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二十話 臆病な指先2

アレクはリリアンの膝枕で微睡んでいた。

王都へ戻るまでの忙しい日々がこのひと時で癒されていく。

穏やかな陽射しと風以外の感覚がアレクの髪を通り抜けたとき、自分の腹の上で組んでいたアレクの指先がピクリと反応した。

普段は自分からアレクに触れることをしないリリアンが、アレクの髪を梳いている。

起きているとリリアンにバレてしまえば彼女は手を離してしまいそうで、アレクはリリアンの指先に意識を集中しながらも、その心地良さに反応して動いてしまわないように己の手に力を込めた。

しばらくアレクの髪を梳いていたリリアンの手が離れていくのを感じてアレクは名残惜しさを感じた。

もっと触れてくれと言ってしまいそうになる自分を抑えていると、再びリリアンの指が戻ってきてアレクの心臓が跳ねた。

アレクの頬の上をリリアンの細い指先が触れるか触れないかの繊細な動きで踊る。

次は先ほどよりも少しだけしっかりと指先の感触を残しながら撫でられていく。

リリアンが自分に触れたいと思っていることがわかると、それは喜びとともにアレクの胸に熱を生んだ。

リリアンの指先がアレクの唇を撫でたとき、抑えがたい衝動に動かされたアレクは彼女の指先を自分の唇で捕えてしまった。

眠ったふりを放棄したアレクは、逃げられないように素早くリリアンの手首を掴み、彼女の指の感触を味わう。

リリアンを見上げれば、彼女の赤い顔と驚いた瞳がアレクの目に映った。

拒絶の色が見られないのをいいことに、アレクはさらにリリアンの指を深く咥え込む。

リリアンの中に芽生えたアレクに触れたいと思った感覚をより意識させるように。

その感覚にはどのような意味があるのかをわからせるように。

錯覚の恋ではない、生身のアレクの想いを意識させるように。

そんな想いを込めてリリアンの指にアレクは熱い舌を絡めていった。


だがリリアンの口から上擦った声が上がった時、アレクは我に返った。

喘ぎ声とも悲鳴ともとれるその声を聞いてアレクは冷や水を浴びせられたように動きを止めた。

リリアンに自分を好きになってもらいたくて、彼女を煽るような行為をした自分をアレクは恥じた。

彼女の不安な顔を見れば、リリアンの想いはまだ自分の想いには追い付いていないことがわかる。

リリアンの戸惑いと不安に染まる瞳を見て、慌てて起き上がり謝罪するアレクにリリアンが掛けてくれた言葉は、拒絶ではなく戸惑いだった。

リリアンから気持ち良かったと言われては、もっと気持ちが良いことをしてやりたいとアレクの胸に再び火が点けられるが、彼女の気持ちが自分に追い付くまではとアレクは自戒した。


もしも二人が向き合い、互いの胸の内を言葉にして曝け出したなら、アレクもリリアンも喜びに包まれる答えが待っている。

だが、互いに相手の心を気にし過ぎて自分の最も大切な想いを伝えずにいるため、微妙に思い違いがあることに気付けないまま、今後も過ごすことになるのだった。






ついに王都へ向けて出発する日がやって来た。

初めても王都滞在であり、初めての長旅を経験することになるリリアンは人生の一大イベントが始まるような興奮を覚えるのだが、馬車の隣に座っているアレクはいつものお出かけのように変わらず落ち着いて過ごしていた。

アレクの手前、子どものようにはしゃぐことは控えたが、やはり興奮は隠せず、リリアンは好奇心に瞳を輝かせて窓の外をずっと眺めていた。

アレクはそんなリリアンを穏やかに見つめ、彼女が王都へ付いてくると決断してくれたことに感謝していた。


「そういえば、ユリエさんとラルフさんをお見かけしませんでしたが、別の馬車に乗っていらっしゃるんですか?」

「ラルフたちの出発は今日ではない。ラルフの仕事の都合で1~2週間遅れるそうだ」

「そうなんですか・・・」


ラルフたちも一緒の旅程だと思っていたリリアンは戸惑いを隠すように再び窓の外へ顔を向けた。

アレクと二人きりだと意識した途端、隣に座る彼のちょっとした動きや息遣いが気になり始めて、リリアンはそれをアレクに悟られないように流れる景色に集中しようとした。

ラルフたちが居ても居なくても、この馬車の中にアレクと二人きりという状況は変わらないはずなのに、何故だか急にアレクとの距離を意識してしまうリリアンだった。

またアレクに触れたいと思ってしまったらどうしよう。

リリアンがアレクに触れれば、この前のようにアレクからもリリアンに触れてくるだろう。

それは嬉しいのに、その先を求められるとリリアンは困ってしまう。

自分はまだ百合恵の代理として扱われているのだろうか。

それとも一人の女性として見てもらえているのだろうか。

これまでのアレクとの逢瀬でリリアンがわかったことは、彼はリリアン自身を尊重してくれるということだった。

百合恵の代わりになれればと付き合い始めたが、最終的にアレクは食事や贈り物などリリアン自身をみて選んでくれる。

きっかけは百合恵だったが、今は自分を一人の女性として見てくれているのではないかとリリアンは感じていた。

だがアレクが自分に触れてくる意味を考えるとリリアンは答えが出せなかった。

アレクは不誠実な人ではない。

そこにリリアンへの愛情があると信じたい。

政略結婚はしないと言っていたアレクだが、リリアンの父親が言っていたように、彼の侯爵という身分はやはりそれなりの身分の相手を必要とすると思う。

リリアンはその相手が決まるまでの、期間限定の恋人ということなのだろうか。

愛情はあるが、いずれ終わりが来ることは決まっている・・・そんな関係をアレクは求めているだろうか。

アレクの求めに応じたとして、その関係が終わったあと、自分は幸せになることが出来るのだろうか。

リリアンはアレクとの不確かな関係性に不安を抱いていた。

アレクへの想いが募るほど、不安もそれに比例して大きくなり、リリアンはアレクへの恋心を揺らしていた。



ラルフたちがいないと知った途端、その身に緊張を纏わせたリリアンを感じとり、アレクは切なげに眉を寄せた。

これまでリリアンに性急に迫り過ぎたと反省したアレクは、彼女の想いが自分の想いに追い付くまで待つと決めた。

リリアンを抱きしめたい。

何か思うことがあるのなら、その背を撫でながら話を聞いてやりたい。

だが彼女を緊張させているのは自分自身なのだという自覚から、アレクはリリアンへ手を伸ばすことが出来なかった。

ただ彼女が落ち着いて過ごせるように、出来るだけ触れず、穏やかに何気ない会話をするしかなかった。


休憩と昼食を兼ねて馬車を降りた二人は、昼食後に少し街を散策した。

小さな店を覘いて回るリリアンに付かず離れずの距離感でアレクが後ろを歩く。

たまに振り返りアレクが側にいるかを確認するリリアンに、アレクの胸に愛しさが込み上げるが、その手を握ることはせず、ただ見守ることに徹した。

馬車に乗り込んだとき、アレクはリリアンの隣ではなく向かいに腰を下ろした。


アレクはリリアンが自分と二人きりになることで緊張しないように気を遣ったのだが、リリアンはなぜ今まで隣に座っていたアレクが座る場所を離したのかがわからず困惑した。

何か気に障ることをしてしまったのだろうか。

思えばこんなに長時間二人で過ごしたのは、リリアンが体調を崩してアレクに介抱してもらった時以来だ。

あの時は終始優しく抱きしめてくれていたのに、今はその腕が遠い。

リリアンは切なさを感じたがアレクの目を見ることが出来ない。

その瞳に嫌悪の感情が浮かんでいたらどうしよう。

リリアンと二人で居ることに飽きた表情をアレクが浮かべていたらどうしよう。

悪い方にばかり思考が傾き、それから逃れるようにリリアンは馬車の側面に身を預け、そっと目を閉じた。


「・・・気分が悪いのか?」


アレクの声にリリアンが目を開けると、心配そうにこちらを見ているアレクと目が合った。

アレクが手を伸ばしリリアンの頬にその指先が触れようとしたとき、直前で動きが止まり、アレクは伸ばした手を握りしめ元の膝の上へ戻してしまった。

アレクのその仕草にリリアンは胸が痛んで唇を嚙んだ。


「酔ったのなら馬車を止めよう」

「・・・大丈夫です。食後で少し眠くなっただけです」

「本当に?無理はしないでくれ」

「はい。平気です」


なおも心配そうに見つめるアレクに微笑んで見せ、リリアンはまた目を閉じた。

本当は平気じゃない。

アレクに触れてほしかった。

どうして触れてくれないの?どうして隣に座ってくれないの?そうアレクに問いかけたい気持ちをリリアンは抑えた。

アレクに問いかけたところで、どうしようもないことはわかっていた。

自分が答えを決めれないせいなのだから。

アレクはリリアンに触れることを躊躇っている。

それが先ほどのアレクの仕草と表情に表れていた。

アレクは自分が答えを出すのを待ってくれているのだとリリアンは思った。

いずれアレクが結婚相手を見つけるまで、アレクの恋人として過ごすかどうか。

だがそれに軽い違和感をリリアンは覚えた。

それはアレクの誠実な人柄に合わない気がするのだ。

アレクはそんな割り切った付き合いをする人ではないような気がする。

アレクは百合恵を真っ直ぐに愛していた。

アレクにはそんな愛し方が似合うと思う。

確信は持てないがアレクからの愛情を感じているリリアンは、アレクが今後リリアンをどうしようとしているのかわからない。

期間限定の恋人なのか、結婚後も愛人として置こうとしているのか、ただの百合恵の代わりとしてアレクの心の整理が付いたら役目が終わるのか。

アレクはリリアン自身を見てくれていると思うのに、それだと将来アレクのそばに自分の居場所を見いだせない。

アレクとたまに会うだけなら身分の差を気にせずにいられるのに、結婚を考えると身分という壁は分厚く感じられる。

それゆえにリリアンは自分がアレクの結婚相手になるという選択肢を思いつかなかった。

答えの出ない迷いに途方に暮れ、リリアンは目を開けると縋るようにアレクを見た。

窓の外に視線をやっていたアレクの端正な横顔は、リリアンが百合恵の代理をすると言わなければ、ずっと遠くから見つめるだけであっただろう。

その遠い距離こそが本来自分たちがいるべき場所だろうと思うと、リリアンの胸は軋んだ。

リリアンの視線に気付いたアレクがゆるりと微笑みかける。

その笑顔が好きなのだとリリアンは心から思う。

その笑顔をずっと近くで見つめられたらと思うと切なさが込み上げてきた。


「寂しい・・・」


自分でも予期せぬ言葉が零れたリリアンは、自分で言っておいて驚いた。

アレクも驚いた様子でリリアンを見ている。

そんなことを言うつもりはなかったのに、心から溢れ出してしまった想いにリリアンは唇を噛んだ。


「ホームシックか?」


アレクは優しい瞳でリリアンを見つめた。

アレクとの距離感を想って出たリリアンの言葉を、アレクはどうやら家族や慣れた街を離れたことで出たものだと思ったらしい。

リリアンはアレクの言葉を否定すると自分の気持ちを説明しなければならないため、俯いてそのまま何も言わずにやり過ごそうとした。

その様子を見ていたアレクは腰を上げるとリリアンの隣に座り直した。

リリアンは隣に来たアレクを驚いた眼差しで見つめた。


「・・・触れてもいいか?」


アレクは少し困った顔でリリアンを見ている。

今までなら何も言わずに触れていたアレクの手は、リリアンの許しを待っていた。

リリアンはそれが自分のためだと思うと切なくて、それでも嬉しくて気付いた時には頷いていた。


「私が側にいる。これからは私が一番近くにいるから、寂しいときは言ってくれ。いつでも頼ってほしい」


優しくリリアンの髪を撫でるアレクの手を感じると、リリアンは我慢できずアレクの肩に頭を預けた。

将来のことなど考えず今だけを見ることが出来たなら、迷わずアレクの胸に飛び込むことが出来るのに。

いっそのことアレクが無理やりにでも決めてくれたら楽なのにとさえ思ってしまう。

リリアンは未だ迷いの中にいた。



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