幼馴染みの絆-5
落ち着きを取り戻した俺と飛芽は荒らされた第二実験室を片付けた。ばら撒かれた土はひとまとめにし、植木鉢やポリポットは綺麗に洗って教室の隅に重ねて置いた。
今は無残な姿になり果てた植物たちを、飛芽が涙ぐみながらも「ごめんね……ごめんねぇ」と、丁寧に袋に入れている。
「私のかわいい花や植物達が……あの女、ぜぇったいに許さないっ!」
「うわ……」
飛芽がここまで激昂している所を見るのは久しぶりだ。俺が昔誤って花壇に足を踏み入れてしまった時の何倍ものオーラを纏っている。
だがしかし、俺はこの幼馴染みの怒りを治めようなどとは思わない。なぜなら俺だって同じ気持ちだからだ。
飛芽ほど植物に関心があるわけでもないが、幼馴染みである飛芽の大切な場所を荒らした犯人を許す事なんて出来るわけがない。それ以前にこれは倫理的にも問題のある行為だ。
「でもまぁ明らかに鈴蘭の仕業だよな? あれだけが生き残ってんだし」
机の上に一つだけ佇んでいるアイビーを見る。
「それしかないでしょ? ……あの女だけは草の事わかってくれてると思ってたんだけど」
「ん? 俺がどうかしたか?」
「なんでもないわよ。鈴蘭枝里華がクソ女のゴミ野郎だったってだけ」
野郎ではないだろ……。この怒りは鈴蘭にぶつかるまで止まりそうにもないな。
アイビーの横に重ねておいた二つの鞄の内、一つを手に取ろうとして手が止まる。
「なぁ飛芽。おまえはこのアイビーを引っ繰り返してやりたいとは思わないのか?」
床に座っていた飛芽はゆっくりと立ち上がり、スカートの汚れを掌で払う。そしてアイビーに近づくと、葉を千切らないようにそっと一枚だけ手に取った。飛芽の横顔は物思いにでも耽っているのか、いつもより大人びて見える。
「この子に罪はないじゃない。植物は生物なの。花や木だってそう、生きているのよ」
「生きている? 命があるってことか?」
遠い目で葉を眺める飛芽がなにを考えているのか、俺にはわからない。
「うん。あらゆる土地で生い茂る木は伐採されて、存在する事に意味のない雑草は引き抜かれてしまう。それは私たちの世界において仕方のない事かもしれない」
存在する事に意味のない雑草……か。俺も周りからそんな呼び名で貶されているけれど、他でもない俺自身が一番その呼び名が当てはまっていると自覚しているつもりだ。
例えば、教室で誰もが羨む一番後ろの窓際の席に陣取っているのは俺だが、まともに授業を受けようともしない、なにかに縋りついて生きようともしないこの俺がその席に座っている事に価値を見出してくれる人間など誰がいようか?
皮肉にも俺の名前は「七種草」ただの『くさ』なのだから尚更だ。
「でもね」
俺が雑草に共感を抱いている間にも飛芽の話は続く。
「観葉植物としての存在であるこの子たちだけでも、私は愛でて、可愛がってあげたい。だってその為に生まれてきたんじゃない。そうでしょ?」
飛芽は顔を上げてニッコリと微笑む。
「だから私は、この子を引っ繰り返さない。これからは私が育てていくつもりよ」
「まあ、要は植物が大好きだからって事だよな?」
「その通りっ!」
「じゃあ最初っからそう言ってくれよ。俺馬鹿だからさ、よくわかんなかった」
最近は髪が伸びても散髪に行っておらず、もっさりとした髪をボリボリと掻いた。そんな俺に飛芽は人差し指を突き立てる。
「あんたも好きになればいいのよ。植物たちを」
「……まあ、努力するよ」
今日の一件で、俺は植物の事が好きになれるのかもしれないと、そう予感し始めた。
飛芽にとっては衝撃的な事件だったかもしれない。でも、今までずっと隣にいた飛芽の知らない一面が見れた事は、俺にとって僥倖であったと言える。
数々の命を犠牲にして見えた飛芽の優しい笑顔を、俺は忘れない。
俺は頬を緩ませながら鞄を取り教室を後にする。後ろから掛け足で追いかけてきた飛芽は……植物会が荒らされた後だと言うのに機嫌がいいのか悪いのか、自慢のポニーテールをピョコピョコ跳ねさせながら俺の隣へと並んだ。




