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二十二話 寝室の事情

今夜泊まる部屋を確認し荷物を入れたあと、部屋にアレクと残されたリリアンは馬車とは違う空気の流れる二人きりの部屋に落ち着かず、内装を見るともなく見ていた。

リリアンの緊張感を感じ取ったアレクは少し思案する様子を見せたあとリリアンに声を掛けた。


「せっかくだから露店を覘いてみるか?」

「いいんですか?」

「ああ。祭りまでは滞在できないが、雰囲気くらいは楽しめそうだからな」


リリアンは喜んでアレクの提案に頷き、二人は外に出た。

日が傾いても道行く人は絶えず、祭りの三日前だというのに露店は賑わいを見せている。

初めはアレクの腕に軽く手をかけ歩いていたリリアンだが、急に立ち止まったり歩く方向を変える人たちにぶつかりそうになったりして、アレクの腕から離れてしまった。

背の高いアレクを見失うことはなかったものの、はぐれてしまいそうでリリアンは露店を覘く余裕もなかった。

アレクは離れてしまったリリアンの肩を抱き寄せると顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」

「はい。でも人が多くてはぐれてしまいそうで・・・」

「そうだな。しっかり手を繋いでおこう」


軽く腕を組んでいるだけでははぐれてしまうと判断したアレクはリリアンの手を取ると互いの指と指を絡めた。

掌も指も全体が密着してしっかりと握られてる感触がリリアンの胸に火を灯す。

アレクに触れる大義名分ができたリリアンは先ほどよりもアレクの腕に体を寄せて歩いた。

露店を覘くことよりも、アレクに身を寄せて歩けることがリリアンの胸をときめかせていた。




露店で色々食べてお腹が満たされたため、宿の食堂には寄らずそのまま部屋に戻った二人は交互に湯を使いベッドに入った。

リリアンはアレクを意識しないようにできるだけ自然に振る舞っているつもりだったが、硬さを含んだ声と表情にアレクは気が付いていた。

ここは長く会話を重ねて緊張を解そうとするよりも、さらりと寝てしまった方がリリアンにとっては楽だろうと思い、就寝の挨拶を交わすとアレクはすぐに目を閉じた。

あっさりとしたアレクの態度にリリアンは肩透かしを食らったような物足りなさを感じながらも、何も言い出すことが出来ず、アレクに倣い目を閉じてみるがなかなか眠れない。

広いベッドの上では並んで寝ていてもお互いの肩が触れることさえなく、隣に居るのに感じることのできないアレクの体温に寂しさがつのっていく。

リリアンは思い切ってアレクの方へ寝返りを打ってみたが、アレクはすでに寝入ってしまったのか瞼は閉じられたまま何の反応も見せなかった。

自分が隣にいるのに普通に寝てしまったアレクにガッカリしながらも、逆に寝ている方がいいかもしれないとリリアンは思い直すと、そっと手を伸ばしアレクの袖を掴んだ。

アレクの体温が薄い夜着越しにリリアンの指に伝わる。

それなのにいつもは幸せに感じるはずの温もりが今夜は何故かリリアンの胸を切なくさせた。

リリアンはアレクの夜着を握り締めたまま枕に顔を埋めた。

あの日のように千の口付けを贈ろうと言ってほしい。

眠くなるまで口付けが欲しいと、はしたなくも自分からアレクに強請ってしまいそうになる。

そんな自分を鎮めるために吐いたため息は枕の中に吸い込まれた。

顔を横に向ければ、暗闇に慣れてきた目がアレクの横顔をとらえる。

その唇に躊躇わずに触れることが出来る人はどこにいるのだろう。

自分はこうしてアレクが眠っている間にこっそりと夜着を掴むのが精一杯なのに、いずれアレクに選ばれる女性は彼に堂々と触れることが許されるのだ。

まだ見ぬアレクの将来の相手に嫉妬を覚えたリリアンは、せめて今だけはとアレクの肩に顔を寄せた。

自分の大胆な行為に心臓の音がうるさくなるが、リリアンを唯一咎めることの出来るアレクは眠ったままだ。

リリアンはアレクの香りを吸い込むように呼吸を繰り返し、そのまま眠りに落ちていった。

リリアンの寝息が規則正しくなった頃、アレクの腕がリリアンの体に回される。

眠りに落ちる直前までリリアンが求めていたアレクの唇がその頭上に落とされたがリリアンは気付くことなく眠りの中にいた。





カーテンの隙間を縫って朝陽がリリアンの顔を照らし出す。

リリアンは眩しさに薄く目を開けると、何度か瞬きを繰り返し隣に寝ていたアレクを探した。

しかしベッドにはアレクの姿はなく、リリアンはぼんやりとした頭でアレクが寝ていたであろう場所に手を伸ばした。

ほんのり温もりが残っている場所を手のひらで撫でていると背後のスプリングが軋んで声が掛けられた。


「リリアン、目が覚めたか?」

「はい・・・」


ベッドに腰掛けたアレクのほうに向き直りながら起き上がろうとしたリリアンの背をアレクが支え起こしてくれる。

起き上がったリリアンの乱れた髪をアレクはその手で優しく梳いてやった。


「おはよう。あちらで朝の支度をしておいで」


アレクに促され衝立の向こうで洗顔と着替えを済ませたリリアンはおかしな所がないか確認するため鏡の前に立った。

そこでリリアンは首筋に小さな赤いあざを見つけて首を傾げた。

昨日まではなかったように思うのだが、虫にでも刺されたのだろうか。

痛みや痒みがあるわけでもないため、リリアンはたいして気にせず、そのままにしておくことにした。

アレクの元へ戻ったとき、アレクの視線が一瞬首のあざに向けられた気がしたが、彼はなぜかすぐに目を逸らせた。

見苦しかったのかもしれないとリリアンは思い、右耳の下で束ねていた髪を後ろから首元に流して隠すようにした。

その仕草を気まずい思いで見ていたアレクにリリアンは気が付かなかった。






二人を乗せた馬車は順調に進み昼には王都へ入ることができた。

リリアンの目には、これまで過ごしてきた港街と比べて王都は落ち着いて洗練された街並みに映り、馬車から流れゆく景色を珍し気に眺めて過ごした。

しばらく走り豪奢な外観の屋敷が建ち並ぶ一角を過ぎると多くの人が行き交う大通りに出た。


「もう少し行くとラルフの店が右手側に見える。この辺りは洒落た店やティーサロンも多いから、落ち着いたら見に行こう。この通りを過ぎたら屋敷はすぐそこだ」


アレクの言葉通り右側の通りを見ているとグランヴィル家の紋章旗がはためく店があった。

ラルフの店もそうだが周りの店も皆んな瀟洒な佇まいでリリアンは憧れの眼差しで過ぎ行く店々を眺めた。

こんなお洒落な街ではどんな物が置いてあり、何が人気なのだろうか。

リリアンは早速王都の店に興味が沸き、アレクがあの通りに連れて行ってくれる日を待ち遠しく思った。


リリアンが王都の店について思いを馳せているうちに馬車は次第に減速していきゆっくりと止まった。

侯爵邸に着いたのだとわかるとリリアンは緊張と好奇心を浮かべた瞳で隣に座るアレクを見上げた。

アレクはリリアンの瞳に映るものが緊張だけではないとわかり、左の口角を上げて微笑んだ。

馬車の扉が開くとアレクが先に降りリリアンに手を差し伸べて降ろしてくれる。

二人が正面を向くと出迎えの使用人達がずらりと並んでおり、リリアンは圧倒されて離れていこうとするアレクの手を咄嗟に握り締めた。

アレクは僅かに目を見開いたが、大丈夫だという思いを込めてリリアンの手を握り返した。

そして握った手をそっと離したアレクは、すぐにリリアンの肩に手を置き安心させるように抱き寄せた。


「アレクシス様。お帰りなさいませ。長旅お疲れ様でございました」

「出迎えご苦労。留守中の管理もご苦労だったな。何か変わったことは?」

「万事つつがなく」

「そうか」


挨拶を終えたアレクは緊張した面持ちで会話を聞いていたリリアンに視線を移した。


「リリアン、執事のウィルフレッドだ。領地にいた家令ネイラーの息子になる。その隣に控えているのが女中頭のメイリー夫人だ。私以外にも何かあれば彼らに頼ってくれ」

「はい。リリアン・ヴァレイと申します。お世話になります」


リリアンはアレクに返事をした後、紹介された彼らに挨拶をした。

アレクから事前に伝えられていたようで、驚かれることもなく笑顔で迎え入れられリリアンはほっと息を吐いた。

アレクに肩を抱かれたまま屋敷の中に足を踏み入れたリリアンは二階に上がるとメイリー夫人の先導で部屋へ案内された。

ほんのりとしたサーモンピンクの淡い色合いの壁紙が上品な部屋にはソファとローテーブル、カウチ、大きめの文机が優雅に配置されている。


「ザボン作りの研究をするのに必要かと思って大きめの机を用意させたんだが、どうだろうか?足りないものがあれば運ばせるし、そもそも部屋自体が気に入らないのなら別の部屋も余っているから移っても構わないが」

「いえ、十分素敵です。それにこんなに立派な机をわざわざありがとうございます」

「気に入ってもらえて良かった。部屋の右奥にある扉を開けると寝室になる」


アレクがそう説明して扉を開けると、寝室には大人が三〜四人寝れるのではないかというほど広い寝台が置いてあった。

あまりの立派さにリリアンが驚いている横でアレクの説明は続く。


「あちらに見える扉はバスルームに繋がっている。そしてこの扉の反対側にある扉の向こうは私の部屋になる」

「アレクの?」

「ああ。部屋の鍵はあなた側に付いているから心配しなくても大丈夫だ」

「はあ・・・」

「旅の疲れが出ているだろう。湯の用意は出来ているから入ってくるといい」


そう言うとアレクは部屋から出て行き、残ったメイリー夫人がバスルームに案内してくれた。

リリアンは湯に浸かり旅の疲れを癒しながら先ほど自分に与えられた部屋を思い浮かべる。

普通、主人の部屋と客室は離れているものだと思っていた。

リリアンが不安にならないようにわざと隣部屋を用意してくれたのだろうか。

ここまでの旅路でもホームシックと勘違いされていたし、よく気遣ってくれるアレクならばあり得るとリリアンは思った。

それにしてもあの寝台は広すぎないだろうか。

一人で寝るのが勿体無いくらい無駄に広いように感じる。

今まで泊まらせてもらった高級宿のベッドだって充分に広いと思っていたリリアンは、あんなに広くては落ち着いて眠れないかもしれないと思った。

そしてアレクの部屋へと続く扉は何のためにあるのかも気になる。

貴族の屋敷とはどこもそうした造りなのだろうか。

以前、領地のグランヴィル邸のなかをアレクに案内してもらった時は、個人の寝室は見せてもらわなかったためリリアンにはこれが普通なのかわからない。

しかも鍵はこちら側にあるという。

それではアレクが危なくないのだろうか。

リリアンはアレクを襲う気は無いが、この部屋に泊まる人物に悪意があれば防犯上危ないのではないかと思う。

そこまで考えてリリアンは苦笑した。

ここは旅の宿とは違うのだ。

グランヴィル邸に泊まれるのは余程身元の確かな人だろうし、アレクの隣の部屋に泊めるなら尚更親しい人に違いない。

そうなるとリリアンはアレクに信頼されているということだろうか。

アレクの部屋へと続く扉は、アレクからリリアンへの信頼の証かもしれない。

そう思うと胸が熱くなりリリアンはほうっと息を吐くと、心と体が逆上せる前に湯から上がることにした。


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