雑草の生命力ー2
「ん~っ! 今日も堪能したわぁ~。この時期のスターチスはほんっとに綺麗よねぇ~。種類もたくさんあるし、多彩な萼の中で輝く小さな白い花は、まるで夜空に輝く星のようっ! 私も育ててみたいなぁ――って、さくりゃん先輩?」
ホクホク顔で店から出てきた飛芽は、親父と向かい合っている秋野先輩に近づいていく。
「さくりゃん先輩久しぶりですね! 元気にしてました――って、なに?」
秋野先輩と親父の間に割り込もうとしていた飛芽の肩に手を置く。そしてやや強めに引き寄せ、二人から飛芽を引きはがした。
「察しろ。今ちょっと大事なとこなんだから」
「なによ大事なとこって……。一体なにがあったの?」
口元に手を添えて耳打ちすると、飛芽も俺と同じように声量を落として事情を聞いてくる。小さい声で話し合っていると、自然と飛芽の顔が近づいた。
「まあ、ちょっと待ってろって」
そう言って飛芽から顔を離し、向かい合っている秋野先輩と親父に視線を移した。
「…………」
「あの……どう……でしょうか?」
「…………」
親父は目を瞑り、頑なに開こうとはしない。腕を組んでいて、傍から見れば先輩の一言を真摯に受け止め葛藤しているようにも見える。
だが俺は……親父の息子だからであろうか? 親父の考えていることが薄っすらとだが見えてくるようであり、いつまで経っても口を開こうとしない親父に半ば呆れ始めていた。
「おい親父……かっこいいセリフとか考えてんじゃないだろうな?」
「…………はぁ、おめぇよぉ。せっかく俺がいっちょまえなとこ見せてやろうと思ったのによぉ」
親父は組んでいた腕を解き、気だるそうに頭を掻いた。それと同時に秋野先輩との間に張りつめていた空気が和らぐ。
「えっ? あの~どういう事なんでしょうか?」
「先輩に花屋を手伝ってもらうのになにも問題はないって事ですよ。そうだろ?」
「まぁな。でもよぉ~せっかくだからなんつーか――この俺についてこい! みてぇに言ってみたかったんだがなぁ」
「おいおい……」
「要するに……私にも花屋のお仕事をお手伝いさせてもらえるんですねっ! よかったぁ」
先輩は豊満な自分の胸に手を置いて、ほっと一息つく。
「ただし条件はもちろんある」
さっきまでの張りつめた雰囲気とは程遠いが、親父は真面目な顔で秋野先輩の目の前に三本の指を突き立てた。
そしてその内の一つ、薬指を折る。
「まず一つ目だが、この店を手伝いたいっつー事情をしっかりと聞かせてもらおう。要するに志望動機みてぇなもんだな」
「はっはい! お話します」
次に中指を折る。
「そして二つ目だ。手伝うって姿勢は俺らにとっちゃありがてぇ話だがよ。こんなんだが俺だって一つの店を構える店主でもある。お手伝いって名目じゃあウチの仕事は任せられない。お嬢さんをバイトとして雇わせてもらう」
「いっ、いいんですかっ? 私は別にお手伝いだけでもさせてもらえればって思ってたんですが」
「労働者には賃金を払うのが雇用主の義務だ。後で詳しく聞かせてもらうつもりだが、単にお遊びで言ったわけじゃないんだろ?」
「はい。そのつもりです!」
親父の問いに一つずつ、はっきりと返答していく秋野先輩。
こうして見ると親父が頼もしく見えてしまって変な気分だ。親父が店を背負って立つ大人だと息子の俺も元からわかってはいるが、いつも呑気に客が来るのを構えている時と比べて、今は店主としての威厳がある。
常日頃からこれくらいどっしりと構えていて欲しいものだがな。
「よしっ! じゃあ最後の一つだ」
親父は最後に残った指の一本を、秋野先輩の目の前でピンと立てた。そして片目を瞑り、毎日磨き上げられている白い歯を先輩へと見せつけ、子供のように笑った。
「おじさんに君の名前を教えてくれないかな?」
「あっ、す、すみません! まだ私自分の名も言ってませんでした……」
先輩は自分の佇まいを整えると、改めて親父に向かい頭を下げた。
「私は秋野桜耶と言います! これからよろしくお願いします!」
頭を下げられた親父はというと、綺麗にそり上げられた顎をさすり、満足げに笑っていた。
「桜耶ちゃんかぁ、ん~いい名前だなぁ。草がもし女だったらそういうかわいらしい名前つけてみたかったんだがなぁ~」
「俺が女だったらなんて……キモイ事言わないでくれ」
はぁ……さっきまでの頼もしい風貌は一体どこへいってしまったのやら。今となっては女の子をナンパするだけのただの変態にしか見えない。
「私も桜耶って名前素敵だと思うなぁ~。先輩の天使みたいな雰囲気にピッタリですよ」
「あ、あれ? 飛芽ちゃん? 久しぶりだね? もしかして店の中にいたの?」
ずっと静観したままだった飛芽がようやく口を開いた。秋野先輩に近づいていくと先輩の左腕にしがみつき、先輩と頬を擦り合わせる。
「はい。さっきからずっと、おじさんと先輩のやりとり見てたんですけど、もしかして全然気づいてませんでした?」
「うん。私ここに来るまで店長さんになんてお願いしようかってすごい悩んでたから。店長さんと向かい合ってみたらもう頭の中がいっぱいいっぱいで……」
飛芽と秋野先輩は先輩後輩という間柄であるが、まるで友達のように仲がいい。こうして二人のスキンシップを見ているとまるで姉妹のように見えてくる。
「お嬢さんたちは姉妹みたいだな~。桜耶ちゃんって名前もいいが、俺は飛芽って名前も素敵だと思うぜ?」
……やはり親子というのは考えが似るものなのか? いや、きっと誰が見ても二人が姉妹に見える筈だ。きっとそうに違いない。そうであってほしい……。
「それにしちゃあ……あ~なんだ――草。おまえはどうして『くさ』なんだ?」
「は? いや、俺の名前は親父が決めたんだろ?」
「ああ、間違いなく俺が決めた名だ。だがしかしな……俺はなぜおまえにもっとかっこいい名前をつけてやれなかったんだろうか? いや違うな……。なぜお前は俺にもっとかっこいい名をつけさせてくれなかったんだっ!」
親父の口から意味の分からない言葉が吐き出され、それを聞いた俺は一瞬だけ理解しようと努めたが、ものの数秒で辟易する。
「はぁ……俺も将来こんな大人になってしまうのか?」
親父を見ていると、俺の中での大人という成熟した人間がとても矮小なものに見えてくる。俺は大人という人間がなんたるかをまだ知らないが、それは俺が大人になっていないから知り得る事ができないだけであって、年を重ねればればそのすべてを理解できるのだろうか?
「子が親に似るのは当然だ。おまえは俺のような男を目指すんだ。わっはっはっ!」
……果たしてこのような大人になっていいのだろうか?
俺の将来への不安は、いつまで経っても絶えそうにない。




