94.美容師~魔法を使って戦ってみる
師匠のスパルタ教育が始まってから一週間が過ぎた。
相変わらず午前中は冒険者ギルドで依頼を受けて、午後からは師匠と魔法の特訓をする日々だ。
ただあの日以来、師匠の商売っ気に火が付いたのか、修行ノルマのスピードが上がりそれに伴って時間も延びたので、メェちゃんと遊ぶ時間が減ってしまい、むくれたメェちゃんのご機嫌を取るのが大変だったりする。
ただ魔法の特訓自体は面白かったりするので、別に嫌ではない。
お蔭さまでというか、昨日無事に氷を生み出すことに成功した。
師匠のように一瞬で大きな氷の塊を生み出す事はまだ難しいが、5センチ四方の塊がパラパラと手の平から零れ落ちてきた時は正直ほっとした。
毎日少しずつ気温が高くなってくる度に、師匠の期待も増してきてプレッシャーが凄かったのだ。
途中で冷蔵庫に備え付けられている製氷機のことを思い出せたのでイメージがしやすくなり、劇的に発動スピードが上がったので助かった。
それまでは氷一粒を生み出すのに1分以上必要だったので、とてもじゃないが売り出す事は無理だった。
今では1分で2~30個はいける自信がある。
とはいっても魔力消費が半端ではないので、MPの回復を待って休み休みやったとしても一日に100個程度が僕の限界だろう。
師匠からは魔力制御が悪いとお小言を貰ってしまったが、こればっかりは今後に期待してもらうしかない。
何といっても、まだ魔法を勉強し始めて10日であれば十分だと自分を慰めたい。
魔力制御が下手なのだから、レベルを上げてMPの最大値を増やしてこいと、今日は一日冒険者ギルドで依頼を受けて狩りをする予定だ。
相変わらずレベルは2から上がらないが、ランクはEに上がったのでマッドウルフと再戦するつもり。
マリーからは危ないと止められたが、もう一角兎と戦うのは飽きていた。
背後から近づいて一突きなので、戦いにすらならないのだ。
レベルが上がらないのは、戦闘になっていないからではないかと考えているわけ。
楽をし過ぎではないかと。
もっとギリギリの戦いを経験してこその経験値獲得というものではないか?
それならば僕の相手はマッドウルフしかいない。
前回はメェちゃんを守りながらなので苦戦したが、自分一人ならばもっと上手く戦えると思うし。
何より新たに身に付けた魔法だってある。
遠距離から魔法を打ち込めば初撃でダメージを与えられるし、武器だって無くならない。
今後の為にも、自分の力を試すのには最適な相手だ。
師匠からは1対1で戦うこと。
あとはなるべく魔法で先制攻撃をすることを条件に、マッドウルフ討伐の許可をもらっている。
それがあるからこそ、渋々だがマリーも最後には折れたのだ。
師匠の許可という援護射撃がなければ、マリーを説得できなかったかもしれない。
ちょっとお金にがめついところがありそうだが、やっぱりいい師匠を見つけたと思いたい。
氷の魔法だって、この先を考えれば僕の切り札となる可能性を秘めていることだし。
ニムルの森に入り、湖を迂回してマッドウルフの縄張りに向かう。
《気配察知》と《聴覚拡張》で1匹だけのマッドウルフを探し、《忍び足》で背後に回り込み近付いた。
あまり奥に行きすぎるとターゲット以外のマッドウルフに見つかりかねないので、なるべく湖を背に戦いたい。
状況が悪くなったらいつでも撤退できるように、位置取りは頭に入れておく。
怪我でもして帰れば、心配したマリーからマッドウルフ討伐禁止令を出されてしまいそうだから、なるべく無傷で倒したい。
木の陰に隠れ、人差し指と中指の2本を伸ばしマッドウルフの後ろ足を狙う。
距離は10メートル。
射程としてはギリギリだが、遮蔽物がなくてこれ以上近づけばばれてしまうのでここから狙うしかない。
体の中で魔素を巡らせ、指先に集めて魔言を紡ぐ。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、礫となりて敵を撃て。アクアバレット』
拳大の水の塊が音も立てずに飛び、マッドウルフの右後ろ脚に命中。
「ギャインッ」
不意を突かれたマッドウルフが、痛みと驚きを感じ宙に飛び上がった。
衝撃で痺れているのか、右後ろ足は地面につけずに浮かしたまま、キョロキョロと辺りを見回して警戒している。
今がチャンス、だよな。
もうこちらの存在がばれてもかまわない。
《脚力強化》を使い、両手に短剣を持ち走り寄る。
戦闘開始だ。
攻撃を受けた相手を見つけたことで、マッドウルフの赤い目が、憎しみを織り交ぜて僕を見る。
右後ろ脚がうまく動かないので、ご自慢の機動力が生かせないようだ。
その場所から動くことなく待ちの姿勢で唸り声をあげている。
右前脚の爪で攻撃してきたので、左手に持った短剣を回転させて弾くと、バランスを崩して勝手に転んでくれた。
前後1本ずつの足では踏ん張りきれなかったようだ。
この状況になり、どれだけ先制攻撃の魔法が有効だったかが分かる。
マッドウルフは急いで起き上がり態勢を立て直そうとするが、焦り過ぎたのか喉ががら空きだったので、右手で持った短剣に回転を加えながら突き刺すと一撃で絶命。
力なく倒れ込み、数秒痙攣していたがすぐに動かなくなった。
なんとも簡単に倒してしまった。
あんなに苦戦したのが嘘みたいだ。
僕が強くなりすぎたのか、はたまた偶々アクアバレットが良い所に当り、その後の展開が良すぎたのか……うん、今回は運が良かった。
そう思うとしよう。
レベルやスキルも上がらないことだし、まだまだ苦戦が足りないのだ。
魔核と討伐部位を剥ぎ取り、小袋に入れる。
マリーに怒られるのはもう懲り懲りだ。
グラリスさんに馬鹿にされるのだって嫌だ。
師匠から素材を持ち変えるように頼まれているので、三重の意味でも忘れるわけにはいかない。
それにしても『アクアバレット』は使える。
初級に分類される魔法で、水を礫にして打ち出す魔法だ。
他の属性でも同じようにあり、火属性なら『フレイムバレット』、土属性なら『アースバレット』、風属性なら『エアーバレット』となり、僕は水属性なので『アクアバレット』となる。
4つの属性で比べると、火属性の『フレイムバレット』が一番攻撃力が高いらしい。
水の礫が当るよりも火の礫が当る方が、たしかにダメージは大きそうだ。
火の玉が飛んでくるようなものなので、当れば衝撃ダメージ以外にも火傷も考えられるし、そのまま燃えることだってありえる。
僕の『アクアバレット』は衝撃以外だと濡れるだけ。
正直、ちょっと羨ましい。
師匠は水属性の魔導師として誇りを持っているようなので、これは師匠には内緒だ。
火属性の方がよかったなー、なんて言って悲しまれたら自分の方が落ち込む自信がある。
心の中だけで羨むことにしよう。
それに僕と師匠に限って言えば、対象を濡らすことができると言うのは、大きなアドバンテージを意味する。
水属性だけではなく、氷属性も扱えるのだから。
何もないところから凍らせるのと、水で濡れたものを凍らせるのはどっちが楽か?
それはもちろん後者だ。
なので師匠の必勝パターンは水属性で攻撃しまくり、凍らせまくるという絶対に喰らいたくないコンボ。
『青のイリス』の二つ名がついたのも、大群に囲まれて苛立ち、周り全てを凍土にしたのがきっかけらしい。
したがって弟子の僕もそれを受け継ぐつもり。
使えるものは使いましょう。
それが素晴らしいものなら尚更に。
読んでいただきありがとうございます。




