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雑草の選ぶ道  作者: 甲野香介
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幼馴染みの絆-8

 人垣を掻きわけ『2―B』の教室を出た飛芽は未だに俺の腕を引いている。飛芽は短い間隔で足音を鳴らし、どんどん先へと進んでいく。

 並んで歩く生徒の横を追い越し廊下を抜け、校舎間を繋ぐ渡り廊下を通り過ぎ、第二実験室のある校舎へと入る。どうやら植物会へと向かっているみたいだ。


「ひめぇ、待ってよー」


 と、俺の後ろからついてきているのは飛芽と仲の良い楠だ。


「蓮花は別についてこなくてもいいんだけど?」


「そんな事言わないでよぉ。ただ事じゃなさそうだし、なんだか気になるってば」


 楠はお節介を焼きたがる性分なのか、それとも本当に飛芽が心配なのか。突き放すような態度を取る飛芽から離れようとはしない。


「ただ楠。これはお前に関係がないのは確かだぞ? 植物会全体に関わる件ではあるが」

「植物会全体ってヒメと七種君の二人だけじゃん! それにヒメを七種君に任せるとなんだか危険かもしれないし……。なにがあったのか私にも教えてよ!」

「はぁ、俺って……そんなに危険に見えるのか?」


 飛芽の親友である楠でさえ俺を煙たがる。暴力を振るったりした事なんて一度もないんだがな。生まれてこの方人を殴った事なんてないし、街で絡まれた時だって一方的に殴られてただけだった。

 人を殴る度胸がない、と言えばそれまでだが。


「蓮花」


 第二実験室が近づき、急に立ち止まった飛芽。後ろにいる俺と楠の位置からはまだ教室の中を視認できない。そんな絶妙とも言える位置で止まった飛芽は楠に向き直った。


「あんたが草にほんの少しでも敵対心があるんなら、これ以上ついて来ないで」

「ひ、ヒメ……」

「…………」


 幼馴染みの冷たい目は親友である楠の身体を凍てつかせていた。飛芽が楠の時間を止めてしまったように見えたが、それほどまでに飛芽の目には温度がなく、鋭く研ぎ澄まされていた。

 さすがに……友達に言うセリフじゃないよな。


「おい飛芽」

「――っん」


 飛芽の頭の上に手を置く。その瞬間飛芽のポニーテールがピクリと跳ねた。


「楠をいじめんなよ。ただ単にお前を心配してるだけだろ? そんなイライラしてるとお前も俺みたいに友達失くしちまうぞ?」


 飛芽の頭をぐちゃぐちゃに掻き乱し、笑いかけてやった。


「楠は大事な友達――ってか親友だろ? 親友なんてそう簡単に手に入るものじゃない。俺が言っても説得力ないかもしれんが。それでも、心許せる数少ない相手を生きていく内に見つけられるのは幸せな事だって、昔じいちゃんに言われた記憶がある」

「七種君……」


 親友どころか友達なんて一人もいない俺が、友人の多い飛芽に教えを説く。

 飛芽は俺のように突き放された人間とは対極の立場にいる。クラスでも女子の集団を取りまとめる役割をいつも担い、何事も率先して誰よりも一歩先を行こうとする。そんな飛芽の勇敢な姿勢は周りの関心を自然と惹きつけてしまうのだ。楠はその連中の筆頭である。

 飛芽はクラス内でもよく俺に話しかけてくるが、そんな飛芽にも周りは感心するように憧憬の目を向ける。「一人ぼっちの七種君に話しかけるなんて菊川さんも優しいよね~」なんて声がどこかで聞えてくる時もあった。その度に飛芽は額に血管を浮かび上がらせるのだが、さすがの飛芽も教室内ではあまり騒ぎを起こしたくはないようだ。俺だって騒ぎの中心になんかなりたくないし、飛芽のこの選択は間違いなく正しい。

 でもそんな中で、飛芽は楠にはっきりと自分の想いをぶつけた。冷たく突き放すような言い方ではあったが、あれは楠をただの友達ではなく、親友だと思っているが故であろう。


「んっ。ん~そうね。ごめん蓮花、草の事になるとつい……」


 俺が飛芽の頭から手を放すと、髪がボサボサに乱れた頭部がつくりあげられていた。しかし飛芽はそのボサボサの頭のまま肩を落とし、自分の髪をなおそうとはしない。


「へ? あ! い、いいよいいよ。私も無神経だったかもーなんてね。あははっ!」

「ん? 楠、なんでそんなに顔赤くしてんだ?」


 楠はチラチラと俺の顔を見ながら頬を淡い朱色に染めていた。


「べ、別にしてないよ! 七種君には関係ないよっ! ほ、ほらっ! あれだよ……ヒメのしょげてる顔もかわいいなーなんて思ってただけだよ!」

「関係ないって言う割にちゃんと説明してくれるんだな……」

「うるさいよっ! と、とにかくっ飛芽が謝る必要ないからね?」

「うん。ありがとう蓮花。あと、草もありがと。改めて親友の大切さがわかった気がするわ。自分を支えてくれる存在って、大切なものよね」


 俺と楠に向かい礼を言う飛芽。そしてようやくボサボサの髪を簡単になおし、佇まいを整えると仄かに頬を緩ませた。


「蓮花も実験室に入って。とりあえず中を見てくれる?」


 そう言うと飛芽は実験室の扉を開き、教室内へと消える。俺もその後に続こうとした。


「七種君」


 振り返ると俺の後ろにいた楠が顔を俯かせていた。表情はよく見えない。


「ん? なんだ? 話なら中で――」

「その……さ。さっきさ……ありがと」

「ん? なんだって?」


 消え入りそうな声をはっきり聞き取ろうと、楠の顔に耳を近付けた。


「でもっ! 飛芽の隣にいるのは私だよっ!」

「い――っ!」


 楠が突然発した凄まじい声に、俺の耳は割れるような感覚を味わった。叫んだ楠が俺の横を通り過ぎて教室の中に走り去っていった今でも、楠の叫びが耳元で木霊するように耳鳴りとして残っている。


「なんなんだ? 一体……」


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