真実はそっと、胸の中に―7
「これは……」
机の上に咲いている三輪の白い小さな花。暖かな外光を一身に浴び、純白の萼が天井に向かって大きく開いている。容器のような白いプラスチックの鉢は、小ぶりな花をよりかわいらしいものに見せていた。
「鈴蘭絵里華ね、あいつまた……」
こんな置き方をする人間と言えば鈴蘭絵里華以外にいないと飛芽は推測する。
「でもどうしてこんな花を? まあかわいいんだけど」
アネモネの名前はギリシャ語で風を意味する『anemos』という単語が語源となっており、自生したアネモネの花は種子が風で運ばれていくことから、主にイギリスの方で『風の花』と呼ばれている。ギリシャ神話にある美少年アドニスの流した血からこの花が咲いた、という伝説は有名なものだ。
「アネモネの花言葉は――嫉妬の為の無実の犠牲」
この花の花言葉は何種類も存在するが、一番最初に飛芽が思い浮かべた花言葉がそれだった。
「だけど、白いアネモネだから・・・・・・」
飛芽はスマホを取り出し、白いアネモネの花言葉を検索した。アネモネはテレビや雑誌などで見たことはあっても実物を見るのは初めてだったのだ。
「真実、期待、希望・・・・・・か。どれも悪い意味はなさそうだけど」
小さな鉢ごと手に取って、間近で見たり、匂いを嗅いだり、土を触ったりと、飛芽は白いアネモネの花を存分に堪能する。
「ん?」
鉢の下には紙きれが置かれていた。四つ折りになっている紙切れを開いてみると、それは白い便箋で青い罫線が引かれており、小さく綺麗な文字でこう書いてあった。
『真実を教えましょう』
「真実。やっぱり白いアネモネの花がここに置いてあるのは単に可愛いからとか、そんなんじゃなさそうね。悲恋にまつわる花言葉が圧倒的に多いこの花に、真実なんて告げられてもどうせろくなことでもないんでしょうけど」
便箋には『屋上に来るように』とも書かれている。別に飛芽にとってわざわざ屋上まで行ってやる義理もないのだが、この時は草が沢木に連れて行かれたこともあって手持無沙汰であるのに変わりはなかった。それにこれを無視してまた鈴蘭絵里華に余計な邪魔をされたくはなかった。
「……行ってみますか」
飛芽は屋上へと向かう。桃色に染まった桜の木を見渡しながら渡り廊下を歩く。
中庭に植えられているソメイヨシノの木は既に満開を迎えており、今は雪のようにも見える桜の花びらが暖かい風の中を優雅に舞い踊っていた。この景色が見られるのも後残り僅かだと思い、飛芽は自然と目を細める。
時の流れはどうしてこうも速いのか。勢いの止まらない時間は時に自分の想像を遥かに超えて、それはもう濁流のように速く自分を置いてけぼりにしてしまう。止めてしまうことも、遡ることもできない不自由な時の流れにいつも翻弄される私は、本当にこのままでいいのかと、最近よく考えてしまう。
草とずっとこのままで――。
「……って今はそんなこと考えてる場合じゃないわよ」
赤面した飛芽はどんどん屋上へと向かって進んでいく。
桜の花びらが落ちる速度はなんて速い。
時の流れに少しでも逆らおうと、飛芽の歩幅は大きくなっていた。




