この足が目指す場所ー3
声が枯れてしまいそうになった頃には暗雲も薄らぎ、西の空には真っ赤に染まった夕日が雲間から顔を覗かせていた。
荒げた呼吸を落ち着かせ、鈴蘭を視界に入れる。
「俺は行く。自分のいるべき場所にな」
「悔しいですが、私はまたあなたの背中を見送らなければならないのですね」
「悪いな」
軽く言葉を交わし、俺は鈴蘭に別れを告げた。
今から向かうべき目的地はもう決まっている。願うなら飛芽の元にテレポートでもしたい気持ちであったが、自転車に乗ることも危うい俺には長い距離を足で稼いでいく以外に他に方法がない。
それでも俺は走った。林原高校の校門を抜けてからも、足を引きずりながら走った。
一応飛芽の家に電話をしてみたが「あら草君? 飛芽ならまだ帰ってきてないけど」とおばさんの声が俺の予想通りに返ってきただけであった。飛芽が真っ直ぐ家に帰った可能性は消えた。しかし、飛芽に長年付き添ってきた幼馴染としての勘にしか過ぎないが、俺は飛芽がいる場所に見当をつけている。
我妻山公園。林原高校から徒歩十五分の場所にある小さな山。
飛芽は俺から離れる為に遠い場所か、あるいは俺が来れないような場所に行った筈だ。家に帰ってないとなると遠くへ行ってしまった可能性もあるが、時刻はもう六時。気温が暖かくなりつつある四月と言えどこの時間では辺りも大分暗いから夜道をどこまでも進んでいくとは考えにくい。
故に近場で俺が足を運びにくい場所と言えば我妻山公園だ。長い長い階段があり、とてもじゃないが足を故障している俺には登れない。
まあ、自分の足がどうなっても構わないと捨て身の覚悟で臨めば話は別だ。
我妻山周辺は駅周辺とは打って変わり小規模な田園地帯となっている。我妻山が近づくに連れ辺りの景色もやけに閑散とした田畑が広がり、間隙を縫うあぜ道や舗装された道路にはポツポツと人影を確認できただけであった。
そしてこのような開けた土地では我妻山を存分に望むことができる。小さい山と言えど、その存在感は近づけば近づく程に迫力を増していき、やがて視界を覆いつくす。
「はあっはあっ。やっと着いた……と言っても本番はこれからなんだが」
膝に手を突きながら息を整える。
見上げた先には我妻山の頂上――我妻山公園へと続く階段。三十の段数がある階段が関節のように折り曲がりながらいくつも連なり、頂上へと向かって伸びている。
小さい頃は家族や飛芽と一緒に良く登っていたが、親父は俺が今からこの階段を登るなどとは考えもしていないだろう。もし知られでもしたら全力で止めに来る筈だ。
そして飛芽も――。
「ふぅ。なんだか緊張するな」
自分の足が頂上まで持つかどうかわからない。どこで躓いてしまうのか、いつこの階段から転がり落ちてしまうのか。全く予想できない。秋野先輩の家がある神社を登った時は飛芽が隣にいたけれど、今俺の隣には誰もいない。
サッカーの試合でこんなに緊張したことあったか?
胸の高鳴りを抑え込みながら、俺は階段に一歩、足を踏み入れた。
「待っててくれ、飛芽。お前に伝えたいことがある!」
不安と緊張が蠢く中心。そこには確信があった。
――飛芽は絶対にこの階段を登った先にいる。
飛芽の幼馴染としての矜持。あいつの全てを俺は誰よりも理解していたい。
その気持ちがまた一歩、俺に階段を登らせる。




