・」


顔を主に染めるリリアンは戸惑いながらも嬉しそうに微笑んだ。

そのままのあなたでいい。

自分の気持ちが少しでも伝わることを願いながらアレクはリリアンに微笑み返した。



邸に戻ったリリアンは部屋のソファに座り、今後のザボン作りの展望を考え始めた。

今日見て回った店と、先日の夜会からリリアンがわかったことは、貴族は特別感を重要視しているということだ。

値がはっても希少品を好み、使い勝手よりも優美さを優先させる。

今までは使っていなかった希少品種の花を贅沢に使ってみるのもいいかもしれない。

コストが掛かるため今までは試作を躊躇ってきたが、貴族に認められるには貴族相手に相応しい商品を作らなくてはならない。

固形サボンは通常の四角だけでなく、お菓子のように可愛らしい型に入れて作ろうか。

今日見たマドレーヌのような貝がらの型やバラの花型などはどうだろう。

数回使えば形が無くなるため意味がないようにも思えるが、美しいガラス容器にディスプレイすれば見た目に惹かれてときめいてもらえそうだ。

新しいことを始めるワクワク感と、絶対に成功させたいというプレッシャーの両方を感じながら、リリアンは花選びに取り掛かった。

幸い侯爵家の庭には珍しい品種のバラなど様々な花が咲き誇っている。

花から香りのエキスを抽出するには、両手に抱えきれないほどの花束を使っても小瓶一本分になるかならないか程度しか取れない。

アレクから許可が出ているとはいえ、さすがに希少なバラを手当たり次第摘むわけにはいかないので、香り立ちの良いものを選び小さめの束にして部屋に持ち帰った。

少量の花で香りを出すための工夫が必要になり、リリアンはその日からまた部屋に閉じこもるようになった。


食事の時間は使用人が呼びに来てくれるし、アレクを待たせたくないため食卓にはきちんと出ているリリアンだが、日に日に食が細くなっていった。

貴重なバラを使っているのに思うような香りが出ずリリアンは焦っていた。

早く認められるようになりたいと思って頑張っているのに上手くいかず時間だけが過ぎていく。

バラを無駄にしてしまいアレクや庭師に申し訳ないと思う。

だからこそ成果を出したいのに何度試しても納得いくものが出来ない。

睡眠時間を削って作業する日が増えたが、成果が上がるどころか逆に能率が落ち、食事中にぼうっとすることもしばしばだ。

アレクが心配して何度も休むように声を掛けたが、リリアンは曖昧に頷くだけで流していた。

リリアンをここまで追い詰めていったのは、貴族に認められたいという思いがあるからだが、それはアレクの結婚相手として見てもらえる可能性をそこに見つけたからである。

そしてリリアンの心には先日の夜会である貴婦人が言った何気ない一言がずっと引っかかっていた。


『侯爵は纏わりつく熱視線をかわすのがそろそろ難しくなってきていらっしゃる頃でしょうから、リリアンさんに出会えてほっとしたのではないかしら』


リリアンを褒める主旨で言われた言葉だが、リリアンは前半の『侯爵は纏わりつく熱視線をかわすのがそろそろ難しくなってきた』の部分に気を取られていた。

つまりアレクはもうすぐ結婚相手を決めるということだとリリアンは胸を締め付けられた。

アレクが相手を決めてしまう前に、早く自分も百合恵のように商人として認められ、貴族女性と同じ立ち位置に立ちたいと焦りが増すが、どんなに試作を続けても上手くいかない。

リリアンは自分の不甲斐なさに苛立ち、アレクが心配げに声を掛けてくれても、どうせいつかは離れてしまうくせにと心がささくれ立って、彼の優しさを素直に受け入れられなくなってきていた。

夕食後に交わすアレクとの会話も日々短くなっていき、食後すぐに席を立つ日も出てきた。


今夜も何か言いたげなアレクの視線を振り切り、リリアンは食後早々に席を立つと部屋に戻った。

机の上には作業途中のサボンの材料が散らばっているが、作業に取り掛かることも片付けることも億劫だった。

リリアンはしばらくカウチで休んだ後、今夜は珍しく早目に入浴して気分を変えようと浴室に向かった。

湯船に浸かりながら試作について考えようと思っても頭が働かない。

諦めて湯船から上がるとナイトウェアを着るのも面倒になり、バスローブのままフラフラと部屋へ戻る扉を開けた。


そこでリリアンは目を見開いた。

アレクがリリアンの部屋のソファに座っていたのだ。

それを見てリリアンは驚きに固まったまま動けなくなった。

アレクがリリアンの部屋に勝手に入ってくることなど今まで一度もなかったし、特に夜は部屋を訪ねてくることさえなかった。

それがなぜ今ここにいるのだろう。


「・・・アレク?」


向こうを向いて座っていたアレクがリリアンの声に振り返る。

その顔はリリアンが今まで見たことのない表情をしていた。

怒りと艶を含んだ瞳で、リリアンを挑発するかのような熱と、見下すような冷たさを併せ持って見つめている。

最近アレクの心配を無下にする態度を取ってきた自覚のあるリリアンは、ついにアレクを怒らせたのかとわずかに肩を震わせた。

その様子を見てもアレクは表情を変えず、リリアンの元へ大股で近づくと遠慮のない仕草で彼女の腕を掴んだ。


「来い」


いつにないアレクの強い口調と腕を掴む力強さにリリアンは戸惑う。

アレクはそのままリリアンを引きずるように寝室へ連れて行くと腰を掴みベッドへ投げた。

小さな悲鳴がリリアンの口から洩れる。

その声さえも無視し、ベッドのスプリングで弾むリリアンの体を抑え込むようにアレクは彼女の上に覆いかぶさった。




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