99.美容師~師匠に戦闘の解説をする
「なんだか今日は獣臭いね。ここに来る前は何をしていたんだい?」
部屋に入るなり師匠に問いかけられたので、リンダさんに用意して貰ったお皿に木の実をのせてテーブルに出すとともに、昨日からの出来事を説明する。
狼の家族をマッドウルフから助けたこと。
そして今日はそのお礼に狼達の歓待を受けたと言うと、
「珍しいこともあるもんだね」
木の実を摘まみながら、優しい微笑を浮かべる。
冷たいお茶を飲み、世間話をしていると、
「お兄ちゃん、メェにプレゼントがあるってほんと?」
幼女がトップスピードを緩めることなく乱入。
ソファに座った僕の膝の上に飛び乗ってきた。
「メイー、修行の邪魔はするんじゃないよ!」
リンダさんのどなり声が聞こえたので、
「まだ始めてないから大丈夫ですよー」
メェちゃんが怒られないように、返しておいた。
「これ、食べてもいいの?」
お皿に盛られた木の実を凝視し、メェちゃんが聞いてくるので、
「どうぞ。でも少し酸っぱいよ」
「大丈夫、いただきます」
口に含むなり、
「んー、酸っぱいけど甘くて美味しい」
蕩けるような笑顔を見せてくれた。
「お兄ちゃん、これどこで買ってきたの?」
「これかい? これはね、狼さんがくれたんだよ」
「狼さん?」
狼と聞いて、メェちゃんの顔が歪んだ。
あの時のことを思い浮かべたのだろう。
自分の父親に誘拐されかけた時のことだ。
トラウマを呼び起こすようなことをした自分に後悔するが、良い狼と悪い狼がいることだけは伝えておきたい。
なんと言っても、あいつらはメェちゃんにとっては命の恩人とも言えるのだから。
彼らの名誉の為にも、きちんと説明しておこう。
「狼と言っても、魔物じゃなくて普通種の狼の方ね。メェちゃんを悪い奴から助けてくれた良い狼だよ」
「メェのことを助けてくれた狼さん?」
「うん、そう。メェちゃんを連れて行こうとした悪い奴を倒して、僕に預けてくれた狼さんだよ」
メェちゃんの父親には悪いが、こう言うしかないだろう。
小さな時に別れて以来会っていなかったので、実の父親のことはなんとも思っていないと、あの後リンダさんも言っていたことだし、この際悪者のお手本になってもらうということで。
この先、可愛らしいメェちゃんには悪い男が近づいてくる危険もあることだし、きちんと注意する意味でも役に立つ。
「そうか。狼さんはメェのことを助けてくれたんだね。メェ、狼さんは怖くて悪いものだと思ってたよ」
「でも狼さんにも、良い奴と悪い奴がいるからね。見ただけじゃわからないから、出会ってしまったらとりあえず逃げるんだよ。いいね」
マッドウルフに出会って良い狼と勘違いすることはないとは思うが、もしそうなってしまったらと想像するだけで怖くなる。
子供に何かを教えるのは難しいものだ。
幸い、メェちゃんは上手く自分なりに理解してくれたようで、
「良い狼さんかどうかわからない時は逃げればいいんだね。メェ、わかったよ。大丈夫」
木の実で口の周りをベタベタにして、
「木の実をくれるのは良い狼さんなんだよね。なら木の実をくれないのが悪い狼さんなんだね」
満足そうに頷いていた。
メェちゃん、大丈夫かな。
ちょっと不安になってしまったが、とりあえず間違ったことはしていないと信じ、心の中でリンダさんに謝罪しておいた。
「さ、食べ終えたら修行の開始だよ。メイもソーヤと遊ぶのはあとにして、店を手伝っておいで」
「うん、わかった! お兄ちゃん、あとでね」
僕の膝の上から飛び降り、部屋の外に飛び出そうとしたので、すばやく口元を布で拭ってあげた。
「ありがと!」
笑顔で手を振り、母親の元へ戻って行った。
僕は師匠に向き直り、真剣モードで頭を下げる。
「師匠、今日も宜しくお願いします」
「はいよ。こちらこそ宜しく」
師匠も僕の真似をして頭を下げようとするので、慌ててやめてもらった。
何度やめろと言われても挨拶をやめない僕に対しての嫌がらせの一環なのだろう。
最近わかったことだが、僕の師匠は結構意地が悪い人だ。
本当に嫌なことはしないが、ちょっぴり嫌なことは自然な感じで仕掛けてくる。
これもお互いの距離感が縮まった慣れだとしたら良いのかもしれないが、やられる方はたまったもんじゃない。
「で、ソーヤ。初めて魔法を使って魔物と戦った感想はどうだい?」
「そうですね。なんというか、凄く楽でした。
まず初撃をこちらから与えられるのでアドバンテージを得られました。
それに相手が距離を詰めてこなければ、離れた場所から一方的に攻撃を加えられるので戦術的に有利というか、ダメージを重ねられるので心に余裕が持てました」
「そうだね。中距離、遠距離からの攻撃こそが魔法使いの持ち味だからね。
パーティーを組んでいて、魔法使いを守る前衛がいれば、常に後方から隠れて攻撃魔法が撃てる。だからパーティーに一人は魔法使いを入れることが一般的には良いとされているんだ。
けれど魔法使いや魔導師は数がそんなに多くはないからね。中には前衛系のみでパーティーを組んでいる奴らもいるよ。
そんな奴らは弓や投げナイフなんかで中距離からの攻撃手段を磨いているだろうがね。
それだけ離れた場所から攻撃できるということは有利なんだ。身を持ってわかっただろ? 魔法の便利さが」
「はい。僕はソロで活動しているので、多数の魔物を相手にする時には魔法が欠かせなくなりそうです。
昨日も一度にマッドウルフ3匹と戦わなくてはならなかったのですが、3匹のうち2匹に魔法でダメージを与えられたので、その後の戦闘が楽でしたし」
「なんだって!? ソーヤ、あんたマッドウルフ3匹と同時に戦ったのかい?」
「ええ、狼親子が囲まれていたので、木の陰から魔法で先制攻撃して、なんとか無事に倒しました。ああ、忘れないうちに渡しますね。頼まれていた魔核です」
袋の中から4個の魔核を取り出し、テーブルの上に置いた。
「4個……1匹は1対1で倒して、次は3匹同時ということかい?」
「そうです。1匹目は足を狙ってうまく当ったので、短剣で急所を一撃でした。
3匹の時はさすがに狙いを付ける余裕がなかったので足は狙えませんでしたが、運よく頭に命中してくれたので流れのまま2匹を倒して――」
「ソーヤ、ストップ! もっと詳しく話しておくれ」
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