幼馴染みの絆-6
植物会が荒らされた翌日の昼休み。俺はこの時間を昨日から待ち続けていた。
クラスメイト達は授業から解放され、各々が自由な行動を取り始める。購買に昼飯を買いに行く者、仲の良い者同士で談笑し始める者、授業の復習に追われる者。
そんな至って平凡な行動をするクラスメイト達を横目に、俺は席を立つ。
決して昼飯を買いに行くわけではない。自分の昼飯はしっかりと鞄の中に入っている筈で、なにも席を立って購買へと食料を調達しに行く必要などありはしない。
じゃあ何故俺は席を立った?
答えは簡単だ。――飯を食うより先にする事があるからだ。
植物会を荒らした犯人であろう、鈴蘭枝里華。
彼女には一言――いや、二言でも三言でも足りない。鈴蘭を責め立てる言葉が途方もなく頭に浮かぶ。
まだ昼休みは始まったばかりだ。生徒会に席を置いている鈴蘭でも流石にまだ教室にいるだろう。隣の教室なのだから辿り着くのに時間もかからない。
しかし、多くの目がある教室内で鈴蘭を糾弾する、というのはどうなのだろう? 周りからから厚い信頼の寄せられる鈴蘭と、とうに見放された俺が向かい合えば自然と戦況があちら側に傾いてしまう可能性は高い。
だとすれば、とりあえず声を掛けて別の場所に呼び出すか? 鈴蘭が飛芽にしたように。
教室の扉を開け、ざわついた廊下に出る。ゆっくりとした歩調で隣の教室を目指した。
しかし俺の目指していた場所は余りにも近過ぎた。扉の上のプレートには『2―B』と書かれている。鈴蘭が委員長をしているクラスだ。
頭の中に張り巡らせていた思考が一気に止んだ。ここまでくれば後はこの扉を開くだけだ。
「まあ、どうにでもなれってやつか?」
目の前の扉を開き、さも自分のクラスに入るかのように教室の中へと侵入した。
「ヒメー。一緒にたーべよ!」
「蓮花。ええ、いいわよ」
昼休みが始まり、菊川飛芽が机の横に提げてある学校指定のバックから弁当箱を取り出すと、飛芽の親友である――楠蓮花が毎日同じタイミングで自分の席にやってくる。
顔の小さく見えるショートボブの髪。小柄な体躯は中学生か、小学生のようにも見えて愛らしい。一部生徒からは人気のあるかわいらしい少女。ただ、絶望的なまでに胸の膨らみが見当たらない。
向かい側に座った蓮花が机の上に弁当袋を置く。飛芽も同じように自分の弁当袋を目の前に置いた。
母の料理は見た目も味付けも多彩で、それはもう弁当箱の中であっても惜しみなくその実力が発揮される。そんな弁当箱の蓋をそっと開けるのが飛芽の毎日の楽しみであった。
「ヒメのお弁当っていっつもおいしそうだよねー」
「ふふー。そうでしょ? 毎日と言えど、お母さんは弁当作りに手を抜かないからね。今日はなにが入ってるかなー?」
飛芽は袋の紐を緩め、そして中に入っていた弁当箱の蓋を掴む。
「「おおっ!」」
とりあえず蓋を開けると、二段目には唐揚げがメインのおかずが箱いっぱいに敷き詰められていた。こんがりと揚げられている茶色い唐揚げは一目見ただけで食欲をそそり、輝くような黄金色に光る厚焼き卵はふっくらとしていて見る者を魅了する。他にもほうれん草の胡麻和えやプチトマトと、定番と言えど、飛芽が十分に満足できるおかずが揃えられていた。
「じゅるり……いただきまーす」
蓮花がのばした箸を、飛芽が箸でキャッチする。
「ちょっとちょっと! あんたのお弁当はそっちでしょ? 蓮花のもおいしそうじゃない」
「まあ、見た目はそう思うよね? でも……このおかず、最近多いんだよね」
そう言って項垂れた蓮花の顔にはこう書いてある。
――もう飽きた。
「はぁ……しょうがない」
そんな悲しい表情をする蓮花の顔を見兼ねた飛芽は、唐揚げを一つ、蓮花の白いご飯の上に乗せた。
「えっ! いいの?」
「交換よ交換。それじゃああなたのミートボールでも貰おうかしら?」
「うぅ。私ね、飛芽の事大好きだよ?」
蓮花は潤んだ瞳を飛芽へと向ける。やけに感動的なシーンを演出しようとしているが、この状況は今が初めて――というわけでもなく、昨日も行われたやり取りである。
おかずの交換が終わった所で、いよいよ二人同時に合掌した。
「それではさっそく、いただきま――」
「おいっ! 七種が隣の鈴蘭に喧嘩売ってるらしいぞ! 見に行こうぜ!」
そんな声は、突然聞こえてきた。
飛芽と蓮花が二人して廊下に目をやると、走って廊下を通り過ぎていく人影がやけに多かった。そしてこのクラスからも何人かの生徒が教室から出ていってしまう。
七種――そして鈴蘭。その名を聞いて飛芽は一瞬で状況を理解した、というよりも理解させられたと言う方が正しいだろう。しかし昨日の今日で草が行動を起こすとは飛芽も想定していなかった。
「七種君が……鈴蘭さんを?」
「あいつ……一言くらい相談しろってのっ!」
飛芽は箸を激しく机に叩きつけ、後ろに椅子を蹴飛ばすと自分の席を飛び出した。
「あっ! ひっ、ヒメ~」
教室を飛び出していく飛芽の姿を蓮花はわけもわからず眺めていたが、しかしただ事ではないと飛芽の事を心配し、迷った挙句に追いかけた。机の上に取り残された二つの弁当の事など、飛芽の頭の中にも、蓮花の頭の中にも欠片すら残っていなかった。




